心の叫び (3)『愛は静けさの中に』

『愛は静けさの中に』


これはアメリカの映画なので、日本のものとはだいぶ違う。
主演女優がマーリー・マトリンという人で、ろう者なのだ。
他にも、本物のろう者がたくさん出ている。

ろう者の文化や、考え方が随所に表された映画なので、
健聴者は理解するのに、とまどうかもしれない。

日本のテレビドラマと違い

「健聴者向けに脚色されたものではない」

と思わせるような、リアルさが見られる作品である。


物語は、あるろう学校で始まる。
このろう学校に赴任した、ろう学校教師ジェームズ(健聴者)は、
ろう者のサラと出会う。
そして、サラとジェームズは結婚する。
だが、二人の間にあるものによって、起こることがある。
それが、映画の物語になっている。
「ろう文化」と「聴者文化」と呼ばれるものだ。
普段、意識しないことだが、結婚生活では無視できない。

その中で、夫婦喧嘩のシーンがある。


日本でも『ろう文化宣言』というのを、聞いたことがあるだろう。
そのことと、深く関係するように思う。
文化(言語)の違い、そして心の違い・・・。
そうしたことを、深く考えさせられる映画である。

初めて観る人には、そうした背景が理解できないこともあり、
かなり難解な映画かもしれない。



サラ;「私は心を決めた。
私の気持ちを代弁しないで」

ジェームズ:「それで生きていけると思うか?」

サラ;「今までは周囲が、私という人間を造ってきた。
彼らは私の望みや考えを勝手に想像した」

ジェームズ:「『もういやだ』
当然だ。よくわかる。
ぼくは君を愛しているんだよ!」

サラ;「愛は関係ない」

ジェームズ;「それならぼくらはここで一体何している?!」

(サラは手話で話し続ける)

ジェームズ;「『手を見て』?
見てるよ!」

サラ;「これは『結ばれる』という意味。
とても簡単。
しかし、私がこうする時は大きな意味がある。
この意味は、『2人の人間が一つになる事』。
なのに、あなたは本当の私を無視して『サラのため』
を考える。
私はあなたと暮らし、仕事を辞め、ポーカーをマスターし、
話し方を学ぶ。
あなたの造った私よ!
あなたが本当の私にさせてくれない限り、
私の沈黙の世界に入れない。
私もあなたに近づけない。
それまで――私達はこのように結ばれる事は・・・ない」

ジェームズ;「感動的な話だが、それで生きられるのか?
君は大切な沈黙の城に自分自身を閉じ込め・・・」

(サラが怒り、ジェームズの話の続きをさえぎり、
もうその場を去ろうとする。
しかし、ジェームズは話を続ける)


ジェームズ;「聞いたよ! 君の言葉はしっかり聞いた。
君の手からぼくの頭に入り、口へ回った。
ハッキリ言おう。
君は偽ってる。
君は聾唖で幸せだなどと思ってはいない!」

(サラが無視し、離れようとする。
が、ジェームズは引き止める)

ジェームズ;「君は怖がってるだけだ!
話そうとしないのは、くだらないプライドだ!」

(サラに、一層の怒りの表情がにじみ出る)

ジェームズ;「哀れみを拒否し、自分で生きたい?
なら読唇術を学び、セックスが上手なんて自慢せずに、
マシな事に口を使え!」

(サラが嫌悪感一杯になり、ジェームズの話を
止めさせようとする。
が、ジェームズは話を続ける)

ジェームズ;「唇を読め! ぼくは何と言ってる?!
ぼくと話したい? ならぼくの言葉を勉強したらどうだ!
唇を読んで、読めないフリをしてたんだろ?!
人を操ってたのはどっちだ?!
さあ、話してみろ! 話すんだ! 話せ!」

(サラがついに、ジェームズを押し飛ばして、
奇声を上げた)

サラ;(声で叫ぶ)「行って! こんな声よ!」

(サラは壁に顔を伏せて泣き出したが、すぐ部屋を出た。
初めてサラの声を聞いたジェームズはショックだった
ようで、そのまま動かなかった。
サラは、家を出て行き、母の元に帰った)




この映画字幕は映画用邦訳だし、そもそも全部の手話が
字幕になっているわけではない。
手話も、アメリカ手話だ。
しかし、全部の手話に字幕が付かなくても、大体の意味は
わかる。
(ただし、上のセリフ表示は字幕部分のみにした)


この後、二人は別居状態になり、ジェームズは「聴こえない」
ということを理解しようと疑似体験などをしてみるが、
やはりできない。
というよりも、それは違うと思うが。


テレビドラマ『愛していると言ってくれ』でもあったが、
健聴者はどうしても

「声で伝えて欲しい
(声で聞きたい)」

という気持ちが出てしまう。
そこは、この映画でも描かれている。

ならば、ろう者ならば、やはり手話なのだろうか。

難聴者や中途失聴者だって、よく

「大事なことは筆談で伝えて欲しい」

と言う場合がある。

大事なことなら、そうしてほしいのは、
それぞれの母語・コミュニケーション方法を持つ
人間として、当然のことだろう。


映画のラストシーンは

「どこかにあるかな?
ぼくらの出会える場所が・・・
沈黙の世界ではなく、音もない世界が」

ジェームズの問いかけに、サラは答えた。

「心の中に・・・」

と。
[PR]
by bunbun6610 | 2014-11-03 18:30 | 聴覚障害
<< 職場内障害者授産施設 第二篇 ... 心の叫び (2)『愛していると... >>