語音明瞭度 - 医師(健聴者)の誤解

語音明瞭度 - 医師(健聴者)の誤解



『<佐村河内氏>聴覚診断 最も軽い6級に該当せず手帳返納』
〔2014-03-07 23:52〕



上の新聞記事によると、医師側の医学的判断としては

>「「向かい合って大声で話せば聞こえる。
補聴器をつければ日常生活に支障はない。」


とある。
また

>「最も重い2級は、両耳がいずれも100デシベルでも
音を聞き取れない。」


という記述だが、これも正確ではないようだ。


〔下記情報も参照〕

『聴覚障害の基礎知識』

>「聴覚障害2級;「両耳の聴力レベルがそれぞれ100dB以上
のもの(両耳全ろう)」」




さらに

『聞こえにくい人である佐村河内氏と手話~記者会見より(追記有)』
〔2014年03月07日〕



という記事によると、ある医師が次のように見ている(話している)、という。


>「(追記の追記)
この記事を読んだ耳鼻科医の方から、語音聴力検査に関して事実誤認
があるのではないかというご指摘をいただきました。
佐村河内氏は右耳の語音明瞭度が71%ですが、文章の理解力という
点では90%以上になっているのではないか。
騒音などで聞き取りにくい時はあったでだろうが、会見の際も右耳を
通して情報は入っていたのではないかということです。」




そして、これらについての、当事者側(団体、個人)の声明なども幾つかある。


『<聴覚障害者>佐村河内氏問題で「誤解される」と会見』
〔2014-03-27 21:09〕



佐村河内氏問題 『50dBの世界 - 難聴とは何か -』


『補聴器をしないとどう聞こえるか?』

『感音性難聴について』

『補聴器をしても内容が理解できない』

『聞こえの内容を勝手に解釈』

『似たような音声はわかりにくい』



医師側は検査結果の数値と、健聴者の推測による所見だ。

一方、当事者側はそれの提示に加えて、実際の聴こえについて、
具体的に説明している。

このブログを長く読まれて、感音性難聴を理解された方には、
もう言うまでもないことだと思うが、難聴の症状を経験した
ことのない健聴者にはわからないものだ。
それゆえ、こうしたズレが生じているし、社会に広く誤解が
存在しているのだろう。

実は、最新の検査機器を使った語音明瞭度検査は、私もまだ
1回しか受けたことがない。
それ以前は、そんな検査はほとんどが省かれていたし、
やっていたところでも、人の肉声を聴き取る方法だったので、
誤差は当然に出ていたであろう。
昔からそんな方法で検出していたのだから、果たして科学的な
データだと言えるのだろうか。

客観的な医学データを出すには、聴覚障害者に試験官の顔、
口が見えたり、聴覚障害者でも聞き取れるように、意図的に
ハッキリと、わかりやすく発音して聴かせる検査方法では、
聴覚障害者の社会生活における影響など、わかりはしないのだ。
実際の会話場面では、あんな発声発音は誰もしないのだから、
この検査に何の意味があるのか、こちらが聞きたいくらいだ。

したがって、この語音明瞭度検査で、ほんの数語が聞き取れた
からといって、社会生活でも補聴器をすればほとんど聴こえる
ようになる、と考えているのならば、とんでもない暴論といわねば
ならない。

この誤解は、永久に解けなくなってしまうのであり、
多くの難聴者を苦しめ続ける。
それが、健聴者の罪だ。

近年、高齢化社会が進んできて、補聴器を装用している
おじいさんが増えてきた。
おじいさんたちを見ると、周囲の人とのコミュニケーション
には、聴覚障害者ほど、そんなに困ってはいないように見える。
なぜだろうか?

