『ヘレン=ケラー自伝』(ヘレン=ケラー/著 今西祐行/訳)(4/5)ベル博士

『ヘレン=ケラー自伝』(ヘレン=ケラー/著 今西祐行/訳)
(講談社・火の鳥伝記文庫 昭和56年11月19日 第1刷発行)




〔参考情報〕

『ヘレン・ケラーの生涯』
(社会福祉法人 東京へレン・ケラー協会)




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「『ベル博士の思い出』
アレキサンダー=グラハム=ベル博士のお話をしましょう。
「うつくしい思い出というのは、人間がもつことのできる最高のとみである。」
といった人があります。
博士の思い出こそ、わたしのもっとも大きなたからです。
世間の人々は、ベル博士といえば、すぐ電話を思い出すことでしょう。
しかし、ろうあ教育につくされた博士の仕事は、電話の発明におとらず
偉大なものです。
そして、わたしはそれにもまして、やさしくしんせつな友だちとして、
博士を思いだします。
博士こそわたしの恩人ですが、わたしは、恩人とか先生とかよぶよりも、
「わたしのいちばん古いお友だち」とよびたいと思います。
博士は、まだサリバン先生がきてくださるまえ、くらやみの中にいる
わたしに、あたたかい手をさしのべてくださったかたです。
サリバン先生がわたしのところへきてくださることになったのも、
ベル博士のおせわがあったからなのです。
ベル博士の一家は、ずいぶんむかしから、代々ことばの研究をして
こられました。
博士の祖父にあたるかたは、どもりをなおす方法を考えだされたかたです。
おとうさんは、耳のきこえないものが、あいてのくちびるを見て話をきく
方法を完成されたかたです。
そのおとうさんは、むすこのベル博士に、
「すこしも金にならない仕事だった。」
といっておられたそうですが、博士には、それが電話の発明よりも、
はるかにだいじな仕事だということは、ちゃんとおわかりになっていたのです。
ベル博士は、とってもおとうさん思いのかたでした。
博士は、おいそがしくて、一日か二日おとうさんにおあいにならないと、
すぐに、
「どれ、おやじにあってこよう。
おやじと話すのは、強壮剤をのむようなものだからな。」
そんなじょうだんをおっしゃって、いそいそとおでかけになりました。
博士の小さな家は、ポトマック川が海にそそぐところにありました。
わたしたちがたずねると、おふたりはよく、なにもお話しにならずに、
ただしずかにたばこをくゆらしながら、川を上下する船やボートを
ながめていらっしゃることがありました。
そんなとき、どこかでききなれない小鳥が鳴くと、
「おとうさん、いまの声は、どんな記号であらわしますか。」
と、博士がおたずねになり、いっしょうけんめい、その声を口にして、
くちびるの形を研究し、ああでもない、こうでもないと、いつまでも
おふたりで、発声学の研究にむちゅうになられるということでした。
博士は、どんな声や音でも分析し、それを読唇法にとりいれられました。
ベル博士は、おかあさんにもそれはやさしいかたでした。
わたしがお知りあいになったころには、もう、おかあさんはまったく
耳がきこえなくなっておられました。
ある日、サリバン先生とわたしは、ベル博士にドライブにつれて
いっていただいたことがありました。
道々(みちみち)、わたしたちは、すいかずらやつつじを見つけると、
それをたくさんつみました。
すると、帰るとちゅう、博士は、おかあさんのいらっしゃる別荘によって、
「にわからはいって、おやじとおふくろをおどろかせるんだ。」
そんなことをいって、しのび足ではいっていかれました。
わたしたちもそのあとにつづきました。
ところが、階段のところまでいくと、
「しずかに。
ふたりとも、よくねむっているんだ。
このまま帰ろう。」
と、博士はわたしの手のひらにおっしゃいました。
わたしたちは、音をたてないように、もっていた花をぜんぶそこに
いけて帰りました。
目にこそ見えませんでしたが、やさしいむすこをもったおとうさんと
おかあさんのしあわせそうなすがたを、ありありとわたしは思い
うかべることができました。
その後も、博士のご両親をおたずねするのは、とてもたのしみでした。
おたくには、毎日たくさんの訪問客がありました。
おかあさんは耳がまったくきこえないのに、はたのものが気が
つかないほど、じょうだんまでまじえて、じょうずにお話しになって
いました。
あいてのくちびるを見て話しておられるのです。
それほど、読唇法をじぶんのものにしておられたのです。」
(P157~162)


