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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

救援物資、空港に山積み=税関手続きの遅れで―ネパール地震

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150503-00000010-jij-asia



救援物資、空港に山積み
=税関手続きの遅れで
―ネパール地震


時事通信 5月3日(日)6時42分配信


国連関係者は2日、ネパール大地震を受けて国外から送られた
救援物資が、税関手続きの遅れにより首都カトマンズの国際
空港に滞っていると相次いで訴えた。
ロイター通信は、増え続ける物資が空港で山積みになっている
と伝えた。

 山間部などの被災地では、今も救援物資が届いていない所が
多く、住民の不満が高まっている。

政府は1日、テントや防水シートに限って関税を免除する措置を
講じたが、国連は全ての救援物資を対象とするよう求めている。

 AFP通信によると、ネパールを訪問した国連のエイモス事務
次長(人道問題担当)は2日、税関手続きの遅れに懸念を表明
するとともに、コイララ首相に事態の改善を要請した。

首相は対応を約束したという。



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これは「人災」だ。
ネパール政府は以前にも

「外国からの救助隊はもういらない」

と言っていた。
しかし、救助活動、支援が遅いとか、感染症を引き
起こす心配等、様々な問題が起きた。
これではおかしい。

ネパールは内陸部だ。
救援部隊が一人でも多いほうが、一人でも多くの人を、
早く救出できたはずなのではないか。
救助後の対応も、もっと早くできたはず。


ニュースでも、こういう問題は「二次災害」というが、
天災と人災は違う。
人災は、助けることができた場合でも、
それをしなかったことなのだ。


特に心配なのが障害者だ。
長瀬修氏の講演会でも聞いた。

「障害者の場合、災害時の死亡率が健常者よりも
ずっと高い」

というデータがあるのだという。
資料を見たが、3倍以上だったかと記憶している。


先日、Eテレ『ろうを生きる難聴を生きる』でオカリナ
奏者・仲里尚英氏(難聴者)を見た。


Eテレ『ろうを生きる 難聴を生きる
『この音に心を込めて』
〔2015年5月2日(土) [Eテレ] 午後8時45分~9時〕



医者に

心配するな。
耳ぐらいで死んだりしない。
たかが耳一個ぐらいで、そんなに深刻に考えるな。


と言われたそうだ。
仲里氏の場合は、それをポジティブに捉えた。


仲里氏;
「その一言で目が覚めたんです。
『ああ、そうだよなあ』と。

よく考えたら、体の不自由な方もいるし、目の見えない
人もいるし、大病されている方も(いる)。

(聞こえないことは)『なんでもないことじゃないか』

というところが、新たなスタートだったような気がします。」



「よく考えたら、他の人より自分の障害のほうが、
まだまだ軽いではないか」

という、比較論を自分に押し付けることによって、
自らが救われた気でいるのだろう。

障害者の中にも

「自分は自分」

と言う人はいるが、それとはちょっと違う説明だった。

だがその姿勢が、他の多くの人に愛され、
支援者も得られた理由なのだろう。
確かにこれは、健常者の多くが共感しやすい。

しかし、私が聞いた、他の中途難聴・失聴者の多くは、
悔しい思いを語っている。
それで、さらに大きな精神的ダメージを受けた人も
少なくない。
多くは、さまよう体験をしている人が、圧倒的に多いのだ。(※)


(※)
『自伝に書かれた思い出もニセモノ…佐村河内氏の“偽り人生”』
〔2014-02-13 19:30〕
〔参考資料〕
『基礎からの手話学』
(神田和幸,藤野信行/編著,福村出版,
1996年6月20日初版発行)
「c.中途失聴者の障害受容」




『聴覚障害者心理』
〔2011-09-26 23:48〕
【5.聴覚障害者心理の段階説、喪失の過程】



を参照。




ナレーション;
「再び音楽と向き合うきっかけになる出来事が
ありました。
ふとつけたテレビに、筋ジストロフィーの患者が、
キーボードを弾く様子が映し出されたのです。」

仲里氏;
「車椅子がひっくり返りそうになるくらい、
もうこうして一生懸命押しているんです。
その姿を見ていたら、涙がぼろぼろ出てきて、

『俺、なんで泣いているんだろう』

と。
あっ、もしかしたら、人が喜んでくれたり、
感動してくれるのは、人が一生懸命やっている姿
を見たからだということに気がついたんです。」



う~ん。
私はこの話に全然、感動することもできなければ、
理解すらできない。
むしろ、怒りを覚える。

一生懸命やったからといって、それで生きて
ゆけるほど、この社会は甘いのか?
障害者雇用だって、どこもそんなに甘いとは限らない。

仲里氏の言葉はやはり、健常者社会の中で生きる、
中途難聴・失聴者ならではの感覚だろう。
「妥協の産物」というやつではないのか。

片耳だけの聴覚障害では、おそらく障害者手帳は
持てまい。
我慢するしかないのだろう。


話がそれてしまったように思うだろうが、今の話で
言いたいことは要するに、健聴者や(中途半端な)
難聴者の「耳の障害」についての認識は、そんな
ものだということだ。
だから、災害時も軽視されやすいのではないだろうか。


そこで災害の話に戻すと、有事の際は特に、
聴覚の障害など案外、後回しにされてしまいがちだ。

逃げ遅れて命を落とす人。

逃げられたのはいいが、その後、どこへ行き、
どうしたらいいかわからなくなり、
助かったはずなのに助からなくなった人もいるだろう。

助かった後も、精神的に追い詰められて衰弱し、
死んでいった人もいただろう。

そういう状況が、阪神・淡路大震災や東日本大震災
(東北地方太平洋沖地震)でもあったかもしれない。


今年、障害者も含めた災害対策にも取り組もうとする
聴覚障害者議員が誕生した。


『<統一地方選>手話の訴え、聴覚障害持つ母当選
…明石市議選』

〔2015-04-27 18:39〕



ネパールには、障害者議員はいるのだろうか?
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by bunbun6610 | 2015-05-03 12:33 | 社会