聴覚障害者についての誤解と、手話言語法

「聴覚障害者は手話ができる」

「手話は、聴覚障害者の大切な言語」

という誤解について。



ろう者(Deaf)団体による、手話言語法制定に向けた
“ろう運動”が最高潮に達しているようだ。
東京でも今月から“手話言語法推進行動月間”
としたそうだ。


一つ、注意したいことがある。

マジョリティ側の健聴者(健常者、聴覚以外の障害者)は
「聴覚障害者」と言うと、「ろう者(Deaf)」のことだと
思い込んでいる人が結構いる。
そして、聴覚障害者の第一言語が手話だと思い込んで
いる人も、案外いる。
「聴覚障害者は、声が普通じゃない」と思い込んでいる
健聴者も、結構いる。
これはどうも、地域の手話講習会の、誤った指導の影響も、
少なくないようだ。


佐村河内氏事件でもわかるように、

「聴覚に障害がある人
(Deafとdeafの人がいる)

=手話を使う人
(Deafにもdeafにも、健聴者にもいる)

=だから、ろう者
(日本手話はDeafの人に、主に使われる)」

だ、と誤解してしまった健聴者もいることと思う。

Deafとdeafの文字の違いに、注目してほしい。
これには、意味がある。(※1)



(※1)詳細は

『「ろう文化」案内』
キャロル・パッデン 、トム・ハンフリーズ (共著)、
森 壮也 、 森 亜美(訳者)


参照。



「あれだけきれいに声が出せる難聴者や中途失聴者も、
手話を使うの?」

というケースも、あることはあるが、一般的に言えば、
下手をすると聴覚障害者の現状についての誤解に
つながりかねない現象だと思った。
結論を言うと、

「日本のように難聴者も手話を使うというのは、
世界的にも珍しい」

という。
それほど、難聴者の手話人口は、世界的にも少ないのだ。



難聴ママのきまぐれ日記
『聴覚障害者は手話ができる?!』
〔2014年04月29日(火)〕





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難聴者も、手話を覚えようと一所懸命勉強するけれども、
挫折してしまう人は多い。
それに、難聴者の手話は、ろう者の手話とは違う。

ろう者ではないのに手話が出来る聴覚障害者もいるが、
手話通訳士さんの話によると、それはかなり珍しい
ケースなのだそうだ。


実は、聴覚障害者のなかでも、手話ができる人というのは、
ほんの一握りだ。
聴覚に障害がある人の数は、推定で600~2000万人
いるそうだ。
(厳密には、補聴器メーカーによる、潜在的補聴器ユーザー
数の試算値だそうだ)

しかし、そのなかで「聴覚障害」の身体障害者手帳の交付を
受けられている人の数は、約36万人(現在)だという。
そのなかで「手話を日常的に使用している」人の数というのは、
わずか数万人しかいないそうだ。
それが、手話言語法が指している“ろう者”の実数なのだろう。
いや、もっと少ないかもしれない。
「手話を使う聴覚障害者(deaf)=ろう者(Deaf)」ではない
からだ。
それにろう者(deaf)だからといって、手話が使えるわけでは
ないのだ。
ろう者社会が認める「ろう者(Deaf)」と、単に医学的聾で
あるに過ぎない「ろう者(deaf)」は、違うのだ。


古いデータではあるが、下の情報が参考になる。

『身体障害者・児実態調査結果の概要』


>「聴覚障害者で「手話ができる」と答えた者は
43,000人(14.1%)である。」



だから、統計的に見れば、ほとんどの聴覚障害者は、
実は手話ができない、ということになる。


「なぜ、手話ができる聴覚障害者の数は少ないのか?」

ということだが、大きな原因は

「ろう学校が手話を禁止しているから」

ではない。
やはり上のデータが示しているように、ろう者とは異なった、
後天性の聴覚障害者の数のほうが、圧倒的に多いから
なのである。



ところで、手話言語法というのは、一体どういう法制度なのか?

