朝礼での、聴覚障害者の語音明瞭度は0%

『朝礼での、聴覚障害者の語音明瞭度は0%』

副題;『健聴者が理解できない「語音明瞭度の不安定性」とは』

『感音性難聴者の語音明瞭度は、純音聴力レベルとは違い、
環境などによって、大きく変化する』



健聴者が感音性難聴者に

「聞こえますか?」

と尋ねることが、よくある。
聴力の程度を確認するためだろう。

しかし

「音声は聞こえるけれども、聞き取れない障害」

であるのに、こんな確認だけで「大丈夫」だと
判断するのは、馬鹿げている。

「どんなときに聞こえないのですか?」

という問いも、馬鹿げている。
もし、本当に聞こえないのならば、
何もわからないのだから。

「どんなときに、聞き取りづらいのですか?」

と聞くのが、正しい聞き方だ、と思う。

もっと言えば

「どんなときに、疎外感を感じるのですか?」

と聞けたら、その人への配慮方法がわかる、
いい情報が得られるかもしれない。
そのときこそ「語音明瞭度が落ちている」からだ。
そういう状況になるのを避けることは、
一つの方法だろう。

その答えの一例は、後述するので、
読んでほしい。
〔語音明瞭度が0%になってしまう例〕は、
決して大げさに書いているのではない。



語音明瞭度検査というのは普通、健聴者は受けたことが
ないと思う。

「感音性難聴障害」というのは、被験者(感音性難聴者)側に
とって深刻に感じるのは

「音声は聞こえるけれども、言葉として正しく聞き取れない」

ということだ。
これは、人間生活で重大な障害となる。

全く聞こえない場合もあるが、聞こえないこと以上に、
やはりこのことが辛くなる。
特に社会生活の中で、一番トラブルになりやすいからだ。
補聴器をしても、それだけでは改善できないことのほうが
多くなる。


語音明瞭度検査というのは、30年前は、下の表のような
単語の聞き取りをテストしていた。


 とけい    てれび    ひこうき    つくえ    ばなな
 えんぴつ   りんご    ぴあの    さかな    うさぎ
 はさみ    めがね    ねずみ    ぼうし    らいおん
 すずめ    からす    でんわ    ぽすと   じどうしゃ


(※1)この方法による検査の詳細は

『感音性難聴障害と語音明瞭度検査(聴覚検査)』
〔2014-03-15 18:30〕


を参照。




幼児レベルの言葉の聞き取りだから、笑ってしまうだろうが、
本当にこんな言葉の聞き取りで、障害認定の検査をやって
いたのである。
こんな簡単な単語を、幼児に言葉を教えるように、
ゆっくりと発音して聞かせるのだ。
当然、こんな試験方法で聞き取れたとしても、
「日常会話に支障ない」とは、とても言えるものではないのだ。
実際の会話は、こんなレベルのやり取りではないのだから、
「馬鹿げている」とさえ思う。

この程度のテストなら、健聴者は全問正解、つまり語音明瞭度
100%が当たり前だろう。
しかし、感音性難聴者の場合は、これでも100%になることは
ない、と思う。

その聴覚障害の特性や、検査の方法によっても、結果は様々と
なっていくだろう。
このデータが、聴覚のハンディを調べる上では、実は重要である
と思う。

もしも補聴器で100%改善できるのであれば、
それはハンディ(障害)と言えるだろうか?
もしそうならば、補聴器は眼鏡と同様になる。
眼鏡をすればいいだけならば、障害ではないのと同様、
補聴器も同じに考えることができる。
だが実際は、そうではない。
補聴器は眼鏡とは比べ物にならぬほど、
改善率が著しく悪い。
純音聴力は大幅に改善できても、
語音明瞭度の改善までは厳しいのである。

にもかかわらず、国の障害者認定基準では、このことが
あまりにも軽視されてしまっている。
そのため、軽・中度の感音性難聴障害を持つ人には
身体障害者手帳が取得できず

「音が聞こえても、言葉として理解できないのを、
障害というのではないか」

という声が続くのである。(※2)


(※2)
『デシベルダウン運動』
〔2013-09-29 19:00〕




だから、就職にも、そして就労後も困るのだ。(※3)


(※3)
『身体障害者手帳のない聴覚障害者(難聴者)は、
どうやって就職するのか?』
〔2013-01-16 18:00〕




皮肉なことに、聴覚障害への理解が広まるにつれて、
彼らの場合は軽く見られ過ぎてしまったり、
最悪は「偽聴覚障害者」の疑いを持たれてしまう。


このことが、就職で大きなハンディになってしまって
いることは、すでにわかっていると思う。

こういう場合は

「聴覚障害者よりも難しい」

と言えるくらいだ。


なぜ、このような悲劇が起こるのかというと、聴覚の検査
では純音聴力検査だけしかやらない病院もあるためだろう。
たとえ語音明瞭度検査をやっても、それは大原則ではない。
下のように、大抵はデシベル値が基準の判定になっている。(※4)


