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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

「つんぼ」から「聴覚障害者」へ

『差別用語とは何か』
 ―― 言葉は変わっても、その本質的意味は
今も変わっていない


普通学校に通っていた私は、中学2、3年の時、
M君という級友がいた。
M君は、私の難聴のことも、よく理解していた。(※1)


(※1)
『なぜ手話・要約筆記通訳は使われないか?』
〔2014-10-19 18:30〕


そのM君でも


「おまえの耳は“つんぼ”だ!」 (※2)

と冗談交じりに、わざと大きな声で言うこともあった。
国語の授業で「馬耳東風」という四字熟語を習うと、
今度は

「おまえは“馬耳東風”だ」

とも言われた。


(※2)「つんぼ」

つんぼ【×聾】
「聴力を失っていること。耳の聴こえないこと。」




つんぼ



馬耳東風(ばじとうふう)
「馬耳東風とは、人の意見や批判などを心にとめず、
聞き流すことのたとえ。」




私はその頃“ツンボ”という言葉の意味など、
全く知らなかった。
今になって思えば、それは差別用語である。
それでも、滅多に使われない言葉であったこと、
それに、私の耳について言うのだから、
何となくはわかった。
でも、世の中には“聾唖者”もいたことまでは、
当時はほとんど知らなかった。


「耳が遠い」

とも、周囲にいた同級生からも、よく言われていた。

だから私は

「つんぼ=耳が遠い」

なのだろうと思っていた。
M君もそう思っていたのかどうかは、わからない。

今は「つんぼ」とは決して言われなくなった。
代わって言われるのが「聴覚障害者」だ。

健常者が、その人の持つ障害によって差別している
用語が「つんぼ」から「聴覚障害者」になった、
というわけである。
聴覚障害があると認定され、こう位置づけられる
ことによって、社会から特別扱いが受けられる。

それは「差別」ではなくて

「障害者福祉」

「障害者雇用」

なのだと。

本当に、心から納得できるだろうか。
それがないと、自分は生きてゆけない社会だという
ことはわかっているが。
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by bunbun6610 | 2014-11-23 18:30 | 難聴の記憶