『美味しんぼ』騒動で思ったこと

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  国がつくった“偽りの絆”

やっと『美味しんぼ』騒動が鎮静化したようだ。

最後は、作者、編集部が折れるという形になった感じがするが、
それではやっぱり、政府や福島県への不信感は消えない。

6月2日号(5月19日発売)の『ビッグコミックスピリッツ』の
<『美味しんぼ』福島の真実編に寄せられたご批判とご意見>


を読んでも

「やっぱり、我々に隠している情報はあったんだな・・・」

と思った。

隠すつもりはなくとも、こういうマイナス材料を報道すれば、
批判を受けかねない。
それでは怖がって、誰もそういうことは伝えようとしなくなる
ものだ。

それを考えると、ビッグコミックスピリッツの行動は、驚きとも
勇気とも受け取れる。

だが結局はやはり「マジョリティ」と「マイノリティ」の力関係で、
マイノリティ側の主張が潰されていく、という構図が浮かび
上がったのだ。

こういう類は、いつの時代でもあったことだ。
同じことが、障害者問題でも言えているのだ。
だから、障害者である私には、マイノリティ側の主張の大変さ、
そして苦しみが、痛いほどわかるのだ。


電車の中で、話題になっているビッグコミックスピリッツを
読んでいた。
すると、隣に坐っていたサラリーマンも、気になるように
チラッと見た。


私;「『美味しんぼ』問題って、知っていますか?」

相手;「●×▲■★・・・」(「え? あ、はい」)

私;「やっぱり、少数派の人の声なんか、聞いてくれないですよね。
「風評被害を招く・・・」と言っていた人たちは、それをつぶそうと
しているのではないかな?
そうだとしたら、僕は福島に幻滅する。
もしあなたが、何か自分の意見を言っても、誰も同じ意見を言う
人がいなければ、他の人には相手にされないですよね。
それでも言っていたら、嫌われるんじゃないか、とか思ってしまい、
言えなくなるでしょう。
特に、そういう国が日本。
だから、私もそうなんですよ。
あなたにはわかりますか?
私が“耳の聞こえない人”だということを」

相手;「●×▲■★・・・」
(最初は自然にうなづいて、そして急に驚く「はい・・・。えっ?!」)

私;「やはり、見た目だけではわからないでしょう。
ガマンしている難聴者や聴覚障害者だって、実はいっぱいるんですよ。」


国は、障害者を隠しているのだ。
異常に高い認定基準にして、障害者の数までもごまかして。
単に見えない障害というだけでなくて、“隠される障害者”でもある
現実なのだ。

私も昔

「その程度なら、障害者じゃないよ。
だから、あなたは軽いほうなんだよ。
大丈夫だって」

と言われて、そのまま引きずられていく人生だった。
でもそれが、彼らの都合が悪い時には、
佐村河内氏謝罪会見のような

「聞こえているじゃないか!」

と誤解を受ける問題にもなった。
その心に、聞く耳を持たない健聴者だから

「彼らは耳があっても、聞くことができない」

のだ。
ゆえに、聴覚障害者の間では逆に、こうした健聴者が名指し
されて、嘲笑の的になるのである。
しかし、聴覚障害者は手話でしゃべるから、そのことは健聴者
は全く知ることがない。
手話通訳者の悪口なんかも、手話で広がるから、
健聴者の世界には、わかりはしないのだ。

差別は、逆差別を生むのである。

『美味しんぼ』騒動の火消しも結局、根本的な解決にはなって
いない。
政府や、福島県や、批判派のやっていることというのは、
結局は“元気で健康で、復興力のある、経済力がある人”だけ
が言っているに過ぎないのではないだろうか。
その裏では、弱者が切り捨てられていっていると思う。

マイノリティは、弱者になりやすく、されやすい。
そうした弱者の声には、ちゃんと耳を傾けたのだろうか。

今の福島への取り組みを見ると、それは『福島の経済的再生』と
見える。
それは言い換えると『福島の経済的自立』『国のお荷物からの自立』だ。
障害者雇用促進法と同じなのだ。
このシステムで障害者のなかから、強者と弱者にふるい分け、
使えるものは使い、使えないものは切り捨てていく。
どんどんそうやっていく。

福島も、それと同じだ。
まさに、福島の被害者を強者と弱者とに分けようとしている。
そして、いずれ、弱者を切り捨てていく”格差”が顕れるであろう。

その観点からも、邪魔となる『美味しんぼ』のような記事を

「風評被害を招く・・・」

などと、一見もっともらしい理由をつけて攻撃し、排除しようとした
行動に他ならない、と思う。
やっぱり政府、地方行政の対応には、がっかりする。

無論、福島の再生のためには、まず経済力が必要だということは、
私にもわかるのだが、経済的再生と人間的再生はイコールになる
とは限らない。
むしろ、反対の結末になっている場合のほうが多いではないか。
障害者ならわかる。
だからそれを、健常者も障害者問題を見て、考えてみてほしい。


