『耳の遠いお年寄りが「悪口だけは聞こえる」のは嘘じゃない』


http://matome.naver.jp/odai/2139384821167679701

耳の遠いお年寄りが
「悪口だけは聞こえる」のは嘘じゃない


祖父母あるいは老親が耳が遠いのを良いことに愚痴っていると、
「ちゃんと聞かれていた」なんて話はよく聞きます。
また、昔ながらのお店で、店番が老人で、耳が遠くても
「金の勘定だけは間違えない」という話も案外聞く話です。

これらは、「本当は聞こえているのに普段聞こえないフリをしている」
ワケではないんです。

更新日: 2014年03月03日



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私の親父も、中度難聴くらいになってしまうほど、
進行したようだ。

「妻がまた息子に自分の悪口を言っているんだ」

と親父にもわかると、反応して文句を言い合うように
なるのだ。
そのものすごいこと・・・。
ほとんど会話をしなくなってしまう難聴になっても、
夫婦喧嘩だけは不思議と健在だ。
これでは

「本当に親父は難聴なの?」

と疑問になってしまうのも、無理はないのかも。

だが、母の話を聞く限りは、やはり難聴の兆候は自然に出ている。
認知症の兆候も少し出ているようだ。

最近は、おとなしくなったというか、ひきこもりがちになってきた。
それでも母は、親父に補聴器をつけさせようとは思っていないらしい。
その理由はわからない。

考えられることは

①親父が見栄を張って、補聴器をつけたがらない。
(今でもそういうプライドの高い男性は、結構いるらしい)

②母が高価な補聴器にお金を出したがらない。
 財布はいつも母が握っている。
 つまり、母による人権侵害である。
 家族が障害者の自立を阻んでいる、というケースは日本社会には多い。



自己中心な言動が目立つ親父に参ってしまっている母は

「耳が聞こえすぎるというのも、疲れるもんだ・・・」

と愚痴をこぼしていた。
健聴者というものは、そういうふうに感じるものなのかな、と思った。
私ならば

「聴覚障害者は皆、自己中心で当たり前だ」

などと思うが。

私は「健聴者が羨ましいな」とばかり思っているが、健聴者には

「聞こえる(聴こえる)」

ということのありがたみが、全然わからないらしい。

自己中心なのは、もともとはオマエたちのほうだろ、健聴者よ。


母は最初のうちこそ、私には筆談で話すが、
親父とはなぜか、いつも大声でしゃべる。

時間が長くなると、だんだんと私への筆談も面倒になってきて、
大声でしゃべるようになる。
周りの人に見られていても、気にせずに。
だから、長時間の会話は、なるべく避けるようにしている。

普通の家族と同じように、普通にしゃべりたいという、
母の気持ちもわかる。

要約筆記通訳者を頼んで、同行させてみたこともある。

だが、親父は照れてしまい、全くしゃべらず、
すぐ一人で散歩してしまう。
母も、いつもの饒舌ではなくなり、あまりしゃべらなく
なってしまう。
自然なコミュニケーションとは、空気のような存在なのだ。
誰か他者に見られているような状況になってしまうと、
誰かに話したことを書かれてしまっているような状況に
なってしまうと、それはもはや、普通の音声会話とは
全然違ってしまう。


自分の家の話ばかりしてしまったが、冒頭に述べた記事の解説を、
私なりにしてみよう。
これは、聴覚障害者研究をする健聴者にとっては、
非常に重要な情報だと思う。

よく、手話サークルなどでも、手話通訳者たちが

「聴覚障害者の世界って、狭いんだよね」

などと、ファミレスなどの茶話会でこぼしている。
あれは、本当の話だと思う。

それだけに、自分のことに関係のある話となると、
聴覚障害者は鋭く耳を立てていたり、勘を働かせて推測して
いたりするものだ。

私も、悪口はかなりよくわかる。
まず、話している人の顔を見れば、どういうことを言っているのか、
推測できるのだ。
もし、聴覚障害者が見つめて(注視して)いたら、健聴者は
要注意だと思ったほうがいい。
聴覚障害者の世界は、狭い世界のことだからこそ、十分推測可能だ。
聴覚障害者の推測力の射程圏内にある、と思ったほうがいい。

仕事(職場)でも同じである。
障害者雇用なんて、狭い世界でしかない。
だからこそ、その程度のことならば推測でわかるのだ。
入社したての初めのうちは何もわからなくて、大変だけれども、
慣れてしまえば、推測力で仕事の指示も予測できるようになる。
健聴者が一言言いかけただけで、今頼んできた仕事内容が
何であるかも、ほぼわかってしまうのだ。
だから健聴者は、よく驚く表情を見せる。

「本当は、聞こえるんじゃないか?」

と疑うのも、無理もない。

反対に、推測力が使えない状況になると、
途端にコミュニケーション能力が落ちてしまうものだ。

聴覚障害者に推測力で見破られたくない、と思ったら、
とにかく顔を合わせないことだろう。

健聴者同士でも、後ろを向けたりするだろう。
それと同じだ。


夫婦喧嘩ができるうちは、まだいいほうなのかもしれない。

それもできなくなってくると、いよいよ認知症が重症になって
いるのかもしれない。

下の記事も、考えさせられる。

手話を使う聾の老人が認知症になった、という話は、
まだ聞いたことがないけど、どうなのだろうか?


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http://news.livedoor.com/article/detail/8236601/


補聴器で記憶力までよくなり認知症の
リスクを下げる!


マイナビウーマン
2013年11月09日12時48分


年をとると、耳が聞こえにくくなります。
約3分の2の高齢者が聴覚障害をもつようになるそうですが、
おじいちゃんやおばあちゃんに話しかけても、聞こえていない
ので会話を辞めたりすることがありませんか?

お年寄り自身も、聞こえなくて恥ずかしい思いをしたり、
何度も聞き返して嫌がられたりすることがあるので、
人と接する事を避けるようになるようです。

聴覚障害を持つ高齢者は、障害を持たない高齢者よりも
記憶力も低いというテストの結果が出ているそうです。
そして、聴覚障害を持つ高齢者は後に認知症になる
リスクが高いのです。
これは、彼らの人とかかわる機会が減っていくからだと
推測されています。

しかし、補聴器を使ったり、聴覚が戻ったりすることが
認知症のリスクを下げるかというと、それはまだ不明解
なのです。
ただ、人とのかかわりをよく持つことが、認知症のリスクを
下げるということは分かっています。

他人と一緒にいるときは、自分以外の人の言動をよく
見たり考えたりして自分も行動をとりますよね。
それが社会性を持つと言う事です。
こうやって少しでもたくさん人とかかわりを持つ事で、
思考力がキープでき、記憶力も保てるのです。
耳が聞こえにくいことが理由で,人とのかかわりを避けて
いる高齢者が多い事を考えると、彼らに聴覚が戻ったなら、
また人と触れ合う事を始めるのではないでしょうか。
そして、それが結果的に認知症になるリスクを下げる
というわけです。
おじいちゃんおばあちゃんにはなるべくたくさん話しかけて
会話をしてあげましょうね。


参考:Hearing Aids May Iimprove Your Memory and Your Social Life
http://www.psychologytoday.com/blog/living-mild-cognitive-impairment/201311/hearing-aids-may-iimprove-your-memory-and-your-social-l


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by bunbun6610 | 2014-06-19 18:30 | コミュニケーション能力


ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

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