『こころの段差にスロープを』(松兼功/著)(9/13)一人前の障害者

『こころの段差にスロープを』
(松兼功/著 日本経済新聞社/発行所
1997年10月7日/初版発行)



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「『一人前の障害者』
大手企業の工業デザイナーとして活躍する友人は、身体の成長とともに
軟骨が摩擦してもろくなったり、けずれていく珍しい病気をもって生まれて
きた。
そのため、身長は小学校高学年程度で止まり、足や手の関節にも変形
した部分が見られる。
幼かった時分には治療方法を求め、両親に連れられていくつもの病院を
転々とした。
でも、彼自身は20代半ばまで

「自分が障害者だと思ったことは一度もなかったし、周りからそう見られる
ことがいちばん嫌いだった」

とのこと。
実際、学生時代も就職後も自分が健康な仲間たちと何ら変わりないように、
無我夢中で振る舞ってきたそうだ。

たとえば、会社のある大阪から出張で月2、3回東京まで行き来していたころ、
駅の階段を上り下りすると、足に過度の負担がかかるので、毎回、自家用車
を一人で運転して片道8時間以上かかる夜の高速道路を飛ばした。
会社にはそれを悟られまいとして、「新幹線を使っている」と言い続けていた
という。
強く生きようとするあまり、現実の障害を自身の一部として受けいれようと
しなかったのだろう。
その当時、障害をもつ人たちとの関わりも意識的に避けていた。

「車イスに座ったり、杖をついている人を目の前にすると、普段は忘れようと
している僕自身の障害を突き付けられるようでとても嫌だったんです」

が、27歳の時に転機が訪れた。
クライアントの大規模な展示会をチーフでプロデュースしていた彼は、
3、4日徹夜同然で現場に詰めた。
その間中、ずっと立ち通しだったため、膝にたまった水が化膿して歩けなく
なってしまったのだ。

「あの時、初めて自分がほかの人とは違うっていうことに気づいて、
このまま無理な生き方をしていたらダメだと思いました」

と、振り返る彼。

そう思いはじめると、もっと障害をもつ仲間たちと付き合ってみたいという
気持ちも自然に湧き、福祉施設や作業所に足しげく通うようになった。
その中で自分より重度の障害がありながら、生き生きと暮らしている人たち
の姿を目の当たりにして、

「彼らを見ていて、僕も“一人前の障害者”にならなきゃアカンと心に決めた
んです」

誰でも年とともに、何らかの障害をもつようになる。
それを嫌悪するのではなく、人間らしいものとして受けとめる心に、本物の
豊かさが宿るはずだ。

彼は最近、公園などへ遠出する際、アメリカ製のファッショナブルな車イスに
乗るようになった。
車イスのうしろにはたいてい、障害をもつ人たちの作業所に勤務する奥さんが、
ニコニコほほ笑みながら介助役として立っている。
彼にとって、それはきっと人生をより自然に、より楽しくデザインしなおした
シンボルなのだろう。」(P163~165)

「クヨクヨ悩んでいるより、とにかくまずは解決のための人間関係づくりだよ」
(P172)



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「成長の証」- ファッショナブルな補聴器を装用する
聴覚障害者との共通点

聴覚障害者も、ろう者は両耳に耳掛け型補聴器をつけて、
堂々と街を歩いているが、難聴者はわざと長髪にして、
補聴器が見えてしまわないようにする人がよくいる。
障害を隠さない障害者と、隠す障害者との違いだ。
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by bunbun6610 | 2014-06-09 18:30 | バリア&バリアフリー

ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610