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蒼穹 -そうきゅう-

聴覚障害者の見せる“作り笑い”

以前に、下記の記事で

「もう聴覚障害のことを言いたくない」

と思った事例(悪かった事例)を述べた。

『健聴者に「耳が聞こえません」と言って良かったこと、悪かったこと』
〔2014-04-30 18:30〕


他にも

『『レインツリーの国』(有川浩/原作)』
〔2012-04-19 20:47〕


も、そうだ。

「言えない障害」――

あれは、原作者の有川浩氏が実際に難聴者から取材調査を
して書いた作品で、等身大のままの難聴者像に描かれている。
佐村河内氏にも、そんな時もかなりあったと思う。


そして、まだ他にもある。

健聴者よりも優れた読話力や推測力を持つ聴覚障害者
でも、苦手な会話がある。
それは、皆が自然に笑うような会話場面である。

こんな場合、皆笑っている理由がわからない、
というのが、自分の場合は、ほぼ100%なのだ。

でも、そのときに笑わないと雰囲気がマズくなって
しまうから、仕方なく“作り笑い”をするのである。
いわゆる「その場をごまかす」という、やり過ごし方だ。
これも健聴者に「聞こえているように見せる能力」だろう。
当然、長短両面がある。

ある難聴者は、これを「微笑み障害」と呼んでいる。

「うなずき障害」

「『はい、わかりました』障害」(イエスマン障害)

と並ぶ、健聴者社会でしばしば見せる、
聴覚障害者の演技(仮面芝居)である。
これに気づかない健聴者もいる。

(勿論、自分たちの立ち位置である、
聴覚障害者の社会では、こんなバカは誰もしない)

健聴者が「聞こえているように見える」と言うのは、
こういう状況からなのだろう。
これが難聴や、聴覚障害者についての誤解に
つながってしまったことも、否定できない。
「自己責任」と言われても、仕方がないが・・・。


反対に、同じような声量でしゃべっている場合でも、
悪口の場合は、案外わかることがあるものだ。
聴覚障害者の場合は、耳が聞こえない分、目でよく観察
している。
視線の動きや、目つき、誰に向けてしゃべっているのか、
などで「今のは誰々の悪口だな」とわかったりする。
悪口の場合は、目が不自然なのが特徴だろう。

しかし、おしゃべりでの笑いの場合は、視線が自然だから、
わからなくて当たり前なのかもしれない。
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by bunbun6610 | 2014-07-24 18:30 | コミュニケーション能力