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蒼穹 -そうきゅう-

ももクロの事件から学ぶアメリカの差別観

http://www.excite.co.jp/News/society_g/20150407/Credo_9701.html



ももクロの事件から学ぶ
アメリカの差別観



Credo 2015年4月7日 05時00分
(2015年4月9日 08時18分 更新)



ヘイトスピーチや移民問題が話題となる昨今、多くのメディア
で差別をどう考えるべきかという問題が提起されています。
そうしたなかで、日本においても人種問題に絡む事件が立て
続けに起きました。

1つは曽野綾子氏の産経新聞のコラム。
このことについては先日、Credoにおいても筆者が取り上げ
記事にしました。
(参考:『曽野綾子の「居住区だけは分けた方がいい」と語る
コラムは何がいけなかったのか?』)

もう1つがラッツアンドスターとももいろクローバーZによる
黒塗りメイクが問題となった件。

これらの事件では何が問題かきちんとした議論が行われない
まま事態が忘れ去られてしまいました。
しかし、この両者に関しては欧米の差別観が根底にあります。
これらの事件をアメリカ文化研究の視点から振り返って考え
ればより深い視座が得られるはず。
この記事では、上述の黒塗り事件をアメリカ文化研究の視点
から考えなおします。

また、本記事は『アメリカ音楽史』(2011年 講談社選書メチエ)
でサントリー学芸賞を受賞するなどアメリカのポピュラー音楽
に詳しい慶應義塾大学教授大和田俊之先生に取材し、
アメリカポピュラー音楽の歴史からラッツアンドスターの表現
について考えるとともに、日本できちんと人種問題を考える
ための考え方を提示します。


黒塗りメイク騒動の経緯

まずは2月にあった事件がどういったものだったのか振り返って
みましょう。
2月12日、ラッツアンドスターのメンバー佐藤善雄がTwitterに、
ももいろクローバーZのメンバーとおなじみの黒塗りのメイクを
した写真をアップしました。

現在は削除されていますが、この写真は3月7日に放送予定
だった「ミュージックフェア」(フジテレビ系列)の収録時のもの。

これを見たニューヨーク・タイムズの記者田淵広子が自身の
Twitterで引用し、なぜ日本人は人種問題に無頓着であるの
かと疑義を呈しました。
このツイートが海外のユーザーの目にも触れ、黒人差別に
あたるのではないかという疑問の声が上がります。

こうした意見もあってかTV放映時には問題となった黒塗りでの
パフォーマンスのシーンはカットされていましたが、この件は
ニュースサイト等で大きく取り上げられ注目を集めました。

この問題の背後にある人種問題やラッツアンドスターの黒塗り
メイクの歴史性について理解していなければ、フジテレビの
反応は過剰な自主規制のようにすら見えてしまいます。

しかし、アメリカのポピュラー音楽、黒人奴隷と人種差別、
そして日本とアメリカの文化的差異をきちんと学べば
これらの事件についてまた違った印象をもつはず。

次節では、その前提となるアメリカのエンターテインメントと
差別の歴史について確認します。


ミンストレル・ショーとはなにか

白人が黒塗りのメイクをして舞台に立つブラックフェイスの
伝統ははるか昔にさかのぼります。

例えば、シェイクスピアの演劇『オセロ』では黒人を表すために
ブラックフェイスの登場人物が出てきますが、この当時はまだ
ブラックフェイスには差別的なニュアンスは含まれていません
でした。
ブラックフェイスに差別的なニュアンスが加わったのは19世紀
奴隷制下のアメリカでミンストレル・ショーと呼ばれる見世物が
広まった後です。
ミンストレル・ショーでは、黒人に扮した白人たちが大げさな
仕草で黒人へのステレオタイプに基づくキャラクターを演じる
芝居や踊りを披露していました。
このショーの中で障害者を真似た動きをするジム・クロウという
黒人のキャラクターが作られたという都市伝説もあり、アメリカ
ではブラックフェイス=ミンストレル・ショー=黒人を笑い者に
したというイメージが一般的に了解されています。

ミンストレル・ショー自体は1910年代には衰退しましたが、
その後もブラックフェイスはアメリカでも残り、1960年代に
公民権運動が高まるまでは芸能の中で当然のように使われ
続けました。


黒人音楽の流れを汲むラッツアンドスター

さて、こうした背景とラッツアンドスターのメイクはどの程度
関係していたのでしょうか。
ここで注意したいのはラッツアンドスターこそ日本で最も
黒人音楽に造詣が深いミュージシャンであったということです。

鈴木雅之や佐藤善雄らラッツアンドスターのメンバーたちは
本場アメリカのリズムアンドブルースやソウルに強いあこがれ
を持っていました。
(R&Bもソウルも一般的に黒人音楽に分類されます)

