<終戦記念日>戦車に「肉弾特攻」、下っ端兵士は骨も残らず


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<終戦記念日>戦車に「肉弾特攻」、
下っ端兵士は骨も残らず


毎日新聞 8月15日(金)15時0分配信


◇大阪の89歳渡部さん「悲惨さ、忘れない」

 満州(現中国東北部)の静かな平原。爆音とともに、戦車から
上がった黒煙。

大阪市北区の渡部(わたなべ)清数さん(89)は69年前の光景
を今でも鮮明に覚えている。
終戦直前、満州に侵攻した旧ソ連軍の戦車に、日本軍は爆薬を
詰めた木箱を抱えて突撃した。

「自分の足で走って戦車に体当たりする。
かっこいいなんてものじゃないです。
そんな悲惨な特攻があったことを忘れないでほしい」。

69回目の終戦記念日。
渡部さんは次世代に託すために記憶の糸をたどりながら語った。

【遠藤孝康】


【ビジュアル年表】真珠湾攻撃、東京大空襲、原爆、玉音放送
…69年前の日本を振り返る


 現在の韓国・釜山(プサン)で生まれ、高等小学校を卒業して
関東軍測量部に志願した。
当時14歳。
厳しい規律の中で軍国主義をたたき込まれた。
1945年2月、20歳を前に徴兵検査に合格し、軍属から軍人に。
配属されたのはソ連との国境を守る部隊だった。

 8月9日未明、ソ連軍は国境を越えて満州に侵攻した。
渡部さんらの部隊は国境付近の虎林(こりん)市の郊外で陣地
を作って待ち構えたが、下った命令は

「部隊の主力は後方へ退却。
残る部隊で侵攻を食い止めよ」。

渡部さんら約150人が陣地に残った。


 だが、戦車を連ねるソ連軍に、渡部さんらの歩兵部隊が
太刀打ちできるはずもなかった。
そこで上官が命じたのは、約10キロの爆薬が詰まった木箱を
抱えて戦車に体当たりする「肉弾特攻」だった。

「これでお母さんともお別れだな。
それでも戦車1台やっつけられたら軍人として本望だ」

と思った。

 平原の小高い丘から先陣の攻撃を見守っていると、「ボーン」
という爆音とともに戦車の近くで黒煙が上がった。
「やったぞ」と思ったが、煙が消え、現れたのは何事もなかったか
のように動き始めた戦車だった。
突撃した兵士の体は消えていた。
後に続いた数人の兵士は体当たりできずに狙撃された。

 渡部さんも爆薬を抱えて丘を駆け下り、木陰に伏せた。

「だが、それ以上は前に進めませんでした。
少しでも動けば弾が飛んでくるんですから」。

それからの数分間は記憶がない。
徹夜が続いて疲れ切っており、伏せたまま眠りに落ちたのだと思う。
目が覚め、陣地へ戻った。
責められると思ったが、意外にも「よく戻ってきた」と言われた。

 数日後、戦争は終わった。渡部さんらは捕虜となり、シベリア
へ送られた。
3年間の抑留生活。
十分な食料もないまま、農業や森林伐採の労働に駆り立てられた。
帰国後は、シベリアで患った結核で6年間の入院生活を強いられた。
渡部さんは

「死ぬか生きるかギリギリの線だった。
僕は生きる側の方に針が振れただけだ」

と言う。

 近年、特攻をテーマにした映画や書籍が話題を呼ぶが、
渡部さんはこう言う。

「戦車1台壊すためにキャタピラー(走行用ベルト)めがけて体ごと
突っ込む。
骨も残らないです。
下っ端の兵はそういうふうに死んでいった。
それが戦争です。
僕たちは敗戦の上に立ち、平和をつくっていかなければならない」


 ◇関東軍

 日露戦争後にロシアから租借権を得た遼東半島先端の関東州と、
南満州鉄道の権益を保護するため、日本は関東都督府を設置。
その陸軍部隊が1919年に独立し、関東軍となった。
31年には満州事変を起こして中国東北部を占領し、翌32年、
満州国を建国した。
建国後は関東軍も首都の新京(現在の長春)に司令部を置いた。
45年8月の旧ソ連による参戦で壊滅的な打撃を受け、戦後は
将兵の多くがシベリアに抑留された。



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「戦争は、人間を鬼畜にする」

戦争体験者のそんな言葉を、見たことがある。

最近、集団的自衛権の論争で、なかには

「国を守るためだから、仕方がない」

というふうな考えを口にする人がいて、驚く。
なぜだろう。

その

「国を守るためだから、仕方がない」

と言っている人は、戦争に行く人が自分や、
自分の愛する家族ではないと思っているから、
そんなことが言えるのではないだろうか。
自分の身に降りかかることとして考えれば、
簡単にそんなことが言えるはずがない。

戦争の前に、最善を尽くすことを忘れていないか。
それが平和の思想だと思うのだが。
それが相手に通じない時、戦争をするしかない、
と思うだろう。
だが、その時こそ「戦争は、人間を鬼畜にする」のだ。

一度、その罠に入ってしまったら、今、世界中で起きて
いる戦争(ウクライナ、ガザ、イラクなど)のように、
一体どれだけの犠牲者が出ることだろう。

死ぬか、たとえ生き残っても、みじめな記憶とともに
生きていかなければならない。
それを、戦争体験者が教えてくれる。
戦争を知らないが、その悲惨さ、人間を堕落させる
ということを知ろうとしない、理解しようとしないことは、
“無関心”だ。
無関心が案外、一番恐ろしいのかもしれない。

「愛の反対は憎しみではない。無関心だ」 ――マザー・テレサ

確かに、有事の場合、自衛隊が国を守らなくては、
誰が守るというのか。
NHKテレビで、自衛隊幹部候補生が皆、自分の命にかえてでも、
国のために任務を遂行することを宣誓している。
これからは実際に、戦争に出て、命を落とすことがあるかもしれない。

戦争をする者だけでなく、戦争を容認すること、
それに傍観者になることも、悪ではないか。
そうすると、戦犯者は安倍首相は勿論、私たちもなる。
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by bunbun6610 | 2014-08-15 20:48 | 社会

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by bunbun6610