(※4)
『身体障害者福祉法における聴覚障害者の程度等級』




だから、軽・中度難聴や、聴覚過敏だけの人は無理なのである。
聴覚過敏の人も

「聞こえるけれどもわからない」

という点で苦しんでいるのは同じなのに、国の扱いは大きく
違ってしまっているのである。

しかも、この認定基準は、諸外国と比べても、異常に高いそうだ。
そのために、
日本の聴覚障害者の人口比は、北欧国と比べると1/10程度
しかない。


〔参考情報〕

『スウェーデンの聴覚障害者 ―日本との比較を通じて 水野 映子』



こういう現実であるから、多くの軽・中度難聴者や、
聴覚過敏だけの障害の人は、障害者認定を受けられずに
いるのだ。
その数は、今の聴覚障害者の認定を受けている人の何十倍
もいる。



■「タバコ?」 「タマゴ?」

読話は、聴覚障害者が用いるコミュニケーション方法の一つ
である。
読話の世界で「タバコ」と「タマゴ」は、口型が非常に酷似して
いるため、読み取りにくい、ということは有名な話だと思う。(※5)
声が大きくても、速くしゃべる人も多いのだから、困難は一層
多い。


(※5)
『特集/聴覚障害者のコミュニケーション
ろう者コミュニケーションの諸問題』



聞こえない、聞き取れない感音性難聴者も、相手の口型を
必至に見て判別しようとする。
だが、タバコとタマゴは似ているため、どっちなのかわからない
場合がある。
語音明瞭度検査でも、この単語がテスト項目に含まれていたら、
正しく答えられない被験者もいると思う。

「くらい」と「くろい」も、聞き分けられない場合もある。

「れーる」と「ろーる」は、どうだろうか?

私の体験談『「冷蔵庫」と「冷凍庫」』と同じような
トラブルになりやすい。(※6)



(※6)
『感音性難聴障害と語音明瞭度検査(聴覚検査)』
〔2014-03-15 18:30〕




それでも、もしお母さんが

「た《ま》ごをかってきて」

  《 》内は、聞き取りづらい言葉

と言えば、聴覚障害者は「タマゴ」だろうと推測できる。

もしお父さんが

「た《ば》こをかってきて」

と言えば、聴覚障害者は「タバコ」だろうと推測できる。

お父さんが

「タマゴを買って来て」

と言うはずがないからだ。

同様に、お母さんがタバコを吸うのを見たこともないので

「タバコを買ってきてくれない?」

とも言うはずがない、と推測したりする。

このように、聴覚障害者は、耳が不自由であっても、
脳が他の情報(特に視覚情報や、過去の経験など)なども
考慮して、論理的に整合性を導き出すのである。
だからこそ、聴覚障害者は“オウム返しのマジック”(※7)
で確認する癖がある。


(※7)
『聞こえなくてもわかる(通じる) - 健聴者の「身振り」と、
私の「オウム返しのマジック」で』
〔2014-04-12 18:30〕




当然、健聴者の言うような

「聞こえる(聞き取れる)」

のとは違う。(※8)


(※8)
『聴覚障害者がしばしば言う「聞こえません」の意味』
〔2014-03-14 20:30〕




だが健聴者は「聞こえている」と勘違いするのである。

これは、障害を隠す障害者手帳のない難聴者が、会社面接
でもよく使うテクニックだろう。
日常茶飯事的にあることなのだ。

このようなことからも、健聴者が聴覚障害者の語音明瞭度の
レベルを理解するのは、やはり難しいと言っていいだろう。


さて、この語音明瞭度は、聴覚障害の等級と、一応比例すると
考えてもよさそうだが、「難聴」の聴力レベルではない「聴覚過敏」
のような例もあるので、誤解しないように気をつけたいところだ。


学校や会社の朝礼、ミーティングなどで、話し声が聞き取れていた、
という経験のある聴覚障害者は、果たしてどれだけいるだろうか。

日本の聴覚障害の認定基準は、軽度(6級)でも

「両耳の聴力レベルが70デシベル以上
(または、一側耳の聴力レベルが90dB以上、
他側耳の聴力レベルが50dB以上のもの)」


である。
実際には、これぐらいになると補聴器なしだと、言葉までは
全くわからないか、あってもほとんど意味がない場合もある。

理由は、聴覚障害の認定検査で行う語音明瞭度検査のデータが
70%以上だったからといって

「実際の社会生活でも、常ににそのぐらいは聴こえる」

というわけではないからである。
この辺は完全に、健聴者が誤解している。

つまり、障害の認定基準を受けるときの検査方法では70%以上
の語音明瞭度であっても、学校の授業では、ほぼ0%になって
しまう、というようなことが、実際に数多くあるのだ。