こうしたあこがれをもつ仲間たちが、黒人歌唱グループの
数人でアカペラで歌う歌唱法(ドゥーワップ)を踏襲したスタイル
のグループを結成します。
そして、その過程で彼らは黒塗りメイクを取り入れ、それが
ラッツアンドスターが黒人音楽に深く根ざしていることを示す
アイコンとして広く認識されるようになりました。
ラッツアンドスターは洋楽への造詣が深い大瀧詠一や
山下達郎とも親交があり、日本にブラック・ミュージックを輸入
した一人として高い評価を受けています。


「日本で最も黒人音楽に造詣の深いミュージシャン」という
評価を受ける彼らだからこそ、彼らのメイクにはブラックフェイス
やミンストレル・ショーの歴史につながる歴史性が読み取れる
のです。


黒塗り事件の底にある2つの問題

ではこれまで述べてきた背景を前提として今回の事件を
再度振り返ってみましょう。
今回の事件を考えるにあたっては2つの次元で問題を考え
なおさないといけないとポピュラー音楽に詳しい大和田先生
は指摘します。

「この件に関しては2つの次元で問題を整理しないといけません。

(1)「ミンストレル・ショーとはなにか?」という2015年の時点
での学術的な問い

(2)「2015年にラッツアンドスターとももクロが黒塗りをしても
問題ないのか」という政治的な問い

まず、(1)について。
1970年ごろからミンストレル・ショーは差別の構造をもって
いたということがアメリカ文化研究の世界で指摘され始めます。
そうしたなかで1990年ごろになってミンストレル・ショーのなか
にも「差別」という構造を前提に、より繊細な感情、たとえば黒人
に対する憧れや性的なコンプレックス、さらには敬意のような
感情を見出し、それを強調するような研究も出てきています。

でも、それはあくまで70年代の研究の大枠を受け継いだ上で、
個別の事例においてリスペクトやあこがれがあったという話。
それは差別という構造の下で個別に抽出される感情の話で
あって、学会全体のコンセンサスとして“ミンストレル・ショーは
差別的なものであった”というテーゼは覆っていません。

そうした前提の下で次に考えないといけないのは(2)について。
現実問題として、現在のアメリカのエンタメ業界ではブラック
フェイスは禁じられています。
それは1950年代、公民権運動の中でNAACP(全米黒人地位
向上協会)の運動の成果によって黒塗りが差別的だと批判
されるようになったから。
それに加えて、1980年代以降多文化主義という考え方が
広まって異なる文化を尊重しようという流れが文化の領域
でも広まったのが決定的です。

ラッツアンドスターが毎日テレビに出ていた1980年代には
日本とアメリカの間のタイムラグのためにアメリカの事情に
気づかなかったのでしょう。

しかし、インターネットが広まってアメリカにも彼らの姿が
すぐに伝わるような時代になった以上、こうしたことに無頓着
ではいられません。
2015年現在の学会全体の枠組みや現実の政治問題に照ら
しても黒塗りは差別的だと捉えられるのはしょうがないと
思います」。


意図と受け手の問題は別

この問題を受けてラッツアンドスターは黒人へのリスペクト
への表明をしているに過ぎず差別的と断じるのは行き過ぎ
ではないかという反論もありました。

しかし、そうした反論は通用しないと大和田先生は言います。

「確かに1980年代にラッツアンドスターが渡米したときに、
最初は黒塗りが差別的だと嫌がられたけれども、だんだんと
話を続けていくうちにアメリカ人とも打ち解けられたという話は
あります。
しかし、それは個別の人間関係において理解してもらえたと
いう話であって差別という社会的な構造の話とは別です。

当然、ラッツアンドスターをよく知る僕ら日本人は差別の意図
はないのは知っています。

でも、彼らのあこがれやリスペクト、つまり表現者の意図と受け手
がどう思うかというのは別の話です。

これまで述べてきたような文脈が成立し、かつ、現在もアメリカ
のエンターテインメント業界で「黒塗り」が差別的な表現として
みなされている以上、どう考えていようと彼らのメイクはアメリカ
では“差別的なブラックフェイス”を再生産していると受け止められ
てしまいます。

このように、アメリカやヨーロッパのような人種間や階級間の
大きな文化的差異がある社会では“そのつもりはなかったんだ”
という論法は通じません。

文化的基盤が全く違う相手と共存していく社会で重要になるのは、
“差別”という形式を満たすかどうか、結果的にどうなったかという
ことなんです。

僕はそれがまったき他者と共存していく中でアメリカが出した
1つの解答なんだと思っています
」。


議論のプロセスにこそ意味がある

これまで述べてきたようにラッツアンドスターはアメリカの文脈
に多くを負っている以上、彼らの意図がどうであれ、黒塗りを
するというパフォーマンス自体が歴史的に見て差別的と受け
止められてもしょうがないでしょう。

