『ヘレン=ケラー自伝』(ヘレン=ケラー/著 今西祐行/訳)(1/5)三重苦

『ヘレン=ケラー自伝』(ヘレン=ケラー/著 今西祐行/訳)
(講談社・火の鳥伝記文庫 昭和56年11月19日 第1刷発行)




〔参考情報〕

『ヘレン・ケラーの生涯』
(社会福祉法人 東京へレン・ケラー協会)




正直、ヘレン=ケラー氏のことは、ほとんど何も
知らなかった。

盲ろう者の会でも

「盲ろう者というと、みなさんはよく、
有名なヘレン=ケラーのことを思い出すかも
しれません。
しかし、そのような恵まれた例は少ない。」

というふうに言われる。

特例的な人だというふうなのだ。

それと、ヘレンには「心の清い、聡明な人」という
イメージがある。
なぜか、障碍者というイメージがしないのだ。
それはヘレンがもともと、そういう素質のあった
人で、なおかつ、サリバン先生という、
優秀な家庭教師にも恵まれていたからだ、
と思っていた。

しかし、この本を読むと「それだけではなかった」
ということがわかる。

世の中では、あまりにもサリバン先生の功績が
有名になってしまっていないだろうか。
特に、ろう者社会からは「手話弾圧者」として
有名になってしまったベル博士(※)についての、
ヘレンの思いというのは、正反対のように
なっている。

(※)アレクサンダー=グラハム=ベル博士


ヘレンの場合、普通の盲ろう者とは育った
環境が違っていたから、そうなったのだろう。


心の清らかな障害者というのは、健常者は
深く心打たれると思うが、それは障害者に
とっても同じだ。

二十世紀の障害者で二人挙げるとすれば、
私はヘレンと、エレファントマン(ジョン・メリック
という男性らしい
)だろう。


日本人なら、金子みすゞ を選ぶかもしれない。


曲がった心を持ってしまった私には、
あの詩のように思うことはできないが、
それでも憧れることは確かだ。



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ヘレン=アダムス=ケラー年表(一部省略有り)

1880年(明治13) アラバマ州タスカンビアに生まれる。
1883年(明治15) 病気で失明、耳もきこえなくなる。(1歳)
1886年(明治20) ベル博士に会い、パーキンズ学院
を紹介される。(6歳)
1887年(明治20) アン=マンズフィールド=サリバン
先生が、家庭教師としてやってくる。(7歳)
1888年(明治21) パーキンズ学院に入学。
1890年(明治23) サラ=フラー先生に発声法を学ぶ。(10歳)
1894年(明治27) ライト=ヒューマソンろう学校に入学。(14歳)
1896年(明治29) ケンブリッジ女学校に入学。(16歳)
1900年(明治33) ラドクリフ大学に入学。(20歳)
1931年(昭和6) 第一回世界盲人大会に出席。(51歳)
1936年(昭和11) サリバン先生死去。(56歳)
1937年(昭和12) 日本にくる。各地で講演。(57歳)
1948年(昭和23) 日本にふたたびくる。(68歳)
1952年(昭和27) フランスからレジオン=ド=ヌール勲章
をおくられる。(72歳)
1955年(昭和30) 三度目の日本訪問。(75歳)
1968年(昭和43) ウェストポートの自宅で死去。(87歳)




「人生におけるまれな不幸、見えない、きこえない、
口がきけないという、三つのくるしみをせおいながら、
しかも、『わたしは幸福です。』といいきれる人も、
また、まれでしょう。
ヘレン=ケラーが『二十世紀の奇跡の人』といわれる
のもとうぜんです。」
(P217 『解説 愛とまごころの教育』〔保永貞夫〕より引用)





「そして、あのうっとうしい二月に、おそろしい病気が
やってきて、わたしの二つの目と、二つの耳を、
永遠にとざし、生まれたばかりの赤んぼうとおなじ状態
に、つきおとしていったのです。
その病気は、急性の胃と脳髄の充血だということでした。
お医者さまは、その高いねつをみて、とてもたすかる
みこみはないと、はじめからきめていました。
けれどふしぎなことに、ある朝早く、ねつはでたときと
おなじように、とつぜん、わけもなくひいてしまいました。
その朝の家族のよろこびようったらありません。
そして、だれひとり、お医者さまでさえ、わたしが一生、
見ることも、きくこともできないからだになっていようとは、
気がつかなかったのでした。
わたしはいまでも、おぼろげながら、この病気のようすを
記憶しているように思います。
目をさましさえすれば、母はいつもそこにいて、
わたしのくるしみをなぐさめようと、いろいろにして
くれました。
また、くるしいゆめうつつにも、あんなにすきだった光が、
日一日とかすんでいくのを知ったときのかなしいおどろきは、
とうてい、わすれることはできません。
それからのちは、だんだん、光も音もない世界にもなれて
しまい、かつて見聞きすることができたということも、
あのわたしの先生――サリバン先生があらわれて、
わたしのとざされたたましいをときはなってくださるまで、
すっかりわすれておりました。
けれども、わたしのしょうがいのさいしょの19か月の
あいだに心にやきつけられた、広いみどりの野、
光にみちた空、木や花のささやきは、けっしてわすれる
ことはできません。」(P15~17)