繰り返すが、ここが重要だから、よく聞いてほしい。

(1)障害者認定の語音明瞭度検査のような聞き取り方は、
実際の人間生活ではほとんど存在しない。
それなのに、そういう検査方法で検査し、障害の有無を判定
している。


(2)人間の耳にある「音声を聞き分ける機能」は、現在の補聴器
ではマネができない。
補聴器の非万能性、その特性と限界を、医者は知らない。


(3)障害者認定の語音明瞭度検査では、70%や50%以上でも、
学校の授業や、会社の朝礼では0%になってしまうことも、
日常茶飯事的に起こる。
これは決して、大げさに書いているのではない。
語音明瞭度が環境条件などにより、大きく変化してしまうのは、
事実なのだ。
それなのに、あのような医学的な聴力検査などして、70%や
50%の数値が出たからと言って、それが何の役に立つという
のだろうか?



「あのような」というのは、被験者にヘッドフォンをさせて、
検査する声だけを聴かせて聞き取り具合を調べる方法だ。
あんな状況は、実際の人間生活にはほとんどない。
ヘッドフォンをつけさせて聞かせるような配慮をする
ところなんて、どこにもないのだ。

それなのに、そんな方法で調べた数値を基にして判定して、
その人の感音性難聴についての正確な理解ができると
思っているのだろうか。
そのせいで社会の多くの感音性難聴者が、どれだけ迷惑し、
困っているのか、全く理解していない。

聴覚障害者は、実際の生活では補聴器を使う。
その補聴器だって、他の音も一緒に入ってしまう。
騒音だけでなく、昔の補聴器はノイズもひどかった。
そして補聴器には、健聴者の耳のような「聞き分ける機能」
は弱い。
医者は、それを理解していないではないか。


本当ならば、恥ずかしくてインターネットになど流せないが、
これを証明するために、あえて自分のことを告白しよう。

私は中学2年の時、生まれてはじめての学年全体で実施
する学力テストを受けた。
その成績は、苦手だった数学と英語が、それぞれ10~30点、
漢字テストが得意な国語だけは50点取るのがやっとだった。
総合成績の偏差値は37か8だったのである。

担任の先生も、さすがに

「これでは、高校進学は無理だわ」

と言うほどだった。

当時、男子生徒だけで250名ほどいたマンモス中学校だったが、
勿論、順位もビリから数えて2番目くらいだった。

私は、その時になって初めて

「高校進学って、何?」

と思った。

これは「情報障害がある」ということであり、この時の
語音明瞭度が著しく低かったことを証明している、と思う。
当時で、6級相当の聴覚障害があった、と思う。

だから私は、子供の時から、音声から学ぶことは全くの
苦手で、ほとんど視覚情報によってしか、学ぶことが
できなかったようだ。

私がやっと成長し始めたのは、たまたま担任の先生が、
いろいろな本を読ませてくれたり、ヘレン=ケラーにも
似たような、特別指導があったからだ。

そうした愛情を受けて、生まれて初めての成長があった
と思う。
だから私は、ろう者ではないが、手話言語法にも賛成する
のである。
「手話は口話法教育の妨げになる」などと、よく言われるが、
できる子ども、できない子どももいると思うし、要は、
それぞれに合わせた方法、バランスを取ることが大切だと
思う。


以上の話からも、実は音が聴こえるということは勿論大事
なのであるが、語音明瞭度もそれに劣らず大事だということ
が理解できたと思う。

健聴者は「聴こえる」=「聞き取れる」なのだろうが、
聴覚障害者は必ずしもそうではない。
「聴こえる」=「聞き取れる」状況もあるし、
「聴こえる」≠「聞き取れる」状況もあるし、
「聴こえない」状況もある。

その語音明瞭度というのは、聴覚障害者をとりまく環境条件
によっても、大きく変わってくるのである。
それをコントロールすることは、まだ非常に難しい。

今でも、会社の毎朝の朝礼では、私の語音明瞭度は、
ほぼ0%なのである。
この意味すらも、健聴者は理解できないだろう。

したがって、私にとっても、また会社にとっても、
情報保障のない朝礼など無意味な時間、行為でしかない。
そうした“間接差別”に、何十年も、死ぬまで我慢し
続けなければならないのが、聴覚障害者の苦しみなのである。

