戸田奈津子、通訳を始めたきっかけは映画評論家の故・水野晴郎さん


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戸田奈津子、通訳を始めたきっかけは
映画評論家の故・水野晴郎さん


2014年10月5日 8時15分


映画字幕翻訳家・通訳の戸田奈津子が2日、六本木アカデミー
ヒルズで行われたトークイベント

「戸田奈津子さんと語るハリウッドビジネスの英会話」

に出席し、通訳になったきっかけに映画評論家の故・水野晴郎
さんの存在があったと明かした。

 映画字幕翻訳家の菊地浩司が、自らの経験を基に確立した
語学習得法「K-メソッド」を用いた英会話レッスン「東京バイリン
ガルサービス」を始めることを記念して行われた本イベント。

戸田は映画字幕翻訳家を志した20代を、

「当時、プロの字幕翻訳家は20人くらいで、食べていけるのは
そのうちの10人くらい。
しかも全部男性。
そんなところに大学を出たばかりの女の子が入れるわけ
なかった」

と振り返る。

 それでも諦めずにチャンスを狙っていた彼女は、30歳を超えた
ころ、映画会社のビジネスレターをタイプする仕事に就くことに。

そんなとき、映画関係者の来日が決定し、急きょ通訳が必要に
なった。

「そこにいた(当時の)宣伝部長が水野晴郎という人。

『タイプが打てるなら英語もしゃべれるでしょ』

と言う。
でもわたしは文字でしか勉強してこなかったから、英語をしゃべ
ったことがない。
今とは時代が違うからね。
結局、あの人は押しが強いから、嫌だ嫌だと逃げていたのに、
無理やり前に出された」

と笑う。

 「結果はメタメタ。
せっかく映画の仕事に就いたのにクビだと思った。
でもなぜかクビにはならず、それから通訳をやるようになった」

と戸田。

「結局、大切だったのは英語力ではなく、映画の知識があるか
どうかだった。
それから日本語の勉強ができないと駄目。
外国語だけ知っていてもプロにはなれないんですよ」

と付け加えた。

 戸田が映画字幕翻訳家としてブレイクするのは1980年に
日本公開された『地獄の黙示録』から。
戸田がガイド兼通訳を担当したフランシス・フォード・コッポラ
監督の後押しが大きかったという。
大学を卒業してから20年ほどたったときの話だ。

それから年間数十本の映画を手掛ける売れっ子となった戸田
だが、

うまい字幕というのは、最後まで字を読んだという意識を観客
に抱かせないもの。
もし字幕に意識がいくなら、それは字幕が下手なの。
だから、字幕をやって『どうだ、うまいだろう!』と思うことはない
ですね


と強調した。

(取材・文:壬生智裕)



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by bunbun6610 | 2014-12-09 21:25 | 情報保障・通訳
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