老人の場合は、仕事をしていない人であり、大抵はいつもに限った
日常生活の話ばかり、というコミュニケーションであろう。
そういう性格的な違いがある。
だから、その程度の会話ならば、何とかなりそうである。

しかし、それだけではなさそうだ。
聴覚障害の性質的な違いもあるのではないだろうか。

以前に、有毛細胞(※1)の話をしたが、そのような個人差が
大きいことも間違いない。


(※1)
『感音性難聴障害の秘密 - 有毛細胞とは』
〔2014-04-16 18:30〕




感音性難聴は、現代医学では治療できないそうだ。

「これからさらに、悪くなっていくことはあっても、
良くなるということはない」

と告げられるだけの、誰でも諦めるしかない障害なのである。

この話は、語音明瞭度とも関係があるのではないだろうか。

語音明瞭度検査の時は、被験者が聴こえる音量にまで
上げてから、聞き取りの検査を始める。
昔は、補聴器を装用して、人の肉声を聴いての検査だった。
今は補聴器は使用させず、やはり専用の検査機器を使う
医療機関もあったりする。

勿論、方法が違えば、かなり違ったデータになる。
極論するならば、昔の検査方法は、全く非科学的なやり方
だったと言わねばならない。

ともかく、語音明瞭度の検査では、補聴器や、あるいは専用機器
を使って、被験者が聴こえる音量に上げてから、言葉の聞き取り
を試す。
しかも、音量を何段階か上げて、繰り返してデータを取っている。
当然、純音聴力検査のときよりも、音を大きくしているのだ。
こんな検査で一体、何の意味があるというのか?
国と医師は、説明してほしいものだ。


国の身体障害者手帳では「聴覚障害」もしくは「感音性難聴」
などという、ひとくくりの障害名で言われてしまっているけれども、
本当は人により、実にさまざまな聴覚障害がある。

聴覚障害者の世界では「ろう者」「難聴者」「中途失聴者」という、
3つに大別して説明する場合がよくあるが、このうち「難聴」
の説明は簡単ではない。

おじいさんの難聴は老人性難聴が多いし、これが一般的に誰でも
知っていると思う。
しかし、先天性難聴の場合は、感音性難聴の人が多いらしい。
おじいさんの難聴の場合は、伝音性難聴だと言われていて、
この場合だったら補聴器の効果も期待できるそうだ。
だから「補聴器をすれば聞こえるようになる」と言われる。

けれども、先天性の感音性難聴者の場合は、有毛細胞で説明
したように、違う部分の損傷が原因であったりするため、
補聴器をしたからといって、聞き取りやすくなるとは限らない
のだ。

私が昔、医者から言われたことは、こうだった。

「耳の器官(外耳)は正常。
多分、聴神経のあたりが原因ではないか。
脳は原因ではない」

聴神経と有毛細胞はつながっていても別のところなのだから、
本当のところはこの医者にもわからない、ということである。


<聴覚障害についての、健聴者の誤解>

(1)「全ろう」「耳の聞こえない人」についての誤解
聴覚障害2級と言えば、健聴者は「全ろう」とか
「耳の聞こえない人」と呼ぶ。
しかし、だからといって、例えば、どんな音も全く聴こえない
ということではない。
補聴器の性能は、健聴者の想像を越えるほどに進歩している。
もし健聴者が、重度聴覚障害者の補聴器を装用してみたならば、
騒音性難聴になってしまうだろう。
健聴者にとっては、それは盗聴器並みに聴こえるのだとか。
それほどパワーがあるのだ。
だが、感音性難聴者が補聴器を装用しても、健聴者と同じ耳に
なることはできない。
それに、そんな化け物のような補聴器を常用していて、
もっと聴力が落ちていってしまう人もいると、
補聴器店からも聞く。
補聴器で耳に過重負担をかけさせ続けていると、
残存聴力も落ちていく、というのも本当の話だ。
これは、有毛細胞や人工内耳(※2)の話からも、もうわかるはずだ。