健聴者が健聴者のままで、このような体験を試みてみよう
としても、それはできない。
疑似体験も所詮、本物の聴覚障害者体験とは比べものに
ならない。


それでは最後に、聴覚障害者は、学校ではどうしていたのか。
そして、会社の朝礼ではどうしているのか。

学校では、教科書を机の上に立てて、その裏で漫画ばかり
描いていた。
家から持ってきた漫画本を読んでいたこともあった。
授業中に腹が減って我慢できなくなり、弁当を食っていた
こともある。
食欲ばかり旺盛になるのは、聴覚障害に由来する、
ストレスが原因なのである。
真面目そうにしていたが、実際は不良だった。

周囲の人は

「勉強しないから、頭が悪いんだ」

と思っていただろう。
しかし、私に言わせれば

「聞こえない授業なんか面白くないから、漫画を描いていた」

のである。

会社の朝礼でも、実質的に大差ない。
立たされたまま、真面目に聞いているフリをしている。
しかし、頭の中では

「ブログの今度の記事は何にしようか」

と考えながら、記事の下書きを頭の中で進めているのである。
真面目に聞こうとしてもわからないし、そんな無駄な努力を
していたら、頭がおかしくなってしまうからだ。

後になって、これも“差別”だと知った時は、怒りの感情が
抑えられなくなった。
このブログが暴走するのは、それが原因である。


最後に、健聴者、特に国と医者に対して言わせてもらおう。

純音聴力検査だけで聴覚障害の有無を決めるのはおかしい。
語音明瞭度を軽く見ないでほしい。
今の検査方法では、感音性難聴障害を20%程度しか、
理解できはしないだろう。

口話法教育に傾倒するろう学校教師も、これは読むに値する
記事だろう。
今からでも、持論の間違いを反省したほうがいい。
でなければ、その教師は教育者として、恥だから。

それとも、私は“落ちこぼれ聴覚障害者”なのだろうか。
でも“落ちこぼれ聴覚障害者”にならないほうが、
むしろ普通ではないと思うが。
(「スーパーエリートだ」と褒めて書くべきか)





〔語音明瞭度が0%になってしまう例〕 朝礼

『会社の朝礼でさせられる「聞いているフリ」の辛さ』
〔2011-09-18 01:58〕




〔語音明瞭度が0%になってしまう例〕 飲み会

『聴覚障害者情報保障の問題点 -会社の 忘年会で』
〔2014-01-05 21:15〕





〔語音明瞭度が0%になってしまう例〕 ミーティング

『聴覚障害者差別の原因は、健聴者の人格的欠陥にある』
〔2014-03-31 19:00〕




『ろう者の「聞こえるフリ」と「わかりました」と言う癖』
〔2012-09-14 18:30〕





語音明瞭度が著しく低下するとき、聴覚障害者が
どんな気分になるのか知りたければ、

『健聴者が感音性難聴障害を、音声認識ソフトで
疑似体験する』
〔2012-01-15 23:08〕



を読むとよいだろう。

敢(あ)えて、例えてみれば「ディスレクシア」みたいなもの
だと思う。
音声認識ソフト「ドラゴンスピーチ」のほうが、私の耳よりも
はるかに、語音明瞭度が高いだろう。
それでもきっと、真面目に読む(聞く)のが、バカバカしくなる
だろう。

『ディスレクシアと感音性難聴障害の共通点』
〔2012-01-09 21:21〕





〔参考資料〕

『聴覚障害者が働く職場でのコミュニケーションの問題』
〔水野映子氏〕



聴覚障害者の語音明瞭度が特に下がりやすい状況と
いうのは、例えば

「図表2 職場におけるコミュニケーションの形態の模式図」

を参照するとよい。
この図の「一対一」には聴覚障害者は比較的強いが、
「講義型」「議論型」には、特に弱い(語音明瞭度が大きく
下がる)。
また「傍聴型」も弱い。
こういう場でも全員が筆談する、というのは実際に無理なので、
手話や要約筆記通訳を用意したほうがいい状況だと言える。




【追記】(7月28日)

感音性難聴者の障害をわかりやすく
説明している記事がみつかったので、紹介する。

こちらの方のほうが、簡単で理解しやすいと思う。

「語音明瞭度」という言葉も、検査のときにしか
使わない専門用語で、なじみがないので。


『聴覚障害者の聞こえの可視化』
〔2011-07-16 12:38:39〕




『音が歪む障害』
〔2014年04月25日(金)〕






朝礼の時の状況というのは、その時により様々なので
あるから、聞こえの状況も当然に変わる。
聴覚障害の検査でやる方法は、最高数値を求めており、
しかも異常に高い基準で計るという、馬鹿げた方法なの
である。

