聴覚障害者は、この世の「声による支配」から逃れられるか?

聴覚障害者は、この世の「声による支配」から
逃れられる(あるいは、対抗できる)か?

副題;『手話言語法制定の動きは、
この世界で何をもたらすことができるのか』

『健聴者こそ“補聴器依存症”である。
健聴者は、それに気づかなくてはならない』



聴覚障害者は、会社にいる時は、補聴器を装用
している場合が多いと思う。
なかには補聴器をしていない聴覚障害者もいるが。

もし補聴器を持ち忘れて、会社に来てしまった場合、
何か言われたことはないだろうか?

健聴者から

「補聴器はどうしたの?」

これは多いと思う。
この意味が、わかるだろうか?

健聴者がそう聞くのは

「補聴器は落としたの?」

「補聴器を無くしたの?」

とかいった心配ではない。
補聴器をしていないと、健聴者は不安になったり、
困ったりするからなのだ。

実際にそうなったことが過去にもあったが、
それがまたあったのだ。


補聴器をすれば、誰も筆談などしようとしなくなる。
繰り返し言われる“言葉攻め”が待ち構えているのだ。
無論、健聴者だからといってそんな人ばかりではない。

けれども、それでも未だに、そんな人が多いのは事実
なのである。
人事部障害者担当者でさえ、その人は確かに筆談
はするけれども、他部署に配属された先のことまでは
面倒は見ない。
その先は聴覚障害者が、自分でアピールしていかなく
てはならないのである。
そのアピールの成功率は、どれぐらいだろうか。
人にもよるが、多くの場合は、なかなか難しいのが
実態ではないだろうか。

以下は、その話である。



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(6)健聴者のおかしな主張
 - 健聴者に感音性難聴障害を理解してもらうことの難しさ


たまたま、その日は補聴器を家に置き忘れてしまった。
仕方がないので、補聴器なしで面談に行った。
どうせ補聴器があっても、大事な話のことは必ず、
筆談でしてもらえるように、筆談器も持参し、
相手にお願いしている。
だから結局は、補聴器はあってもなくても同じだった。

ところが、その翌日、重役の下の立場であるD上司
(私の直属上司)から厳しく注意を受けた。

理由は、私が重役との面談で補聴器を忘れてしまった
ことについてだ。
聴覚障害者読者の皆さんも、経験があるかもしれない
体験だ。

断っておくが、私は、面談日に出社してから

「これから面談がある」

と突然に言われた。
面談のことは一切、知らされていなかったのだ。

「補聴器は絶対に忘れるな」

と言われたのも、この時が初めてだった。


このことも、コミュニケーション内容を大雑把に書くと、
次のようになる。


D上司;「昨日(面談した日)は補聴器をつけなかった
のはなぜ?」

私;「たまたま、昨日は補聴器を家に忘れたまま、
会社に来てしまいました」

D上司;「ダメだよ。
重役が筆談をしたら時間がかかるし、大変なんだから。
それだけでなく、業務で外の人と話す時も、困るでしょ。
大事な話でもコミュニケーションができなかったり、
コミュニケーションでのすれ違いが起きたりしたら、
どうするの?」

私;「補聴器をすれば、音は聴こえるようにはなります。
でも、大事な会話をする時はやっぱり、筆談にしています」

D上司;「補聴器でも聴こえれば、補聴器はあった
ほうがいい。
今後、会社にいる場合は必ず補聴器をつけて」

私;「わかりました」



障害者福祉用補聴器(補装具補助金)(※2)
の交付条件が、近年は

「仕事で使う場合なら、補助券交付が認めてもらえる」

となっているらしいが、その理由が、これでよくわかった。


(※2)〔関連情報〕

厚生労働省
『サービスの利用方法』
〔補 装 具 費 の 支 給 の 仕 組 み〕


障害の等級や所得状況により、自己(利用者)
負担額は異なるらしい。





本当は、D上司の説得には全然、納得できなかった。
以前にも同じことで、私は悔しい思いをしている。


『聴覚障害者だって、成長するのです!』
〔2014-10-24 18:30〕



『障害者部下の重要な意見を聞かない健常者社員』
〔2014-10-31 18:30〕




健聴者が「補聴器はつけろ」と言うのがわかっているから、
補聴器はつけている。
しかし、大事なコミュニケーションの時は、私はいつも筆談だ。


やはり健聴者は、聴覚障害のことも、補聴器のことも、
わかっていない。
健聴者の言うことは、要するにこうなのだろう。

「補聴器をすれば聴こえるだろう」

と思い込んでいる。

けれども実際には、曖昧な言い方だが、
聴こえる場合もあるし、聴こえない場合もある。
また、聴こえても聞き取れないといった場合もあったりする。

それを幾ら健聴者に言ったところで、健聴者に感音性
難聴障害のことを完全理解することは無理だと、
私はわかりきっていた。
わかっていないのは、健聴者のほうなのだ。


『週刊文春の佐村河内氏批判について』
〔2014-03-14 21:31〕




確かに、補聴器はあったほうが助かるのも、事実である。
しかし補聴器以前の大きな問題としてあるのは、
健聴者の誤った理解のほうなのである。
非常に厄介なことに、健聴者だけが、それに気づいて
いない。
それが、聴覚障害者の悲劇を一層大きくしてしまって
いるのだ。

おそらく永久に、健聴者は、その間違いをやめることが
できない。
だからD上司も

「聴覚障害者が補聴器をつけていれば、
我々(健聴者)は安心してコミュニケーションができる」

と思っている。
その思い込みが、間違っているとも知らずに。

聴覚障害者に補聴器をつけさせ、勝手に安心して
いるのは、実は健聴者だけなのだ。
年寄りが補聴器を装用して聴こえるのとは違うのだ。

「筆談より、まず聴覚障害者が補聴器をつけることが
大切である」

と思っている。
だから


『バカがいつまでも聴覚障害者差別をしている時代に』
〔2013-04-03 18:00〕




のような、馬鹿げたことが何度も繰り返されるのだ。
私はもう、こんな人生にうんざりしているというのに。

そして、コミュニケーション・トラブル(すれ違い)が
起きる原因を、健聴者はいつも聴覚障害者の持つ
障害にすり替えている。
聴覚障害者は、全く都合のいいようにやられっぱなし
でいる。

健聴者の“自分の側にある過失”ということを認めようと
しない頑固さが、このどうしようもない“障害”をつくり
出しているのだ。
自分勝手な想像で物事を決めるな、このバカモノどもが!


『補聴器と発声訓練が、聴覚障害者にもたらしたものとは――。』
〔2014-06-17 18:30〕




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この話は、実は


『会社のリスク管理 - 個人情報保護法』
〔2014-11-11 18:30〕


という記事からの引用文である。
事情により、この元記事は公開していない。

その理由は

『はじめに』
〔2013-05-01 17:00〕
【『職場内障害者授産施設』について】

で述べている。
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by bunbun6610 | 2014-11-12 18:30 | E.大手カー・ディーラー
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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610
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