(※2)
『人工内耳の威力』
〔2014-05-19 18:30〕





(2)軽・中度難聴についての誤解。 及び、補聴器についての誤解

詳細は

『50dBの世界 - 難聴とは何か -』

を読まれるとよい、と思う。

音が聴こえたからといって、日本語がしゃべれるからといって

「言葉が聞き取れている」

とは限らない。
それと話が健聴者と同様にできるか、ということとは別問題だ。
これも有毛細胞や人工内耳の話でわかるように、人間が言葉を
正しく聞き取れるようにするためには、内耳や聴神経の問題や、
幼少期における聴能訓練の経験や、リハビリが成功していなけ
ればならない。
簡単に言えば、補聴器は眼鏡とは違うのである。

ついでに、障害者福祉における、補聴器の交付条件についても、
事例で説明しよう。

役所の障害者福祉課が指定したリハビリセンターなどで、
補聴器の装用効果を調べなくてはならない。
それが雑なのである。

役所と癒着している補聴器会社の人が来ていて、補聴器を
決めたらすぐに調整してくれる。
そこではとにかく「音が聴こえればよい」という感じで、言葉の聞き
取りができるようになるかまでは、業者も拘っていなかった。
大まかな調整をしただけで、すぐテストする。

(そして、テストが終わったら、すぐその補聴器を買わされた。
当時は何も知らなかったが、今思えば、これはダメな買い方である。
今は、お店を自分で選べるように福祉サービスも変わってきている。)

私は、何を言っているかまではわからなくても、音声は聞こえる
ので「聴こえます」と言うだけである。
その検査は、騒音のない静かな部屋で行っていたので、
補聴器で聞こえて当然だった。
たったこれだけで「補聴器装用の効果が認められる」という判定書が
もらえる。


医者;「●×▲■★?・・・」(音がする)

私;「はい」

医者;「●×▲■★?・・・」(音がする)

私;「はい」

医者;「●×▲■★?・・・」(音がする)

私;「わかりますよー、はい」


こんなオウム返しをする。
はじめは、こんなことをする意味がわからなかった。
しかし、今になって考えてみると、医者は聴覚障害者
の「オウム返しのマジック」に気づいていないという
ことがわかった。

もう、ハッキリ言おう。
この医師には純音聴力と語音明瞭度は違うということが、
全然分かっていない証拠なのである。

でも、ともかく、こんな感じで交付オーケーにして
もらえるのである。
これで、高価な補聴器がタダ同然になるのだ。

補聴器をもらう(※3)には、何を言っているのかわからなくても

「はい」

と言っているだけでいいのである。
余計なことは言わないほうがいい。
判定がややこしくなるかもしれないから。

(※3)実際は、収入に応じて一部自己負担となる場合あり(応益負担)


日本語を知っている難聴者、中途失聴者ならば、
これで問題はないのである。

医者としても

「補聴器がなければ、日常生活で危険な場合もある」

と判断して、大目に見ているのだろう。
だから、この交付判定では、語音明瞭度検査はやらない。

というのも、医者は専門の補聴器調整士ではないので、
補聴器の調整なんてできないし、補聴器の性能を引き出す
ことも当然知らないし、できない。
だから、補聴器を装用させて、単純に音が聴こえるかどうか
の判定しか、行えないのである。
だから私は

「音が聴こえること」



「言葉が聞き取れること」

とは違う、と何度も言っているのである。


実際に、補聴器を使っていないろう者でさえ、福祉用補聴器は
ほとんどの人が持っている。
タダ同然でもらえるからである。
ただし、補聴器で本当に、人の声が聞き分けられるかどうかは、
音が聴こえるかどうかとは別問題である。


最後に、佐村河内氏の軽度難聴についても、あの多くのマスコミが
書いた、いい加減な誤解も解くべきだろう。

確かに、新垣氏の証言を聞いて

「本当は聞こえていたのではないか」

と健聴者が疑うのは、無理もない話だ。
だが、佐村河内氏が考えた通りに仕事の話を進めている以上、
聞き取りづらいというハンディがあっても、それだけでは大きな障害
にはならなかったとしても、何も不思議ではない。
少なくとも、軽度難聴を経験したことがある人ならば。
それは、難聴者のコミュニケーション能力を知らないから、
勘違いしているだけだと言えるかもしれない。

