就労前の聴覚障害者問題 - 音声コミュニケーション妥協は「歩み寄り」ではない

障害のことは、妥協できるものだろうか。
合理的配慮でない親切心は、役に立つだろうか。

これを読んだ健聴者に、よく考えていただきたい。



都内某ホテル



MT&ヒルトンホテル株式会社



面接は2回目だった。

1回目の面接は、ホテルの地下1階の
場所だったが、
2回目は28階のホテル客用の応接室
だった。

ホテルのロビーで、受付の前で面接官と
会う予定だった。

自分は通訳者を用意しなかった。

「もし、ご要望でしたら、通訳者はこちらで
手配します」

と先方に伝えていたが、先方からはそうした
希望はなかったからだ。
こうした場合、確実なコミュニケーション方法は
筆談しかなかった。
それで、筆談ボードを持参した。
当然「この場合、相手は筆談する」と思っていた。


ロビーで待っていると、
受付のテーブルに何人かのホテル・コンシェルジュ
がいた。
3人ぐらいは電話応対や調べものなどをしていた。
他にも3人ほどいて、来客対応などで動き回って
いる人もいたし、待機中の人もいた。
アジア系外国人が大勢でやって来て、ゴタゴタした。
そして、その人たちが去ると、土産物の置忘れが
見つかった。

だが、少なくとも6人はいたホテル・コンシェルジュは、
誰もそれに気づいていなかった。

「待機中の人も何人かいたのに、何を見ているのだろう」

と思った。

私は

「ここに、忘れ物らしきものがありますよ。
さっきの来客が忘れていったようですが」

と伝えた。

そんなやりとりをしていた後に、ようやく面接場所を
案内してくれる人が迎えに来てくれた。

客用の応接室に案内されて、一人で待っていたら、
先に井本信一郎氏(調理部 副総料理長/宴会担当)
が来た。
しばらく話していると

「人事部長がこれから来るから」

と言う。
人事部長が誰なのか、私は知らなかった。

副総料理長は

「会ったことある?」

と聞いてきたので、私は

「ありません」

と答えた。

そして、後から来た人は、実は1回目の面接で会って
いた直井ゆかり氏(人事業務部 部長)だった。

副総料理長は

「彼はさっき『部長と会ったことがない』って、
言ってたよ」

と、笑いながら話していたようだ。

直井氏は笑って

「会いましたよねー」

と言っていた。

私も

「(本当は)前に会っています」

と答えた。

こんなおかしな会話になるのは、
私が聴覚障害者だからだ。
音声コミュニケーションが不完全だから、
こうなってしまうのだ。
それが今、この相手には残念ながら、
わかっていない。

今、こうして、この時の音声会話状況を詳しく書ける
のは、私がムーディー・ブルース(※)を使って推測し、
失われている音声会話を再現できているからだろう。


(※)
『ムーディー・ブルースと聴覚障害者の酷似点』
〔2014-12-27 18:30〕




副総料理長は、私に色々なことを聞いていた。

「耳は、全く聞こえないの?」

「今まで、どんな仕事をしてきたの?」

「パンは、どういうものが作れますか?」

「デザートは、どういうものが作れますか?」

などだった。
どれも、専門的なことに触れた質問だったので

「ひょっとすると、そういう仕事をさせてもらえる
可能性もあるのかな?」

と思ったりした。
しかし、色々と聞かれて、答えていた末は

「実際に働いてみなければわからない。
それで、とりあえず、ウチで“体験就労”を
してみないか」

と言われた。

勿論、私もそれには異論はなかった。

ただし聴覚障害者にとっての、重要なことを
確認しなければならなかった。

面接は静かな応接室で、正面を向き合って話し、
筆談も交え、得意の「オウム返しのマジック」を
使っていたから、これだけのコミュニケーション
が出来たのだ。

しかし、調理場では、もっとコミュニケーション力
が落ちてしまうことは明らかだ。
だからそのことはきちんと説明し、伝えていた。
私は補聴器を装用していれば、音は聞こえるが、
それだからといって、後ろからや横から声をかけて
くる健聴者もいるだろう。

今までの自分の経験から、大事なコミュニケーション
の場合は、筆談や手話(または、職場サイン)などの
コミュニケーション方法を使ったほうが確実です、
と提案した。

しかし、そう言うと副総料理長は

「調理場で、そんなことはできない」

と言った。

確かに、それはそうなのかもしれないが、聴覚障害者
への配慮として、大事なことだった。
それがなかったために、過去に料理の世界に
入っても辞めたことも説明した。

それでも、副総料理長は譲らなかった。

その平行線が続く中、人事部長が

「みんな、お客様のために働く人たちです。
だから、やさしくしてくれるから」

と言ってくれた。
これは幾ら親切でも、曖昧な方法でしかない。

「もう、それに騙されてはいけない」

と思っていた。

私は「お客様」ではない。
障害者であるために配慮はしてほしくても、
やさしくしてほしい、とは思っていないのだ。

「何かズレがあるのではないか」

と、この時感じた。

両者の会話は平行線のまま、
時間が過ぎていくだけだった。

結局は、二人の様子を見ていた
人事部長が割って入り

「『辞退』ということで、いいですか?」

と言った。

それは、私の本当の希望ではなかった。
しかし、先方がそうしてくれることを望み出した
ことは、明らかだった。

私も、この点だけは決して、音声コミュニケーション
のみで妥協してはならない、と思っていた。
固執していたのではなく、正しい信念だった。

方法を少し変えればいいだけのことだ。
これは、相手が間違っているのだ。

また過去と同じ苦しみの経験を、もうしたくなかった。
だから、これだけは決して妥協してはならないし、
曖昧にしたままで働いても良くない、と思った。
だから結論は「辞退します」と伝えた。


