『こころの段差にスロープを』(松兼功/著)(2/13)言葉を目で見る

『こころの段差にスロープを』
(松兼功/著 日本経済新聞社/発行所
1997年10月7日/初版発行)




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『言葉を目で見る』
人いきれと電車の揺れに今にも倒れそうな歩行器を、息を弾ませながら
両手両足で羽交い絞めするように支えていた。
それを見て、私の目の前の吊り革につかまって立っていた中年男性が
身体をこちらへ屈(かが)ませ

「大丈夫ですか? どこで降りるんですか?」

と、声をかけてきた。
私はほほ笑みを浮かべて

「吉祥寺です」

と答えた。
が、案の定その言語障害まじりの言葉は聞き取ってもらえなかった。
男性は申しわけなさそうな声で

「悪いけど分からないなあ」

と言った。
その時だった。
男性の斜め後ろで

「キチジョージですよね・・・」

と、確かめるように尋ねるかん高い声がした。
私は反射的に

「はい、そうです」

と勢いよく答えた。
言葉の理解者の出現に、瞬間

「あーよかった」

と肩の力が抜けた。
目の前の男性も

「そうか、吉祥寺だったのか――」

とうなずいた。
そして二人して声の方向へ視線を向けると、そこには補聴器をつけた
30歳前後の男の人が立っていた。
補聴器の彼の、言葉を見る“目”の確かさに感心して、思わず

「なるほどなあ」

とつぶやいた。
一方、私の言葉を聞き取れなかったあの男性は、不思議そうに

「彼、あなたの言葉がちゃんと聞こえたのかな?」

と、首をひねった。

おそらく、私の声が補聴器の彼の耳にはっきり届いたわけではなかった
はずだ。
だが、彼はとっさに私の言葉の意味を理解してくれた。
それは、彼がこちらの口の動きを見て、言わんとしている内容を読み
取ったのに他ならなかった。

聴覚障害と向き合って生活している彼にとって、日ごろから音声による
情報収集は皆無に近いのではないか。
それだけに、目で相手の言葉を読み取るコミュニケーション方法は、
欠くことのできない生きるための術になっているのだろう。
余計な時間がかかると思われがちなそのコミュニケーション法だが、
騒音や、言語障害などで声(言葉)によるやりとりが難しい場合、
お互い気持ちをつなぐとても有効な手段となる。

もとより、言葉で思いや真実を伝えようとするとき、その言葉を発した
だけで人の心に届くかというと、それほどなまやさしいものではない。
補聴器の彼や、私のように、言葉が自由自在に使えない人間は、
かえってそれが実感でき、何としてもこちらの意志を相手に伝えようと
する意欲が沸きあがる。
そこに相手を思いやる心も自然に満ちてくる。」(P11~13)



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