実際生活では、例えば職場の朝礼では、話し手との距離
が、たまたま1メートルしかない場合もあれば、3メートル、
5メートルぐらい離れてしまう場合もある。

しかし、どのようになっても、私は朝礼の話がほとんど聞き
取れず、内容がさっぱりわからないのである。

両耳の補聴器のボリュームを、うるさくなるまで大きくしても、
何を言っているのか全然わからない(聞き取れない)。

これを聞いたら、健聴者は間違いなく

「おかしいじゃない!」

と思うだろう。

そりゃ、そうだ。
彼らは皆

「難聴でも補聴器をすれば、聞こえるようになる
(聞き取ることもできるようになる)」

と思い込んでいるのだから。
要するに、感音性難聴障害なんて、その程度だと
思っているのだ。

純音聴力と、語音明瞭度は別だということを理解
していないのが、大きな原因だろう。
つまり、これは感音性難聴者の耳がおかしいの
ではなく、健聴者の頭がおかしいのである。
あるいは

「デシベル値(dB)と語音明瞭度(%)は、正比例する」

と思い込んでいるから、いつまでたっても感音性
難聴者を冷たい眼差しで見るのだろう。


また、語音明瞭度は、相手によっても変わる。
同じ相手でも、その話し方がちょっとでも変わって
しまえば、聞こえの具合も変わってしまう。
要するに、あまりに融通の利かないカメラ・レンズ
のようなものだろう。
その人の声質とか、話し方によっても、聞こえ方は
大きく変わってしまうのだ。

だから、同じ人がしゃべっていても、私に話す時と、
その人が別の人と話している時とでは、全然違って
聞こえたりすることは、珍しくないのだ。

話し手はいつのまにか、相手によって話し方を変え
たり、聴覚障害者だからといって口型をハッキリ
見せたりするから、聴覚障害者の理解度も変わって
くるのである。

こうなるともう、語音明瞭度だけの話ではなくなって
しまうが、その複雑な世界が、感音性難聴者の世界
なのだ。
彼らは、その世界で懸命に生きていこうとしている。

だが、ろう者は違うだろう。
ろう者は、補聴器で聞こえるにしろ、聞こえないにしろ、
どっちにしろ、その曖昧な世界を捨てている、と思う。
彼らの世界は“ろう文化社会”なのだから。
[PR]
by bunbun6610 | 2014-07-26 18:30 | 聴覚障害


ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

カテゴリ

全体
はじめての方へ
街風景
自然風景
祭典
動物
食べ物
食べ物(ラーメン)
食べ物(カレー)
sweet
製菓の話
お酒
観光(北海道)
観光(関東)
観光(四国)
観光(中国)
観光(九州)


薔薇
紫陽花
聴覚障害
聴覚障害者心理
ろう者世界
難聴・中途失聴
難聴の記憶
手話
コミュニケーション能力
手話言語法
補聴器、福祉機器等
情報保障・通訳
情報保障・通訳(就労)
情報保障(テレビ字幕)
国連・障害者権利条約
社会
人権、差別
障害者問題・差別
原発問題
六本木ヒルズ回転ドア事故
バリア&バリアフリー
医療バリア&バリアフリー
障害者の経済学
運転免許制度への疑問
哀れみはいらない
だいじょうぶ3組
NHK大河ドラマ『花燃ゆ』
就職活動・離職
就労前の聴覚障害者問題A
就労後の聴覚障害者問題B
C.クレジットカード会社
D.伊レストラン
E.大手カー・ディーラー
F.最大手パチンコ店
G.順天堂
就労後の聴覚障害者問題H
M.大手ディベロッパー
R.五つ星ホテル
Z1.クレジットカード会社
職場の回想録
ブラック企業と障害者雇用
聴覚障害者版サムハル
Eテレ『バリバラ』
生活保護を考える
年金・無年金障害者の問題
人気記事(再掲)
雑談
未分類

以前の記事

2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 10月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月

フォロー中のブログ

おばば奇譚
ボーダーコリー モリーが行く!
但馬・写真日和
九州ロマンチック街道
東京雑派  TOKYO ...
大目に見てよ
Photo Galler...
おっちゃんの気まぐれ絵日記
松浦貴広のねんきんブログ
qoo's life
poiyoの野鳥を探しに

検索

タグ

(437)
(219)
(97)
(58)
(53)
(52)
(40)
(31)
(13)
(7)
(6)
(5)
(4)
(2)
(1)

ブログパーツ