障害児ゆえに、幼少期から知略家だった私

子どもの頃は、障害者というものがどういう
ものなのか、ほとんどわかっていなかった。

(というより、子どもであることに加えて、
耳から情報が十分に入らない障害もあり、
ほとんど何も知らなかった)

テレビで障害者を見たことがあったが、
脳性マヒとかで歩き方がヘンだったり、
身体の一部がないとか、車椅子に乗ったまま
だとか、白杖で歩く人とか、ダウン症の子ども
のように顔の表情がヘンな人とかが、
障害者だと思っていた。

つまり、外見でハッキリわかる障害を持つ人
だけが障害者だと思っていた。

聴覚障害とか、精神障害とかは、聴覚障害児
だった自分には理解しにくかった。
いや、理解出来なかったのだろう。

なぜなら、それは外見だけではわからない
障害であり、耳からその知識が入らないと、
理解できるようにはならないからである。

実際、当の本人である私より、健常者である
妹のほうが、私が難聴であったことをハッキリと
認識していた。

それでも、障害というものは完全に理解できて
いなくても、自分にはハンディキャップがある、
ということは、おぼろげながらわかっていた。

近所の子どもと一緒に遊んでいる時に、
その遊びのルールがわからなかったので、
とにかく周りの子どものやることを見ながら、
少しずつ理解していった。

ルールがわからないこともわかっていなくて、
それでも一緒に混じってやっていたので、
いじめられたこともあった。

昭和40年代に流行だった遊びの一つに“缶蹴り”
があった。

https://kotobank.jp/word/%E7%BC%B6%E8%B9%B4%E3%82%8A-236712

※ ウィキペディアの「缶けり」(缶蹴り)を
調べたほうが詳しい。



この遊びは、空き缶1個でできる。
じゃんけんで負けた最後の一人が鬼になり、
缶の護り番になる。
他の者は逃げて、自由に行動できる。

鬼をいじめるため、知恵を凝らして逃げまくったり、
逆に鬼の缶を蹴飛ばして弱らせる。
誰かが鬼に捕まっても、つかまっていない者が
いる限り、ゲームは終わらない。
捕まっていない者が缶を蹴飛ばせば、捕虜は全員
解放される。
鬼は全員捕まえない限り、その役から解放されない。

もし、ゲームセットになれば、最初に捕まった者が、
次の鬼になる。

この遊びには、条件を付加することもできた。
“ハナ蹴り”が「有り」なのか「なし(禁止)」なのか、
である。

ハナ蹴りが「有り」ならば、缶は最初からどんどん
蹴飛ばしに来る。

しかし、「なし(禁止)」の場合だと、最初に蹴りに
来る者は誰もいなくなってしまう。
もし蹴れば、次回の鬼になってしまう可能性が
あるからである。
だから、誰も蹴りたがらなくなるのである。

そして、鬼でない側だと、鬼をいじめるための、
いろいろな作戦を使うことが出来る。

特に、鬼の泣き所となる作戦が“ムカデ攻め”で、
多数の仲間が一列に並んで、缶を蹴りに突進する。
鬼は、後ろにいる者が誰なのか、全然わからないと
捕まえられない。
仲間同士で服を交換し、騙そうとしたこともある。
また、仲間は分散して、一気に蹴りに来る方法も
あった。

こういうふうだから、鬼は圧倒的不利な存在なので
ある。
その鬼に、私がなってしまった。

難聴の私の聞き取れる距離は、せいぜい1メートル
だった。
離れた所での話し声や、物音が聞こえない私は、
相手には面白いように自分の護る缶を蹴られ
まくってしまった。
後ろから走ってくる音も、すでに走ってこられて
からでしか、気づけなかった。
それで、皆の笑いの種になった。

普通にやってもダメだと思った私は、邪道でも
いいから作戦を考えた。
今度のルールは「ハナ蹴り禁止」なのだから、
誰もトップで蹴れる者なんかいないと、わかって
いる。

だから、一人ずつ見つけ出して、捕まえないで、
わざと缶の前に集まらせた。

そうすると、連中は

「先に捕まるのは誰なのか、オレなのか?」

と心配になり、缶から離れられなくなった。
そして仲間に

「オレが捕まったら、お前がすぐに蹴れ!」

とか言い合っていた。
とにかく、皆

「こいつはバカだなー」

とか思っていたみたいで、
どういう作戦なのか、誰も気づいていなかった。

そうして、人だかりが出来た後、このワナに
まだ気づいていない、遠くの者を見つけに
行って、わざと遅い足で缶のほうに走る。

すると、見つかったそいつは焦って、夢中で
私を追い越し、缶を蹴ってしまう、というワナ
だった。
これが反則のハナ蹴りになる。

鬼にする一人にさえ、気づかれなければ、
この作戦は成功する。

この作戦は、バレたら二度と使えないと
わかっていたが、これは一回で成功した。
すぐゲームセットになり、ハナ蹴りをした
そいつが、次の鬼になった。

皆から

「お前、頭いいなー」

と言われ、見直された。

私が難聴だということは、この仲間の何人も
知っていたので、普通にやっていたら徹底的
にやられていた。
だから障害者は、他人とは違うことをやらな
ければ勝てない、と思った。
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by bunbun6610 | 2014-11-16 18:30 | 難聴の記憶
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ある聴覚障害者から見た世界


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