「目が見え、耳がきこえる人々には、耳がきこえず、ものもいえない
ということが、どんなことだか、おわかりにならないかもしれません。
わたしたちのまわりをとりかこむしずけさというものは、あの神経の
つかれを休めてくれるしずけさではないのです。
『おはよう。』という声や、小鳥の声でやぶれる、そんなやさしい
しずけさではないのです。
それは、いっさい他人とじぶんをひきはなし、とじこめる、ざんこくな、
あついかべのようなしずけさなのです。
ですから、むかしの、わたしのような人たちは、どんなわずかな
希望もありませんでした。
そのかべをやぶってくださったのが、ベル博士でした。
そして、わたしのようなものもはじめて人類のたのしい社交に
くわわることができるようになったのです。」(P162~163)


「(ベル)博士は、電話が実用化されたさいしょの建物を見せて
くださったとき、
『もし、わたしの仕事をてつだってくれたトーマス=ワトソンくんが
いなかったら、この発明はとても完成しなかっただろう。』
とおっしゃいました。
『電話がはじめて通じたとき、どんな話をなさったのですか。』
わたしがたずねました。
『「ワトソンくん、ちょっときてくれ。」といったのですよ。』
なあんだと、わたしは思いました。
それで、
『はじめての通話なら、もっと意味ぶかい話をなさればよかったのに。』
といいました。すると、博士は、
『ヘレン、電話でいちばんたくさんつかわれることばは、この
「用事があるから、ちょっときてくれ」なんだよ。
電話は、そのためにあるんだよ。』
とおっしゃいました。
しかし、ふしぎなことに、博士はごじぶんのへやに、電話をおいて
いらっしゃいませんでした。
わたしはそれがふしぎで、たずねてみました。
すると博士は、
『外のごたごたした用件を、家庭にまでもちこみたくないからさ。』
といわれました。」(P164~165)


「博士は、電話の発明ばかりを世間がさわぎたてるのを、とても
なさけながっておられました。
わたしの手に、こんなことをおっしゃったことがありました。
『世の中の人間は、わたしが電話の発明いがいには、なんにも
しなかったとでも考えているらしい。
わたしも、電話の発明では、お金をもうけたからね。
それでみんな、わたしのことをさわいでいるんだよ。
お金さえもうかれば成功したと思うなんて、ほんとうに気のどくなことだ。
わたしはそれより、口のきけない人が、もっとらくに口がきけるように
なれたら、どんなにいいだろうと思っているんだよ。
それができたら、わたしはほんとうに幸福になれただろうにね・・・。』」
(P170~171)


「(ベル)博士とてもおいそがしいかたでした。
わたしは長くおあいできないときには、よく手紙をだしました。
が、けっして、返事をいただくつもりはなかったのですが、いつも
すぐに返事をくださいました。
また、わたしがなにか書くと、かならず読んでくださって、いろいろと
批評を書きおくってくださいました。
そして、いつもわたしを、あわれなものとしてではなく、一人まえの
人間として、対等のことばがつづられていました。
わたしが、『わたしのすむ世界』という本をおおくりしたときには、
すぐにこんな返事をくださいました。

『宇宙の問題について、あなたにろくなことがいえないだろうなどと
考えている人々のなかまに、わたしまでいれないでください。
わたしは、税金のことや、国のことや、また、さまざまなこの世に
おこる事件について、あなたの意見をききたいと思っています。
あなたが、じぶんという小さなからにつつまれた世界から、
広い世界にでて、いろんなことを考え、書いてほしいと思います。
あなただけの世界をのぞかせてもらうのは、たしかにわたしにも
おもしろいことです。
それだけに、外の世界のことも、どういうふうに考えているのか、
知りたくなるのです・・・。』


やさしい中にも、きびしいはげましのあることばでした。
『石のかべの歌』という、わたしの詩集ができたときには、
――あなたが、美と音楽の世界から追放されている人間でない
ことがもういちどわかって、たいへんうれしい。
――と書きおくってくださいました。
こんなにきびしくわたしをはげましてくださったかたは、ベル博士
のほかにはありませんでした。
大学の卒業がまぢかにせまっていたころのことです。
博士は、卒業したらなにをするかとおたずねになりました。
『卒業したら、サリバン先生とふたりで、人里はなれたところにすみ、
しずかにものを書いてくらしたいと思います。』
と、わたしは答えました。
すると、博士は、いわれました。
『あなたのこれからの仕事をきめるのは、あなたではないんだよ。
わたしたちは、ただ宇宙を支配している大きな力の道具にすぎないのだ。
いいかい、ヘレン。
じぶんを一つの型にはめてしまってはいけないんだよ。
本を書くのもいいだろう。
演説してまわるのもいいだろう。
なにかを研究するのもいいと思う。
できるだけ多くのことをしてごらん。
あなたが一つでも多くの仕事をすれば、それだけ、世の中にいる目の
見えない人や、耳のきこえない人をたすけることになるのだよ。』」
(P171~174)



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by bunbun6610 | 2014-05-04 20:00 | 聴覚障害


ある聴覚障害者から見た世界


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