ろう者の就労後問題

来る9月は、障害者雇用推進月間である。

そこで、聴覚障害者雇用を成功させるためにも、
聴覚障害者の就労後問題について、考えてみたい。



〔ろう者の職場放棄問題〕

ある日、会社で手話のできる健常者と話す機会が
あった。
お互いに別部署なので、いつもは会話することが
ないのだが。



私;「お疲れ様です」

健常者;「お疲れさん。
どう? 仕事は楽しい?」

私;「楽しくは・・・ないです。
つまらない」

健常者;「つまらない? そうだな。
会社だから、当然だ。我慢しなきゃ」

私;「Bさん(脳性マヒ障害者)は、どうですか?」

健常者;「ああ、あれはね・・・。
とにかく、休みが多いよ」

私;「前に部長から聞かされたことがありましたが、
『Bさんは頭のほうにも何か障害がある』のだとか。
それで、難しい仕事とかは覚えられないそうです」

健常者;「そうそう、Bさんには難しいよ。
ウチには、他にも、いろいろな障害者がいるよ。
足の悪い人とか、片手が短い人とか、知恵遅れの
人とかね。
前に、ろう者もいたんだけど、辞めちゃったよ」

私;「えっ?! ろう者もいたんですか?
でも、何で辞めちゃったんですか?」

健常者;「ろう者は、仕事の好き嫌いがハッキリして
いて、すぐ離席してどこかへブラブラと出掛けてしまうよ。
そのうち、すぐ辞めちゃったね」

私;「会社は障害者を雇うと、助成金がもらえますよ。
だから、それでも雇うんです」

健常者;「そうそう。会社は当然、そうする。
9月にも、新たにろう者を雇用するとか・・・」

私;「この前辞めさせられた障害者がいるのに、
またですか?」

健常者;「いや、ろう者かどうかも、ハッキリとわからない
けれどもね・・・。
私は、この会社で長く働いているんだけれどもね、皆同じ。
あなたも、我慢しなきゃね」

私;「どのぐらいいるんですか?」

健常者;「14年、かな。
でも、ろう者はみんなすぐ辞める。
あなたも、辛抱しなきゃね」

私;「どうでしょうね・・・。
辛抱なんかしても、しなくてもいいと思う。
どこの会社だって同じだし・・・」

健常者;「そうそう、同じだよ。
でも、すぐ離席してブラブラしちゃうのはダメだよ。
仕事がなくても、勤務時間中は着席待機していなくてはね」

私;「はい。それは分かっています」



こんな無難な会話をしたが、このブログでは
『就労後の聴覚障害者問題』として、もっと本音を言い、
掘り下げてゆきたい。


まず

>「すぐ離席してどこかへブラブラと出掛けてしまうよ」

という勤務態度上の問題点は、どういうことだろうか。

これは実際に、私も以前に働いた会社で、やったことが
あるので、その話をしよう。

健聴者
(ここでは「健常者」と言っているのでないことに注意して
ほしい)
の立場から見れば、これは当然ダメなのである。
いや、誰から見たって、これはダメだ。

しかし、それでもこういう自分勝手な行動を表現するに
至ったのは、実はそれなりの理由があるのである。
言ってみたところで、周囲の人には「言い訳」としか受け
取られず、一層孤立していくだけなのであるが。

あんな異常な職場環境に、毎日毎日、何時間も何年も、
身を置き続けていたら、自分は悩み過ぎて、頭がおかしく
なってしまう。


確かに

「石の上にも三年」


なんて言う諺もある。
しかし、健常者には意味があっても、あれだけの
差別雇用を受けている聴覚障害者には意味がない。

あれほど人間扱いされていない環境で我慢できるのは、
せいぜい二年が限界なのではないだろうか。
それで、別の会社に行っても、また同じ目に遭う。
聴覚障害者差別による、その怒りのぶつけ所はどこへ
やればいいんだ?

五年も我慢したら、もうテロ自殺でもしてやりたくなるほど、
精神状態がおかしくなってきてしまうのである。

それがわからないのは、所詮、健常者は聞こえる人間
だからではないか。
他の障害者だって、所詮健聴者であり、この苦しみを
わかりはしないのだ。

もし、聞こえる人でも、それから五年間、ずっと耳栓を
つけたまま暮らせるだろうか――いや、誰もできやしない。

健聴者は誰にも、自分の身体でそんな危険な人体実験
なんかできない。
もしやったら、その人は、それまでの人生で築いてきた
多くの大切なものを失い、人格も変容してしまうだろう。

