『ヘレン=ケラー自伝』(ヘレン=ケラー/著 今西祐行/訳)(5/5)マーク=トウェーン

『ヘレン=ケラー自伝』(ヘレン=ケラー/著 今西祐行/訳)
(講談社・火の鳥伝記文庫 昭和56年11月19日 第1刷発行)




〔参考情報〕

『ヘレン・ケラーの生涯』
(社会福祉法人 東京へレン・ケラー協会)




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『マーク=トウェーン(本名はサムエル=ラングホーン=クレメンス)の思い出』
(P176~190)
「クレメンスさんは、いつもわたしの心に愛と勇気をえがき、わたしに
生きがいをかんじさせてくださいました。
あるとき、手におえないおせっかいのピーター=ダンが、こんなことを
いいました。
『ヘレン=ケラーさんは、日中だってなにも見えるじゃないし、夜は夜で、
昼とちっともかわらないときちゃ、じっさいつまんないだろうな。』
すると、クレメンスさんは、
『ばかなことをいうもんじゃない。
目が見えないってことも、なかなかおもしろいものなんだぞ。
そうじゃないと思うなら、ためしてみるがいい。
じぶんの家が火事になったくらい晩に、ベッドからかべぎわのほうへ
おりて、
戸口ににげようとしてみたまえ。』
とおっしゃいました。
このひとことで、ピーター=ダンはだまってしまいました。
クレメンスさんは、じぶんをいつも皮肉やだといっておられました。
でも、いわゆる皮肉やさんのように、卑劣な、見て見ぬふりをするよう
なことは、けっしてありませんでした。
よくこんなことをおっしゃいました。
『ヘレンさん、この世の中には、うつろで、どんよりとした、たましいの
ぬけた、なんにも見えない目というものもあるんですよ・・・。』
わるいということがわかっていながら、だまっているような人を見ると、
クレメンスさんは、もうがまんがならないようなかたでした。」
(P178~179)


「わたしがクレメンスさんのお話を、サリバン先生に手に書いてもらって
いるのを見つけると、さっそく、
『先生、先生は、ヘレンの左の手に書いてでも教えることができるのですか。』
などと、子どものようなことをおっしゃるのです。
また、わたしの感覚をためすために、そっとへやをぬけだして、となりの
へやにある自動オルガンを鳴らしたりなさいました。
そして、また足音をしのばせてへやにもどり、じっと、わたしがそれをかんじる
かどうか、見ておられるのでした。
サリバン先生は、クレメンスさんのそのかっこうがおかしくて、わらいをこらえる
のに苦労したと、あとで説明してくださいました。
ゆかがタイルだったものですから、空気をとおしてつたわる音はわかりません
でした。
しかし、オルガンのうつくしい和音の震動は、ときどきテーブルをとおして
かんじることができました。
クレメンスさんは、それを見ると、ほっとしたように、また食卓におつきになる
のでした。
あくる日は、わたしたちを、たのしいさんぽにつれていってくださいました。
そして、その夜は、ごじぶんの書かれた作品を、わざわざじぶんで読んで、
わたしにきかせてくださいました。
なにもかも、うれしいことばかりでした。
そして、さりげなくおっしゃったお話、大まじめになさるじょうだん、どれもこれも、
わたしの心をゆたかにしてくれました。
クレメンスさんは、目の見えない、耳のきこえないわたしがそこにいるという
ことなど、まったく気がつかないというようにふるまいながら、それでいて、
ひじょうにこまかく、わたしのことを考えていてくださるのでした。
わたしには、それがよくわかりました。
そんな友情をかんじるときほど、幸福なことはありませんでした。」
(P188~189)

『わたしのすすむべき道』(P190~199)

「しかし、もっとかなしいこともありました。
それは、あのパーキンズ学院の院長でおられた、アナグノス先生のことです。
それはまだわたしが少女のころのことですが、アナグノス先生は、
サリバン先生とわたしを、学院にひきとってくださろうとなさったことがありました。
これに反対なさったのは、サリバン先生でした。
先生は、わたしが一つの学校の内部でだけ生活するということは、
私の教育のさまたげになると、お考えになったのです。
身体障害者というものは、もし、ふつうの環境においておくことができるならば、
そのほうが、かれらだけの生活をさせておくよりは、はるかによいのだ――
これがサリバン先生のお考えでした。
いろいろないきさつから、もしわたしが、あのときにあのまま、学院の中でくらす
ようになっていたら、いまごろもっと幸福になっていたかもしれないと、
考えないでもありません。
なぜなら、学院では、だれもがゆびで話をするのですから、なんの不自由も
かんじなかったでしょう。
それに、わたしは目の見えない子どもがとてもすきなのです。
それに、わたしはアナグノス先生に、おとうさんのようにしたしんでいました。
そして、サリバン先生を、わたしのところへおつれしてくださったのが、
アナグノス先生だったのですから。
しかし、わたしたちは、学院をさりました。
アナグノス先生は、そのとき、「サリバンは恩知らずだ。」と、おいかりに
なりました。
しかし、もしまだ先生がこの世においでになりましたら、あのときのサリバン
先生のなさったことが、けっきょくただしかったのだということを、わかって
いただけたと思います。
わたしの一生をひきうけようとなさった人々の中には、まるでわたしを主役に
した劇を、わたしが考えだしたかのようにしくみ、それがうまくいかないばかりに、
すっかりめんぼくをつぶされるようなかたもありました。
ルーマニアの美しい王妃さまがそうでした。
王妃は国じゅうの盲人を一つのところにあつめて、たのしいホームと仕事を
あたえようと計画されたのです。
それは、「光の炉(ろ)べ」という、うつくしい名前の町になることになって
いました。
その仕事をわたしにてつだえといってこられたのです。
その計画は、たいそうりっぱなものです。
しかし、盲人を独立させるための仕事ではありません。
わたしは、おてつだいできませんと、返事をだしました。
王妃はたいそうおいかりになり、わたしが、じぶんの利益しか考えない女
のようにお考えになったようです。
それきり、文通もとだえてしまいました。
わたしはいま、わたしにあれこれさしでがましいことをけっしてなさらなかった
かたがたに、心から感謝したいと思うのです。
ふしぎなようですが、そういうかたがたにかぎって、ほんとうにわたしをたすけ、
わたしをよろこばせてくださったのです。
ベル博士も、マーク=トウェーン氏もそうでした。サリバン先生はもちろん、
母もロジャース氏も、みんなそうです。
そしていつも、わたしの仕事はわたしがじぶんでえらべるようにしておいて
くださいました。
わたしは、じぶんのすすむべき道にまようとき、いつも常緑樹の林にいくのです。
夜のあいだ霜にいためつけられた花や葉が、朝になるとまた身じまいをただして、
りりしく大空を見あげています。
それを見ると、わたしは心をうたれるのです。
また、そんな林をあるいていると、いつも、くらい土の中で、せっせと苦労している
根の歌をきくような気がするのです。
根というものは、じぶんのさかせたうつくしい花を、けっして見ることはできない
運命にあるのです。」(P196~199)



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by bunbun6610 | 2014-05-05 20:00 | 聴覚障害


ある聴覚障害者から見た世界


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