もし、佐村河内氏の知らない話に引きずり込んで、
そして

「今言ったことを、そのまま言い返してみて」

とテストすれば、そのときは彼の

「実は難聴だった」

ということが、誰にでもハッキリとわかるだろう。
もし違っていたら、それはつまり

「難聴ゆえに、聞き取れていた言葉しか言うことができない」

ということだからなのである。
聞こえの不自由を推測能力で補うことができるのは、自分の知って
いる範囲内だけである。


>「右耳が約49デシベル、左耳が約51デシベル以上でないと
聞こえない」


この程度の難聴の説明は、

『50dBの世界 難聴とは?』

が詳しい。


>「「ささやき声が聞こえにくくなり、会話にある程度の声量を必要とする」
――間違ってる。」


>「子音をはっきりと聞き取れないケースが多いようだ。
その為、常人よりも言葉が明瞭に聞き取れない。」



本当に中途半端な聞こえで、仕事では困っている難聴者も
たくさんいる。(※4)
それでも黙っている難聴者が多いと思う。

感音性難聴障害の方には、聴力はあまり関係なく、
健聴者がどんなに「すごい」と思えるような補聴器を
していても、聞き取りづらい人はたくさんいる、
ということを理解してもらいたい。



(※4)
『仕事で困っている難聴者とは』

実際には、例えばレストランの厨房でキッチンスタッフ
として働いていたケースである。

(私はその頃、70~80dBの中度の難聴者で、
補聴器を装用して仕事をしていた。
だから、厳密には補聴器をしない軽度難聴者とは少し
違うのであるが、感音性難聴を理解するための参考
にはなるだろう。)

厨房という仕事場は、何かと騒音が多くて、人の声も大声
が交錯していたりする。
こういう職場環境は感音性難聴者にとって、まさに苛酷で
あるのだ。

そこで突然

「おい、これをすぐれいとうこにしまってくれ!」

と言われても、背後から言われていたなら気づかない場合
もある。
お互いに正面を向き合っている場合でも、これでは指示が
的確に伝わっていない場合もある。
それでも状況により、ある程度は推測できる能力が、
聴覚障害者にはある場合も少なくない。
勘違いしている健聴者も多いので念のために言うが、
これは「聞こえている」のとは違う。
(当ブログのカテゴリー『コミュニケーション能力』参照)

だが似た言葉の推測には迷う。

「おい、これをすぐ冷蔵庫へしまってくれ!」

と言われたのか、それとも

「おい、これをすぐ冷凍庫へしまってくれ!」

と言われたのか、どうしてもわからない場合がある。
感音性難聴障害ゆえに、似た単語の区別がつかないのだ。

そんなとき、聴覚障害者はそれを確認するために
「オウム返しのマジック」(※5)を出すのだが、
厨房スタッフは皆、忙しいので面倒がられてしまい、
無視されてしまうことも多々ある。


(※5)
『「ダンボ!」→「マンボ?」 感音性難聴障害者のコミュニケーション方法』
〔2014-03-27 18:30〕





そして、時間がどんどん過ぎていくだけになってしまう。
仕方なく、とりあえず自己判断(推測)で冷蔵庫にしまって
おくことにする。

ところが、それが後になって

「ちがう、れいとうこだといっただろ!!」

と、怒られてしまう。

たとえ、語音明瞭度が95%以上だったとしても、
これでは致命的ミスとなってしまうのだ。
そんなミスが、一日に何回もあるのが常なのだ。

たまに、一回も怒られなかった日があると、胸をなでおろしていた。
そして、その日だけ、不思議な気持ちに浸っていたほどだ。

そんな不安定な毎日で、しかも、それは自分ではどうすることも
できないのだ。
精神的に不安定になるがゆえに“職場放棄”をくり返す聴覚障害者
も多いそうだ。
私も、初めのうちはそうなった。