順序としては、まず経済の再生から、というのは、決してまずくは
ないが、それだけで進めるのは、やはり、事故の風化を招くだろう。
風評被害よりも、こっちのほうが怖くないだろうか。


今回の『美味しんぼ』騒動を見つめてきて、国や福島県、その人々
にも、私は非常に幻滅した、というのが正直な感想である。

でも、この騒動を引き起こすきっかけとなった『美味しんぼ』や、
ビッグコミックスピリッツさんが、勇気ある行動をとらなかったら、
少数派の意見は、私たちにまで知られることはなかった、と思う。
そういう意味では“真実”だ。

真実は私たちに、本当の理性を与えてくれる。
本当の理性とは何か、考えてほしい。

漫画だけでは確かに、偏った見方になることは否めないが、
人間のすることにはどんなことであれ、それぞれに限界性がある
のは当たり前なのである。
勇気がなかったら、誰も主張できなくなってしまうし、今回のような
批判派の形で

「・・・してほしくない」


「・・・しないでほしい」

という主張は「それはやめてくれ」と言うのと同じで、言論の封殺
にもなりかねないし、また、それだけでは揺るがざる根拠には
ならない。

鼻血のことも言えないのなら、下手をすると、とんでもないことに
なる可能性だって、否定できないと思う。
いろんな可能性はあると思う。
それは“風評被害”とは言わないだろう。
放射能の影響か否かは、まだ誰も断定できない段階なのだから。

実際に健康被害を受けているのだから、むしろ、もっと調査し、
どうすべきかを議論すべき問題なのだ。
国や福島県、そして福島の人々にも、このことは理解してもらえたら、
と思う。

10年前の六本木ヒルズ回転ドア事故だって、少数と言われた
軽微な事故例をほとんど無視してきた。
そして、死亡事故が起きたのだ。
その愚かさを忘れるな。

福島の原発事故の問題は、日本の安全問題として考える必要が
あるし、それならば福島の人々だけであれこれ言うだけでは、
十分ではないと思う。
科学者や医者の側から実証論的に検証されるまで何もしない、
仮説を議論することすらも

「風評被害を招くからやめろ」

「漫画とはいえ行き過ぎ」

と言うほうが変だ。



そして、情報を受ける側のリテラシーの問題は大きい。
この騒動は発信者だけでなく、受け手にだって、責任がある
と思う。

今回の騒動を見て、情報リテラシーの大切さ、そしてそれが
欠如した人々や社会が、いかに愚かで、おそろしいかが、
よく分かった。
それなのに『美味しんぼ』批判だけで終わらせようとするの
ならば、それは「甘い」「ムシがよすぎる」といわねばならない。

“無責任な国家”というのは、そうした状態から生まれる。
典型的なのが、セウォル号沈没事故で知られた韓国では
ないだろうか。

私だって、福島の食べ物は買わないし、観光にも行かないほう
がいい、と思っている。
それは、私も『美味しんぼ』などで知って、今までの風評の影響
を受けて、そういう判断に至ったからなのかというと、それは違う。

私が自分の情報リテラシーを最大に働かせた要因は、そうした
情報よりも、国や福島県が発している情報に対して、だった。
それらに対しての不信感がある、ということである。
現状を見れば、当然だ。
だから、福島や美味しんぼの作者、編集部がどんなに謝罪したって、
不信感があることは変わらない。
おそらく、ずっと変わらない。
なぜなら、

「放射能のことは、こうならば絶対に安全、ということすら、
科学的に証明し得る事実は明らかになっていない」

からである。
これは、風評被害とは全く別モノだ。
その原発を、国民へのエネルギー施策として推進してきたのは、
国や、原発マネーにそそのかされた福島だったのだから。
原発マネーでいい思いをして死んでいった人たちが、もし生き
返ったなら、さぞびっくりすることだろう。
我々の世代は今、その責任をとらなければならないのだ。
その行動をすべきときが、今なのだ。

「いつやるの? 今でしょ!」

という流行語があったが、それこそ、この問題なのだ。
だから、小泉元首相のやっていることにも賛成だ。

福島だけの問題ではない。
人類が、この問題にもっと真剣に考えよ。

わからないことに対して、あんな無謀な原発推進施策で突っ込
めるだろうか。
国はまた、国民の一部を“カミカゼ特攻隊”にする気か。
それがこの国の美徳だからか?

今回の『美味しんぼ』騒動にしても、一人の漫画家の責任に
するのも、いい加減にしろ。
そんなことでは、少数派の人は誰も自分のことを口にすることが
できなくなるではないか。
国も福島県も、結局はああやって、福島にも格差をつくり、
“福島の元気な人だけ”のための復興でもさせようとしている
のではないだろうか。
今回の騒動を見て、そう感じた。
だから、私は福島の復興事業にも幻滅したのだ。
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by bunbun6610 | 2014-05-25 18:00 | 原発問題

ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610