しかし、今回の事件に関する議論の中で重要なのは個別の
事例を差別的だと断じることよりも、歴史的に差別がどう定義
されてきたかという政治的なプロセスを振り返ることだ
と大和田
先生は語ります。

「先日のシャルリエブドの件もそうですが、今回の件も表現の
自由と危ういところで結びつきます。
フランスの場合は人種表象と表現の自由の間で、表現の自由の
フランスにおける歴史性が勝ってシャルリエブドのような表現も
許容されてきました。
しかし、アメリカでは表現の自由より人種間対立を乗り越える
政治的な判断の方が勝った。

何が正しいかではなく、その時にコンセンサスを得たのはどちら
かというのが大事なんです。

“なにをもって差別的とみなすか”というのはその時々のコンセン
サスによって形作られるもの。

極端に言えばこれは言説闘争なんです。

異なる文化を持つ他者がいる社会においてはどの時代にも
通じるコンセンサスを作るということができない。

だから、アメリカ人には意見を言って権利を勝ち取っていくという
意識が非常に強い。


今回の件で学ぶことがあるのならば、一時的に決まったことを
大事にするんじゃなくて、物事が議論の中で決まっていくプロセス
を大事にすること。

“これが差別”という唯一絶対の解答はなくて、これまで行われて
きた議論の上に立つこと。将来的に黒塗りに対する解釈は変わる
可能性があるにしろ、これまで先人の積み重ねてきたプロセスを
考えると現在では黒塗りはできないのだということを理解してほしい
ですね」。

大和田先生の言うように、差別を定義する上で「完全で普遍的な
基準」はない以上、「過去のことを知る」という人文科学的なプロセス
で改めて差別を考えるのが今求められていることなのです。
[参考文献]




==========================





アメリカやヨーロッパのような人種間や階級間の
大きな文化的差異がある社会では“そのつもりはなかったんだ”
という論法は通じません。

文化的基盤が全く違う相手と共存していく社会で重要になるのは、
“差別”という形式を満たすかどうか、結果的にどうなったかという
ことなんです。




この話が出たからには当然、あの乙武氏騒動も思い出すものだ。


『車椅子障害者の入店をお断りした
レストラン -私はこう思う(1/2)』
〔2013-06-10 18:00〕




『車椅子障害者の入店をお断りした
レストラン -私はこう思う(2/2)』
〔2013-06-10 18:15〕





聴覚障害者からも「差別ではないのか」という
指摘が出た事例がある。


『某遊園地での聴覚障害者バリアフリー化
について(朗報)』
〔2014-08-15 08:36〕


※ 東京ドームシティアトラクションズで、
聴覚障害者が(障害を理由に)遊園地の
乗り物搭乗を拒否された問題。



当事者に対する差別になるかどうかは、
差別した側が意図したかどうかが問題なのではなく、
それを受けた側が、どう感じたかが問題になるのである。
そして、それは差別した側の“想像力の欠如”が
露になる時でもある。
だから、それが全く問題にならないほうが、
むしろおかしいと言える。



〔関連記事〕

『差別横断幕:浦和に無観客試合 Jリーグ初の処分』
〔2014-03-13 21:03〕




聴覚障害者への「間接差別」も非常に多いが、
これも健聴者の「無知」「無関心」による差別だ。

無知、無視、無関心が悪いとは、誰も思って
いないだろう。

「『差別』は言い過ぎではないか」

というのが、日本人は当たり前だと思っている。

だが、それでいつまでも無視されてしまって
いる方は、もうたまらないのである。
それを、理解する必要がある。




>「異なる文化を持つ他者がいる社会においてはどの時代にも
通じるコンセンサスを作るということができない。

だから、アメリカ人には意見を言って権利を勝ち取っていくという
意識が非常に強い。





なるほど。
これがADA法(アメリカの障害者差別禁止法)
ができた背景(=全米障害者運動)なのだな。


『哀れみはいらない―全米障害者運動の軌跡』
(著者: ジョセフ・P. シャピロ /現代書館)
 →http://booklog.jp/users/miyamatsuoka/archives/4768434185

(参考)臼井久実子
 →http://www.yuki-enishi.com/guest/guest-020529-1.html



しかし、日本ではそうはいかないだろう。
アメリカやヨーロッパのような、多民族国家では
なかったからだ。
長い間、単一民族国家としての歴史形成が
あるので、その古い考え方を変えていくことは、
容易ではないのではないか。
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by bunbun6610 | 2015-04-09 19:30 | 人権、差別