だから健聴者と一緒に働いていても、お互いにプラスになるような
ことなんて、ほとんどなかった。

そんな就労面での苦労が、健聴者に、そして健聴者の障害者認定医
には全然わかっていない。

だから

>「「向かい合って大声で話せば聞こえる。
補聴器をつければ日常生活に支障はない。」


などという、ボケたことが平気で言えるのだ。

そして、そういう医者の言うことが正しい、と信じる健聴者が増え、
誤解が広がってしまうのだ。
あの佐村河内氏謝罪会見は、その例だろう。

その時、健聴者の神山氏は佐村河内氏に対し

>「目と目をみてやりましょう。
僕と「口話」をしてください。」


と要求している。(※6)


(※6)
『週刊文春の佐村河内氏批判について』
〔2014-03-14 21:31〕



これは、神山氏が感音性難聴障害というものを、よくわかって
いない発言である。
感音性難聴障害者ならば、誰でもわかるだろう。


また、数字に関する聞き間違えも、特に多い。
(私の場合の例;「聞き間違えやすい、聞き分けにくい数字の例」)

「いち」 or 「しち」?
「ろくじゅういち」 or 「ろくじゅうしち」?
「にじゅうし」 or 「にじゅうしち」?
「いつつ」→「いち」? 「いくつ」?
「パーパ(88)」(業界用語)→「パパ」?

桁の多い数字になってくるほど、疲れやすくなり、
間違いも増えてしまう。
棚卸し作業の時は最初から最後まで、ずっと怒られていた。


下のような例もあるという。


実録!中度難聴 mini 劇場 「聞き間違い物語」





私の経験で言えば、感音性難聴者というのは、例えて言えば
“永遠の異邦人”だろう。
自分の国に生まれ育ち、住んでいながら、周りの人の言葉は
聞こえても、一体何を言っているのかさっぱりわからない。
ある時は聞こえるけれども、ある時は何を言っているのか
わからず、またある時は全然聞こえない場合もある。
自分だけ、そんな不確かな状態で、死ぬまで生きていかなけ
ればならない。

中途失聴者の場合は、自分がまるで、パントマイムの世界に
住んでいるかのようだ。
そして豊かな情報社会から疎外された孤独を感じ

「オレは一体、何のために、この世界で生きているのだ?」

と、永久的に自問し続けている。
その命題に飽きることもできず、ノイローゼ気味になってしまう。

いっそもう、自殺とか、テロでもやって刑務所に行ったほうが
楽なのではないか、とさえ真剣に思うほどだ。

けれども、一つだけ心残りすることがある。
それは

「もし、そんなことをしたら、母はどんなに悲しむだろうか」

ということだ。
母を愛せなくなってしまったけれども、それでも

「母に何もしてやれなかった」

「母を悲しませることだけは、したくない」

という気持ちがあった。
だから、もうこのまま生きるより仕方がない。

私は、この怒りのエネルギーを自殺でもテロでもなく、
自分の障害者運動として、その中に発散させることにしたのだ。
それがこのブログの、一つの面なのである。

このブログがなければ、私は健聴者中心の社会で“仮面芝居”
をやっていくことはできない。
自分の怒りのエネルギーは、いつかどこかで、暴発してしまう
からだ。





〔関連情報〕

『こころ元気塾』
(2014年5月22日 読売新聞)




難聴ママのきまぐれ日記
『厳しすぎる!障害者等級』
〔2014年04月28日(月)〕



>「耳鼻科で見た『聞こえの程度』を示す表に、こう書いてありました。

高度難聴(私の聴力レベル)は、
『耳元で、大きな声で話すと聞き取れる』と。

これは大ウソです。

耳の真横で叫ばれれば、キーンと響く音は聞こえるかもしれませんが、
言葉を聞き取るなんて不可能です。

今の私の聴力で4級なら、手帳取得の対象にならない難聴者でも、
相当聞こえにくいはず。
公的に障害者だと認められず、でも健聴者のような生活もできない、
はざまにいる難聴者はたくさんいるはずです。」

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by bunbun6610 | 2014-05-23 18:30 | 聴覚障害


ある聴覚障害者から見た世界


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