それについては、下記のウェブサイトが詳しい。

『手話言語法制定に向けて』



「ろう者」とか「手話」(あるいは「日本手話」)とか、
健聴者にはよくわからない言葉も多いが、
それは下記のウェブサイトをご覧になると、
当事者視点で述べていることがわかると思う。


手話の学校;『明晴学園』




疑問点もある。

聴覚障害児教育は、「ろう児教育」と「難聴児教育」に
分離するのだろうか。
どの学校に行かせるかも、結局は子どもの権利というより、
やはり保護者の希望、判断によって選択される可能性が
高いと思う。
ろう児の90%は、健聴者の親から生まれる、といわれている。
ろう学校が廃校寸前にまでなった今でも、
子どもがろう児だからといって、ろう学校に行かせるだろうか。

昔は、ろう児教育といえば、現在の特別支援学校(聴覚障害)
である、ろう学校のことだ。
一方、難聴児教育は普通学校のなかにある難聴学級だ。
重度聴覚障害児を放置する親は、子どもをろう学校へ投げ出し、
反対に教育熱心な親はインクルーシヴ教育などを選んでいた。
そのどちらかの環境で育った聴覚障害児が多かったのだ。
それぞれ、目指すべき教育成果が異なるので、
教育プログラムも全く違ってくる。
そこで、子どもの人格形成も変わってくる。
だから、インクルーシヴ教育を希望する親もいる。

音声言語の教育(聴能訓練)と手話教育も相反する。

一体、どちらが子どもの成長、将来にとってプラスになるのかと、
親は考え続けるであろう。
一体、どうなるのか。

ヘレン=ケラーのような例は稀ではあるけれども、
参考になるだろう。


それと、他にもたくさんの誤解が出てきそうだ。
近年は、声を出せる若いろう者が増えている。
筆談も、かなりできる人が増えている。


「声で日本語をしゃべっているのに、ろう者なの?
彼らは日本語と手話の、一体どっちが第一言語なの?」

「おまえがろう者だって? ウソつくなよ。
ろう者って、しゃべれないんじゃなかったの?」
(「偽ろう者疑惑」 佐村河内氏の逆バージョンになることだって、
あるのか?)

「せっかくしゃべれるようにしたのに、
なぜ手話に逆戻りさせるのか?」
(教育批判)

「ろう者と、今の若いろう者の手話は全く違うけど、
あれもみんな、同じ手話だというの?」
(手話論争)

「手話言語法って、本当に必要なの?
それを学校でやるっていうことは、
中身も分離教育にするっていうことじゃないの?」

「分離教育の後、社会に出て働くようになったら、
いろいろと摩擦が起きないの?
ろう者の職場放棄だって、多いではないか」

「ろう学校が、ろう文化の巣屈になったりしないだろうか?」

「将来、会社で働くときに、手話でどうするつもりなの?
ろう文化で、健聴者社会に入った後、摩擦が起きないの?」

「手話通訳をつけることが義務化するのなら、
最初からろう者を雇わなければいいのではないか?
だったら代わりに、難聴者を雇えばいい」(※2)

(※2)『聴覚障害者が障害者雇用に応募できなかった例 - T社の場合』
〔2014-01-21 18:30〕



『聴覚障害者の権利保護 「手話は言語」認知 法で』
〔2013年11月19日 読売新聞〕




「(手話が広まる社会になればいいが)
手話が出来ない聴覚障害者は、(その中では)一層、
孤立化してしまう。
手話だけへの配慮では聴覚障害者全体への福祉に
なるとは言えない。
かえって、言語的差別にもつながりかねない」


健聴者のなかからは、そんな声、あんな声が、
あちこちから聞こえてきそうだ。
社会が無知・無理解なまま法制度化しても、
逆に誤解や批判が一層強まったりしないだろうか。



〔関連情報〕


鳥取県手話言語条例


石狩市手話基本条例




〔関連記事〕


『手話言語法って、何? (1)』
〔2012-01-16 21:06〕




『手話言語法って、何? (2)』
〔2012-01-16 21:27〕




『手話言語法って、何? (3)』
〔2012-01-16 21:46〕




『米国社会から見た手話』
〔2014-05-31 18:30〕



『難聴児を持つ親の意見から』
〔2011-07-14 22:50〕







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http://www.chunichi.co.jp/article/living/life/CK2014021302000001.html


