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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

『こころの段差にスロープを』(松兼功/著)(6/13)レーナ・マリア・ヨハンソンさん

『こころの段差にスロープを』
(松兼功/著 日本経済新聞社/発行所
1997年10月7日/初版発行)




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「ある月刊誌の取材で、国際福祉機器展の記念コンサートのため来日した
レーナ・マリア・ヨハンソンさんにインタビューした。
彼女は1968年、スウェーデン中南部のハーボという小さな村に生まれた。
出産時から両腕がなく、左足も右足の半分の長さしかなかった。
が、ご両親は彼女を障害児としてではなく、一人の娘として育て、あらゆる
可能性に挑戦する機会を作った。

三歳の時に始めた水泳の腕を磨き、1988年、ソウルで開かれたパラリン
ピックに参加。
そんな彼女の存在はスウェーデン中に知れわたった。
18歳の時には、ストックホルムのアパートで独り暮らしをしながら音楽大学
に通い始め、卒業後、神の御心を伝えるべくプロのゴスペルシンガーとして
の道を歩み出した。

60年代前半、レーナさんと同じように障害をもった子供たちが世界各地で
生まれ、薬害として大きな問題になっていた。
しかし彼女のお母さんは、原因となったサリドマイド剤は服用していなかった。

これまで何度かレーナさんの仕事や生活の様子を、マスコミを通して見聞き
する機会があった。
その中で、

「自分が障害をもっていることを、毎日の生活で意識したことが一度もない」

といった彼女の言葉がよく流されていた。
が、時たま弱音をはくことはあっても、進んでハンディの厄介さと向き合うこと
で、人間として生き生きできると考える私は、マスコミを通過した、
「障害を克服した」風のメッセージを聞くたび、「ほんとかなー」と首をかしげて
いた。

というわけで今回、意地悪な想いをこめて、彼女の人生の中で障害がどんな
意味をもっているのか、質問を繰り返してみた。
そのたび判を押したように彼女の口から出てくる言葉は「神様からの使命」
だった。

敬虔なクリスチャンのレーナさん曰(いわ)く、

「障害をもって生まれたことは、神様が私に与えて下さった大切な使命だと
思います。
この障害をもっていることで、より多くの素晴らしいもの、特権、チャンスを
神から与えられているんです。
従って次に生まれてくる時も、障害をもったまま生まれてきたいと思って
います」

この言葉を聞いて、ときどき「障害の厄介さ」に閉口する私は、彼女のたくましさ
に驚いた。
やはり信じるものをもつ人間の強さだろうか。
その一方で私と似た感情を抱いていることにほっとしもした。

レーナさんの本心に触れ、改めて「障害を乗り越える」美談ばかりを作り出す
日本のマスコミの幼稚さを痛感せざるをえなかった。

そういえば、私も何度となく新聞記者やテレビ関係者から、

「どうやって障害を乗り越えてきたのですか」

と質問された。
私は、そのたびに

「ハイ、お酒と、恋で乗り越えてきました」

と答える。
相手はまず次の言葉を失うのが常である。」
(P40~42)

 ※ レーナ・マリア・ヨハンソンさん〔スウェーデンの障害者・ゴスペルシンガー〕



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by bunbun6610 | 2014-06-06 18:30 | バリア&バリアフリー