音声会話が苦手になっていく聴覚障害者

ある日、Yさん(健聴者)と職場ですれ違いになった。
私が職場に着くと、Yさんがもういなかった。

そして、Yさんが帰ったら、ようやくその日で
最初の会話ができた。


Yさん;(音声)「今朝、すれ違いましたね」

私;(音声)「え? 知らないよ。どこで?」

Yさん;(音声)「●▲■★◎◇で」

私;(音声)「え? 何ですか?」

Yさん;(筆談で)「ほどうきょう」

私;「ほどうきょう? ああ『ほどうばし』ね」


そう言った瞬間

「あっ、しまった!」

と思ったが、もう遅かった。

「歩道橋」は「ほどうきょう」と読むのは、
昔聞いたことがある。

「鉄橋」は「てっきょう」と読む。

しかし、私は昔「歩道橋」を「ほどうばし」と
読んで覚えていた。

聴覚障害者には、そういうミスが直せなく
なってしまった人もいると思う。

Yさんは言葉が続かない。
やはり、一緒に話していて、ヘンだと思って
いるに違いない。



聴覚障害者がつくった新聞を、
Yさんに読んでもらったことがある。

その時、私も妙に思った文字があったので、
Yさんに聞いてみた。

私;「『ケースは架空のものです』って書いてあるけど、
もし本当にそうだとすると、架空のケースを紹介する
ことに、意味があるのかな?」

Yさん;「さぁ・・・?」

私;「意味わからないよね?」

Yさん;「うん」



他にも、次のような会話をした。


私;「この記事にある『自己紹介』『他己紹介』
ってあるけど、『他己紹介』なんて言葉もあるの?」

Yさん;「・・・」

Yさんは、この質問に答えるには、初めは
遠慮している様子だった。

私;「初めて見る気がするんだけど・・・」

Yさん;「『己』という漢字は、自分のことを言うんでしょ。
聞いたことがないよ」

私;「そうだよねぇ・・・。
「他」と「己」の字を組み合わせた言葉なんて・・・。
でも、聴覚障害者には、文章や言葉の使い方が
ヘンな人も、よくいる。
僕もそうだしね・・・」


冒頭のエピソードにある「歩道橋」も、一度覚えても
その後使わなくなり、完全に忘れてしまうと
「ほどうばし」に戻ってしまう。

聞いて覚えたり、修正することができない以上、
自己努力だけで忘れないようにする以外に、
方法がない。

聴覚障害者には、そんな大変さがある。

「仕方がない」

と、諦め気味になっていることも、しばしばである。


実はこのような話をした理由には、単に聴覚障害者
に関する知識としてだけではなく、その人たちの
心理についても知ってほしい、ということもある。

「自分の話し言葉が正しいのかどうかを確認するため
には、自分で自分の使用法について、
疑問に思っていなければならない」

ように思える。

しかし、このような懐疑的心理で常にいたら、
聴覚障害者は心の病気になってしまうのではないだろうか。

少なくとも

「自分に自信が持てない状態がいつまでも続くのは良くない」

と思っている。
常に劣等感を持つし、自己嫌悪にもなりやすい。
自分に自信が持てない聴覚障害者は、常に消極的、
受動的になる。
それでは、自分を伸ばすことも出来なくなる。

だからもう、開き直ってしまっている場合もある。
仕方がないのだが、これは健聴者がよく言う

「聴覚障害者はバカ」

とは違うのである。

健聴者ももし、聴覚障害者になってしまったら、
だんだんと同じようになるのである。
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by bunbun6610 | 2014-11-14 18:30 | コミュニケーション能力
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ある聴覚障害者から見た世界


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