『独語、「問題の行動」か「おもしろい」かの違い・・・』


http://blogs.yahoo.co.jp/uchayamamingkun2000/36589154.html



炎のジョブコーチ
『独語、「問題の行動」か「おもしろい」かの違い・・・』
〔2015/5/10(日) 午後 5:27〕


先日、ある会社の訪問で、担当者から

「独り言があって困っている」

というような相談をされました。
確かに、対象者の方は、なにやら独語とともに
仕事をしています。
ただ、周囲の人は少し離れており、店頭でお客様
と接する場所でもないので、あまり気にはしていま
せんでしたが、そのご担当は気になるようです。

支援者のフィルターを通すと、業務に直接支障が
あるわけでないので大目にみてほしいことでもある
のですが…。
これをなくそうと支援すると、どこかでバランスをとる
ため他の課題となって表出しないか心配です。

一方、別の会社では、同じような独語も全然気にしない
職場もあります。
むしろ、

「おもしろいよね~」

といって興味をもってくれる人もいたりして。
この違いって何だろう・・・そんなことを感じます。
当然、活気のある職場は後者で、前者の会社は何とも
いえない緊張で張りつめている雰囲気です。

ちょっと、話はソレますが、就労支援でメンタル問題を
抱える方の支援で聴き取りをすると、必ずその方が働く
(働いていた)職場環境の問題が見えてきます。

病気を治すというよりは、組織との関係を考える、
そして環境へ働きかけた方が早いのではとよく思うことが
あります。
最近は職場のメンタルヘルスは保健室で個人を診るので
なく、職場に出て直接ラインに働きかける方法が注目されて
きました。



経営との関係

本人を変えるよりも、職場に働きかける。
職場の柔軟性や許容量を引き出す方が、漠然ですが、
組織にとって、もっと大きなリターンがあるように感じます。

企業の資産の分類方法で、

「事業資産」(ビジネスキャピタル)と

「知的資産」(インテレクチュアルキャピタル)と

「情的資産」(エモーショナルキャピタル)

の3分類に分ける考えがあるようですが、
なかでも「情的資産」は、いわゆる

「さあ、がんばるぞー」

みたいな構成員のやる気のことです。
この辺りとの関連があるように思います。

http://www.jri.co.jp/page.jsp?id=7120
(日本総研のHPより参考)

日本の「情的資産」はとても低いそうです。
労働時間が長いわりに、時間あたりの生産性が低い
というのも「情的資産」が低いからでしょうか。




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ある会社の面接に行った時のことである。
正面に、同じ会社の面接を受ける障害者が坐った。
しばらくすると、私はその人が、
何かブツブツと言っていることに気づいた。
正面だから、その人の口がブツブツと小さく動いていた。

それが止まらない。
壁の裏側では丁度、面接中だった。
聞こえてしまっているのかどうかも、私にはわからない。
それでも私は

「止めたほうがいい」

と判断した。
私はニコッと笑ってから、その人にこう言った。

「ネクタイが曲がっていますよ。
直してね」

ジェスチャーも交えて、話しかけた。
すると、その人は独語をピタッと止めた。

たまたまだが、上手くいって良かった。

おそらく、面接直前なので緊張して、
独語が出てしまったのだろうか。
それを和らげ、リラックスできるようにしたから、
独語は止んだのだろう。


私は聴覚障害ゆえに、いつも孤立している。
職場では、周りの人は皆、楽しそうにおしゃべりを
しながら仕事したり、休憩したりしている。
しかし、私だけはそうではないのである。
音声会話だけの世界だから、できない事情がある。
その輪に入ることができないのだ。

やろうと思えば、できないということもない。
だが、さりげない、自然な会話ではなくなる。
それが、とても気まずいのだ。
それはおそらく、健聴者が思っているよりもはるかに、
高い壁なのだろう。

健聴者にはわからないからこそ、
理解への壁はなくならない。

気が狂いそうになる時もあるが、我慢するだけである。
そして仕事が終わって、帰る途中に突然、よくわめき出す。
周りの人は、ほとんどが無視するだけであるが。
だから、私の場合は独語ではなく、
もっと恐ろしい狂言である。

こんな生活を毎日、そして死ぬまで続けなければ
ならないのだ。
健聴者の世界は私にとって、牢獄に等しい。
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by bunbun6610 | 2015-05-15 18:30 | 就労後の聴覚障害者問題B
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ある聴覚障害者から見た世界


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