よく健聴者は、聴覚障害者の人格を疑うが、それは社会が
与えている“聴覚障害者差別”によって受ける悪影響を
知らないからだと言える。


〔参考情報〕


『コミュニケーションは、人間が生きるために必要なもの』
〔2012-02-18 01:19〕



『手話を学ぶ「はじめの一歩」は、聴こえない体験からしてみよう』
〔2012-01-08 23:5〕



『聴覚障害者の職場放棄』
〔2012-09-08 18:33〕





〔ろう者のコミュニケーション問題〕

また、この健聴者との会話では、下のような内容もあった。



私;「手話は、どうやって覚えたのですか?」

健常者;「手話の本を見たから、やってみたんだよ」

私;「じゃ、以前にろう者がいた時は、手話で話せたん
ですよね」

健常者;「いや、ダメダメ。
手話じゃ全然通じないよ。
ろう者とは筆談のほうが通じる。
ろう者と手話でやっても、通じなかった」

私;「・・・???」
(「じゃ、何で私とは手話でこれだけ通じるのだろうか?」)



やはり、この問題も出てきたか・・・。



〔関連事例〕

『手話・要約筆記通訳とは何か?』
〔2012-10-26 18:00〕



『職場における、ろう者への手話通訳の問題点』
〔2012-02-03 00:12〕




この問題は、ろう者と健聴者の“手話の違い”が
原因だと考えられる。
ろう者の手話は「日本手話」(伝統的手話)で、
それを知らない人には速くて通じない。
つまり

>「手話じゃ全然通じないよ」

という言葉の真実は、この健聴者はろう者の手話が
読み取れない、日本手話ができないから、だったというわけだ。

日本語対応手話は流暢に表出できる、
そして私の手話もちゃんと読み取れるのに、
そう言うのは、この人には、日本手話の読み取りが
難しいからだ。
これは、手話学習初心者には、たくさんいる。

健聴者向けの手話学習本のほとんどが「日本語対応手話」
だから、通じなかった、ということも考えられる。

実際、私も健聴者と手話で話す場合は、日本語対応
手話なのだから。
聴覚障害者でも、相手により“手話の切り替え”をする
人がいる。

ろう者とのコミュニケーションでは、ろう者の手話も
読み取れなければならないので、このようになって
しまったのだろう。


日本語対応手話の出現によって、確かに

「その手話学習法なら学び易い。
自分にも覚えられる」

と言って、手話に興味を持つ健聴者も増えた。
しかし、上のような“すれ違い”が起きた、ということも
事実だろう。

地域の手話講習会や(財)全日本ろうあ連盟が監修した
手話本などで手話を学んだ健聴者からは

「ろう者も、標準手話を学ばなきゃダメじゃないか」

と言う批判もある。

ハローワークの人からも

「ろう者も、手話通訳は勉強しないとわからない」

と言われていた。

しかし、それは手話未熟レベルの多くの健聴者に

「ごく一般的なろう者よりも、理事や手話講師、
手話通訳者のほうが(手話技術も)上」

だという思い込みもあるから、ではないだろうか。

しかし、手話講習会や本が紹介している手話は、
ろう者の手話の、ほんの一部分に過ぎないことも
理解してほしい。

と言うより、もう

「日本語対応手話は“手話”じゃない」

とか、

「連盟手話対策部の失敗だった」

とか、

「日本語対応手話ができるようになったぐらいで、
手話ができると思い込んでいる健聴者に、
お灸を据えてやるべきだ」

とハッキリ批判したほうがいいかどうか、
わからないが・・・。


実際は、健聴者が知らない手話のほうが、ずっと多いのだ。

手話学習者は、日本語対応手話だけでなく、ろう者本来の
「日本手話」も学んでほしい。
そして、相手によって使いわけることも大切だろう。

厳密には、ろう者と、盲ろう者、中途失聴者や難聴者、
それぞれに使う手話は少しずつ違うし、
その理由もちゃんとある。
日本語と同様に、手話も広くて、深いのだと思えばよい。



〔参考資料〕

『聾学校高等部卒業生の課題と就労支援について
── 職場での課題と卒業後の支援の現状 ──』
(岩 本 朋 恵 、濵 田 豊 彦)

http://ir.u-gakugei.ac.jp/bitstream/2309/65482/2/18804306_58_29.pdf


335ページの『図1 聾学校に求められる能力開発』を
見てみると、企業側は「コミュニケーション・スキル」を
挙げている割合が最も高いように見える。
でも、健聴者が考えているコミュニケーション・スキル
とは、何だろう?

もしかして、健聴者とろう者の間に、この点のズレが
あるのではないだろうか?
[PR]
by bunbun6610 | 2014-08-21 18:30 | E.大手カー・ディーラー
<< 消費増税対策給付金、忘れずに…... 健聴者にだまされたこと (1) >>