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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

「精神障害」って何? - 本当にこの人は「精神障害」なのか?

2015年3月5日(木)


以前に見た『バリバラ』のテーマで

「てんかん」

という番組があった。

Eテレ『バリバラ』
テーマ「てんかん」
“てんかん”を知っていますか





この障害者が持っている人たちの悩みが、当事者
自らの話で紹介されていた。
てんかんの人は、実は100人に1人の割合で
いるらしい。

ところが、実際にてんかんの人をよく知っている
人というのは、ほとんどいないらしい。

理由は、てんかんの人の社会参加がしにくいこと、
そしてその人自身も、自分の障害について知って
もらうよりも、むしろ偏見などを恐れて隠してしまう
からかもしれない。
こうした点は、難聴障害者と共通しているようだ。


てんかんの人が就労できても、その突然の発作が
起きてしまうと、もうどうにもならないらしい。
治まるまで我慢で、周囲の人も見守るしかないそうだ。

勤務中に起きると、仕事どころではなくなって
しまう。
それが何度もあるうちに、職場内で「給料ドロボー」
とささやかれたりすることもあった、という。

テレビに出ていたゲストには

「ひどい!」

と言っていた人もいたが、私には「給料ドロボー」
は言い過ぎでも、一緒に働く労働者の負担の重さ、
その気持ちはよく理解できる。
私も、一緒に働く精神障害者の面倒を見る立場なので、
文句を言いたくなる気持ちも理解できるのだ。
一番問題なのは、誰か一人に、あるいは少数の人に、
そういう負担を強いている会社のほうにある。


私は聴覚障害者なので、発作はない。
しかし、耳が聞こえないのも、どうしようもなくて、
健聴者が忙しいと筆談も難しくなってしまう。
手話ならいいと思って提案してみても

「手話はできません」

と簡単に拒否されてしまう。
だから忙しい時にこそ手伝いたい、一緒に働きたい、
と思っても、自分だけほったらかしにされて、
どうしようもない場合がある。

周囲の健聴者は

「聴覚障害者は電話に出なくていいから、いいわねぇ」

「聴覚障害者は、あれだけ仕事をやっていればいいから、
いいね」

みたいに思われているようだ。
それを思うと、私の心の中は、やはり辛いのである。

結局は我慢して、自分の仕事を一生懸命にやるだけ
なのだが。

忙しい時を乗り切ると健聴者たちは、アットホームな
雰囲気になり、今度は楽しそうにおしゃべりを始める。
でも、その輪の中にも、私は入れない。
だからその時も、私は辛いのだ。

自分と彼らは結局、つながっていないのだと感じる。
それが「孤独」というものなのだろう。
聴覚障害とは、そんな障害がある人なのだ。


精神障害はどうだろうか。
一言で精神障害者と言っても、人により様々のようだ。

昔からよく聞いていたのは

「精神障害者は、優秀で真面目な人が多い」

(「優秀で真面目だった、という人が多い」
の間違いかも・・・)

だった。

だが、例えば、私の職場にいる2人の精神障害者を
見てみると、よくわからなくなってしまう。

D上司は『優秀で真面目な人』だという見方が合って
いると思う。

しかし、Yさんの場合は、見かけは真面目そうで
あっても、実はいい人ではない。
いや、ハッキリと言えば「ずる賢い」。
少なくとも、私から見たらそうだ。

頭が悪くて仕事は覚えないし、教えても直ぐに
忘れるのが常だ。
仕事や対人関係でも好き嫌いが激しく、プライドが高い。
健常者の言うことは聞くが、障害者の言うことは
聞かない。

「自分は障害者じゃない。
障害者の仲間には入りたくない」

といった、他の障害者を卑下するような態度が
見られるのだ。

それでいて、彼は精神障害者手帳を持っているし、
障害者枠雇用なのである。
それで、自分の認定等級にも、福祉制度の内容にも
不満を言うのである。
その知識は覚えるのに、仕事は覚えない、というのは
おかしい。
要するに自分の得になることしか、しない人なのだ。

そのことを話してみたら、本人は

「薬を飲めば、健常者と同様に働ける。
今まで、就職に苦労したことはない」

と言う。
聞いていると、ますます理解できなくなる。

冗談ではない。
Yさんはそれでいい、と思いいていても、
こちらは大迷惑なのである。


Yさんは、なぜクローズで働かないのか。
なぜ障害者枠に入って、後輩のくせに生意気な態度を
取るのだろうか。
彼だけは、他の障害者を見下しているかのような、
差別的な勤務態度なのである。
会社も上司も

「これが精神障害だから、理解して(我慢して協力して)
あげて」

と言うが、我慢するほうが苦痛なのだ。
上司たちは、それをわかっていない。

上司から注意を受ければ、Yさんはそれを一応は聞く。
上司とは揉め事は一切起こさない。
しかし、障害者に対しては無視、無関心という
“間接差別”をする。

「上手いなぁ。
本当にこれが出来る人が、本当に精神障害者なのか?」

と思ってしまう。
要するに、仕事はしなくとも、ずる賢いのである。

上司は

「これも精神障害だから(ほっておいて)」

と言って、彼をかばう。
いや、Yさんを相手にしないのかもしれない。

しかし、それをいいことに、彼はますます他の障害者
を無視して、好き放題にサボっては、タバコを吸って
いる。
どうも、障害者雇用枠に潜り込んで、自由を満喫して
いるようなのだ。
甘えもいいところだ。
彼を見ていると、私は精神障害者が嫌いになてくる。

「これではイカン・・・」

と思いつつも。
本当に、これも精神障害の特徴の一つなのだろうか。


私は、彼が「精神障害者だから」ではなくて、彼の「人格」
が原因なのだと思っている。

それを周りの人が「あれが精神障害だから」という一言で
かばってしまうから、こうなるのではないだろうか。
手帳があると、そういう逆利用もされているのかもしれない。
手帳こそ、水戸黄門の印籠みたいなものだ。

これは「てんかん」や「聴覚障害」といった「障害」とは違う。
彼は、本当に障害者なのだろうか?
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by bunbun6610 | 2015-03-05 22:32 | 就労後の聴覚障害者問題E