実は、面接に臨むにあたり、人事業務部の
村山玲子氏は、次のメール文を私に
送っていた。

読者もこの事実を知ったら、驚くだろう。
そして、企業側のチグハグなコミュニケーションに、
はなはだ疑問を持つことだろう。



=============================

●●●●さま

いつもお世話になっております。
コンラッド東京・人事業務部の村山です。

早々にご返信くださりありがとうございます。
面接日のお時間についてご案内が不十分で
大変失礼いたしました。
ご指摘、ありがとうございます。

さて面接日ですが、以下の日程でいかがでしょうか。

2015年1月15日(木)16時
待ち合わせ場所:コンラッド東京1Fベルデスクロビー
        (中央に大きな赤いオブジェのあるフロアです)

いつでも筆談を始めていただけるよう、
紙とペンをご用意しておきます。
ほかにご用意しておくべきものがありましたら、
ご教示ください。

また応募いただけます職種について、ご回答いただけると
幸いです。
よろしくお願いします。

村山



=============================




聴覚障害者への配慮というものは、
結局は個人個人が決めるものだ。
その人その人の、人格がストレートに顕れる
ものだろう。
する人はする。
しかし、しない人はしないものだ。

その自由さ、曖昧さに任せてしまっていたら、
聴覚障害者の心は、ズタズタになってしまう
場合もあるだろう。
ほとんどの聴覚障害者が、健聴者社会に出ると

「作り笑いをしている」

という。
それが

「生きるためのテクニック」

と言う。

別名「聞こえたふり」だ。
それしかないからだ。

それで聴覚障害者雇用が失敗しても、
それは聴覚障害者の自己責任にされてしまう
だけなのだ。

幾ら、障害者雇用を進める人事部が

「聴覚障害者も雇いたい」

と考えていても、現場の人がこうでは、
そこに入ってしまった聴覚障害者は苦しむことだろう。

法定雇用率を守りたいがために、雇おうとしている
人事部と、健常者と同様に働けなければイヤだと
言う現場との、板ばさみに遭い、苦しむのは
聴覚障害者だ。


面接の途中、私はこの会社の障害者雇用の
姿勢に疑問を持ち

「このホテルでは、今までに聴覚障害者を
雇ったことはありますか?」

と、聞いてみた。
すると人事部長は

「当ホテルは創業10年だが、聴覚障害者は
一人だけいる」

という。
その聴覚障害者は、何の仕事をしているのかと
尋ねたら

「裁縫の仕事」

とか答えていた。
(聞き取れなかったので、正確なことはわからないが)

その仕事なら、ありえる。
ろう学校に専攻科があり、和裁や洋裁もあるからだ。
ホテル内のクリーニング室で、そういうパートタイマー
の仕事がある可能性はある。

しかし、調理場には、今までに聴覚障害者が入った
ことは、まだないと言う。
経験がないから、彼らにはわからないのだ。

経験のある私が何度繰り返し説明し、過去の失敗談
を話しても、双方にとって確実なコミュニケーション
手段が必要だということを、わかってもらえなかった。

一人で裁縫の仕事を黙々とするのと、
皆と一緒に調理場の仕事をするのとでは、
全然違うだろう。
その違いが、このホテルの人にはわからなかった
のだろう。
それで調理場に聴覚障害者を入れてみようとして
いるのだ。

「はじめに障害者雇用率達成ありき」

の考え方の犠牲になるだけだ。
もういい加減にしてほしい。

健聴者の遊びにしても、程があるのではないか。




===============================


「疑問に思った体験は、実は聴覚障害者の私にもあった。

パティシェの仕事をしていた時、よく「冷蔵庫」とか
「冷凍庫」という、よく似た言葉が、先輩の口から
飛び出してくる。
この2つの言葉は非常によく似ていて、感音性難聴の
私は、聞き分けることが難しかった。
それに悩んでいた私は、ある日、先輩に相談したのだ。

私;「先輩が「これは冷蔵庫に入れて」とか、
「冷凍庫に入れて」とか指示しますが、
僕はこの2つの言葉を正確に聞き分けることができません。
だから、冷蔵庫なら「あっち」(指差しで)とか、
「冷凍庫」なら「こっち」(指差しで)とか、
ジェスチャーを交えて指示してもらえると、
コミュニケーションが確実になる、と思うのですが・・・」

先輩;「何で、そんなことしなくちゃならないの?
私たちは、あなたのために、聞き取れなかったら
何度も何度も、繰り返し言うから」

これには内心、呆れてしまった。
私の障害について、先輩は正しく理解してくれなかった
からだ。」

『バリバラ団の「がんばらなくていい!」に賛否両論』
〔2014-02-15 18:30〕
 より。)




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by bunbun6610 | 2015-02-01 20:00 | 就職活動・離職


ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

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