「手話は言語」を法律に
 自治体では条例成立


【中日新聞】〔2014年2月13日〕

「手話言語法」の実現を願う声が高まっている。
手話や聴覚障害者らのことを知ってもらい、法律の必要性を訴え、
支援を広げるためのイベント(全日本ろうあ連盟など主催)が二月
初め、大阪市内で開かれた。

「手話は言語」と定めた条例をつくる自治体が昨秋、初めて誕生。
法制定を国に求める意見書が自治体で続々と採択され始めても
いる。

 国内には約三十万人の聴覚言語障害の人がいる。
話し手の唇の動きを読み取る口話法が支持された時代もあった。
手話の歴史は平たんだったとは言えない。
 「『手まね』なんてみっともない」-。
そんなふうに、生活のさまざまな場面で手話への偏見は続いて
きた。
鳥取県議会で全国初の手話言語条例が成立したのは昨年十月
だった。
 「ろうあ者は勇気づけられた」と、自らも耳が不自由な筑波技術
大准教授(言語学)の大杉豊さん(51)は条例を評価した。

 今回のイベントには、聴覚障害者や手話を学ぶグループ、地元
の市会議員ら約八百七十人が参加し、その意義や広め方につい
て理解を深めた。
大杉さんも「手話を使う権利」をテーマにした手話劇に出演。
三人とも耳の不自由な娘と両親の家族の物語を通して、手話は

「人として、ごくふつうの言語、言葉」

ということを聴衆に訴えかけた。

      ◇
 大杉さんは東京都中野区の出身。
生まれつき耳が聞こえず、苦労した。
知人の紹介もあって名古屋の専門学校で手話指導の教員をした
後、米国へ留学し、あらためて手話や言語学を学び直した。

 大杉さんによると、世界には少なくとも百三十六カ国語の手話
がある。

国際会議などでは、共通語となっている国際手話か、米国手話
と開催国の手話が公式言語として使われる。
手話が日本語や英語などの音声言語、すなわち言語そのものと
いえることは、これだけでも明らかだ。

 個別法や、さらには憲法で、手話を「言語」と明確に定めている
国も決して珍しくない=表。

      ◇
 手話言語条例は鳥取県のほかに、北海道石狩市で成立。
三重県松阪市なども今年施行の予定だ。
法制定を求める意見書を採択したのは富山や鳥取、熊本各県や
東京都豊島区、石川県内の各市町など数多い。

 だが国の段階では、二〇一一年に改正した障害者基本法の
中に「言語(手話を含む)」との表現が盛り込まれたが、十分とは
いえない。

〇六年に国連で採択された障害者権利条約には、今年やっと
批准した。
手話通訳者も足りない状態が慢性化している。
 米国留学の成果を

「手話はかけがえのない言葉だと、より深く実感できたこと」

と大杉さんは言う。

 手話に限らず、点字やほかの障害者の問題も広く考えたい。
立法化を求める聴覚障害者らも法の整備で事足りるとしては
いない。

 法律も大切だが、それ以上に障害を個人の責任に押しつけず、
暮らしにくい“壁”を取り払い共に支え合う社会をこそ願っている。

 (論説室・金田秀樹)



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>「国内には約三十万人の聴覚言語障害の人がいる。」

中日新聞の、この説明も、実は大きな誤りなのである。
とんでもない誤解になってしまう。
「聴覚障害」と「聴覚言語障害」とは、健聴者の間で
勝手に混同されてしまいがちだが、実は違う。

さらに、手話言語法は「ろう者」を主な対象とした法律だと
されているのに、中日新聞では「聴覚障害者」という言葉
に置き換えられている。
これも、誤解を生みやすくするのではないだろうか。

下手をすると

「手話が出来ない聴覚障害者は“偽聴覚障害者”」

だと思われかねない。
手話が出来ない難聴者や中途失聴者は、
また佐村河内氏事件で遭ったような目に遭うのだろうか。


健聴者の世界では

「聴覚障害者=ろう者」

という意味なのだろうか?

では、難聴者は?
中途失聴者は何なのだろうか?

健聴者の皆さんも、聴覚障害者のことを正しく理解した
かったら、勉強してほしい。
それが自分の“情報リテラシー”につながる。


『「聴覚障害者」の定義に関する共同声明(1989年)』
〔2011-03-31 23:19〕

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by bunbun6610 | 2014-06-22 18:30 | 手話言語法

ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610