映画『フリークス』(1932年制作・公開)

映画『フリークス』をご存知だろうか。


『30年間上映禁止。ハリウッド史上屈指の怪映画『フリークス』とは ...』
〔更新日: 2014年06月13日〕



『ロオク映画館『フリークス 怪物團』 - Zero』
http://orange.zero.jp/floyd.boat/movie/hawkeye03-2.htm


『意味がなければサブカルはない
フリークス』
〔2012.05.10 Thursday〕



『映画大陸 : 『フリークス』 - ライブドアブログ - Livedoor』
〔2006年04月28日00:51〕




『フリークス - 遼東の豕』
〔2014-03-30〕




『YouTube - 世界の衝撃映像集
今では絶対作れない不思議な映画「フリークス」』
〔2012年12月10日〕





かなり古い映画作品だが、物語は現代社会と同じように、
健常者と障害者がそれぞれ、仮面芝居で互いにごまかし
合いながら生活を営んでいるところから始まる。
(そういう人たちばかりではないが)

だが、ある日、健常者が酒の勢いで本性を表すと、
障害者も仮面を捨てて本性を表す。

ただし、この映画物語が現代社会と多少事情が異なる
ところは、そこが、多くの障害者

(映画の中では「フリークス」と呼ばれる)

を集めたサーカス団であったことだ。
そこでは、フリークスがマジョリティであり、
健常者がマイノリティだったのである。

フリークスと、その仲間の健常者まで殺害しようと
する健常者がいた。
クレオパトラとヘラクレスである。
その醜悪な本性を表した健常者に報復しようとする
フリークスは、団結して逆襲し、二人を処刑する。
その結末がラストシーンとなるのだが、この意味は
恐ろしい。

クレオパトラの最後の姿は「醜い」とか「化け物」
とかいう意味よりも、人間にとって最も恐ろしいこと
を意味しているのではないだろうか。
それは「絶望」を象徴しているのだと思う。

誰もが虜になってしまう美女から、醜いアヒル女
(フリーク)にされ、その姿を見世物小屋でさらされ、
しかも誰とも話すこともできない。

つまり、フリークスに襲われた時のことも、そして
自分の気持ちを伝えることもできない。
自分のことを、誰にも理解されなくなってしまったのだ。
つまり、彼女は自分がかつて侮辱したフリークスの立場、
そのなかでも最低最悪のフリークにされてしまった。

「その罪深さゆえに心が顕れたので、なってしまった」

と言うべきだろうか。

クレオパトラは、仮にフリークスたちに懺悔したくても、
できない。
誰にも理解されないということは孤独であり、
それでは人間のあるべき姿(外見のことではなくて)
とはいえない。
だから、その姿を見て、誰もが「苦しくて、辛い」
と思うはずだ。

姿だけならば、フリークスだってクレオパトラと、
そうは変わらないはずだ。
実際、四肢がない、イモムシのような姿をしたフリーク
もいた。

だが、クレオパトラとフリークスの最も大きな相違点が、
フリークスは仲間を形成して営んでいた、のに対し、
クレオパトラは孤独だった、という点だ。
どちらが人間らしいかは、言うまでもない。

クレオパトラが、なぜあのような姿になってしまった
のかは、この映画には描かれていない。
(原フィルムには、その残虐なシーンがあったのかも
しれないが)

天罰だということにしたとしても、観る者には

「やり過ぎ」

だと感じるほどのショッキングさがある。

この映画が直ちに上映中止に追い込まれたのも、
そこにあるんじゃないか、と思う。

クレオパトラとヘラクレスが悔い改める可能性を、
フリークスが信じなかったところが、観客側からすれば、
残念に思う。
だから、観客受けするためにつくった映画ではないだろう。
しかし、それがこの映画の発したいメッセージだったの
かもしれない。

ともかく、観る側には

「そこまでしたら、一体、どっちが本当の化け物なのか?」

と思うだろう。


「確かに、クレオパトラは醜悪だな」

と思ったが

「それはフリークスのハンスだって、大して違わないじゃないか」

とも思った。

つまり、この映画は健常者も障害者も同じ人間として、
対等に描写しているように思える。
そのため、障害者を特別な存在として扱っている映画
とは違い、全く自然である。
障害者も健常者も関係ない。

そして、この映画の冒頭と最後のほうに出てくる、
サーカス団ガイド役の

「私たちも、一歩間違えれば、こうなっていたかも
しれない・・・」

というふうな言葉は、この映画を観る者すべてへ
投げかけている、と思う。

障害は決して、特別なものではない。

そして、人間のなかに潜む、神と悪魔も同じだと思う。
人間は、そのどちらにもなれない。
皆で力を合わせて、調和の世界を築くことが大事なのだ。
その調和を壊した元凶が、クレオパトラとヘラクレスなのだ。
だから、ああいうことになった。

このようなことは現実の世界でも、十分起こりえることだ。
障害者にも健常者にとっても、その普遍性は共通して
いるのだ。
この映画は、それを見事に語っていると思う。

そう思ったから、ユダヤ人哲学者マックス・ピカートの

『われわれ自身のなかのヒトラー』


を思い出した。



おそらく、ブラウニング監督は、当時の障害者差別に
ついて、よく知っていたに違いない。
彼は、人間を信じることができなくなるほど、そういう
現実を見てきたのかもしれないが、それでも“祈りの力”
を信じていたのではないだろうか。

物語の最後を、クレオパトラを殺さないで、
あえてあのような姿に変えて残したことが、
それを意味しているのかもしれない。

あのような姿になってしまったクレオパトラにできる
唯一のことは、神への懺悔、そして祈り以外にない。
だからその絶望に突き落とすことこそが、
クレオパトラの心を浄化し、真の希望へと導く
のかもしれない。

人間を外から見ただけでは見えないが、それが、
人間の高貴な内面性だと信じたい。

ブラウニングは彼なりに、フリークスだけでなく、
外見だけで判断されがちな人々の、代弁者の一人
になろうとしていたのかもしれない。
フリークスにも、内面の世界があるはず。


ブラウニングは、なぜこのような映画をつくったのだろうか。
社会からの批判も覚悟した上で、それでもこの映画をつくり、
世に送り出しているのだ。

この一作でブラウニングは、映画界から追放されたという。
それもまた、当時の人々の障害者への見方、差別の状況を
物語っているのだろう。

それにしても、あんなに様々な障害者たちが主役で、
あんなに生き生きと演じている映画、そして、
障害者差別にも正面から描いている映画は、
今もないだろう。

「二度とつくれない映画」だとも言われているのも、
うなずける。
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by bunbun6610 | 2014-11-06 18:30 | 雑談


ある聴覚障害者から見た世界


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