「病気がなおってしばらくのあいだのことは、
よくおぼえておりません。
ただ、いつも母のひざの上にこしかけていたことと、
母が、なにか用事で立ちあがると、その着物のすそを
つかんで、どこへでもいっしょにいったことだけは、
わすれません。
しかし、そのうちにわたしは、手さぐりで、もののかたち
やうごきを知るようになりました。
やがて、じぶんの意志を人につたえることがひつように
なり、かんたんな身ぶりであいずをするようになりました。
首をよこにふれば「ノー」、うなずけば「イエス」、
ひっぱるのが「きてちょうだい」、おすのが「いってちょうだい」
です。
パンがほしくなると、パンを切って、バターをぬるまねを
しました。
アイスクリームがほしくなると、冷凍庫をうごかす身ぶりを
しました。
これはときどき、ほかのものをつくってほしいこととまちがえ
られましたので、「つめたい」ということをしめすために、
身ぶるいをしました。
母のほうでも、わたしにいろんなことをわからせるのに、
ずいぶん苦労しましたが、やがて、母のしてほしいことは、
なんでもわかるようになりました。
母がわたしになにかとってきてほしいと思ったときは、いつもすぐに
わかって、二階へでも、台所へでも、どこへでも走っていきました。
ほんとうに母の愛のこもった知恵のおかげで、わたしの長い長い夜も、
けっしてくらいばかりではありませんでした。」(P17~18)


「わたしは、じぶんが、ほかの人とちがっていることを知りはじめたのは、
いつのころだったでしょうか。
それは、はっきりとはおぼえていませんが、サリバン先生がきてくださる
よりは以前のことでした。
母や友だちが、ほかの人とお話をするときには、わたしのように手まね
でなく、口をつかって話すのだということに気がついたのも、そのころの
ことでした。
わたしはなんども、話しあっているふたりの中にはいって、ふたりの
くちびるにさわってみました。
しかし、それがなんのことなのか、さっぱりわかりません。
わたしもいっしょうけんめい、くちびるをうごかしてみました。
もちろん、ことばになるはずがありません。
わたしはだんだん、いらいらした気持ちになり、しまいには、ふたりの
あいだでじたんだをふみ、人をけとばし、大声でわめきちらして、
あげくのはてには、その場になきくずれてしまうのでした。
そんなわたしにも、じぶんがわるいことをしたということはわかって
いたようです。
乳母のエラは、わたしがけるといたがりましたし、わたしはじぶんでも、
かんしゃくをおこしたあとは、すこしもたのしくなく、いつもかなしく
後悔しました。
かといって、かんしゃくをやめることはできませんでした。」
(P20~21)

「ほろほろちょうは、人目につかないところに巣をつくりますが、それを
さがすのが、わたしは大すきでした。
「マーサ、ほろほろちょうのたまごをさがしにいきましょうよ。」
口ではいえませんから、両手でにぎりこぶしをつくって、それを地面に
おく身ぶりをします。
それは、草むらにあるまるいもの、つまりたまごのことなのです。
マーサは、いつもすぐにわかってくれました。
たまごが見つかったときのうれしさったらありません。」(P24)


「わたしはかっとなって、ゆりかごにとびつくなり、それをひっくりかえして
しまいました。
運よく母がそれを見ていて、おちかける赤んぼうをだきとめてくれました
からよかったものの、もしそうでなかったら、妹は死んでいたかもしれません。
このように、目と耳をうばわれていたわたしは、やさしいことばや、なんでも
ないちょっとしたしぐさからしぜんに生まれてくる愛情というものを、ほとんど
知ることができなかったのです。
けれども、のちになって、ことばというものをあたえられてからは、たとえ、
妹がわたしのゆびで話すことばを理解しなくても、わたしもまた、妹の
かたことがわからなくても、ふたりはいつも手をつなぎ、どこへでもいっしょに
でかけるようになりました。」(P35~36)


「しかし、年とともにわたしは、だんだん、じぶんの思うことを、もっとたくさん
人につたえたいとねがうようになっていきました。
わずかなわたしの手まねや身ぶりでは、じゅうぶんにわかってもらえない
ことがふえてきたのです。
わたしはもどかしくて、すぐにかんしゃくをおこしてしまいました。
これほどなさけない気持ちはありませんでした。
それは、なにか目に見えない力が、わたしをじっとおさえているような、
いたたまれない気持ちです。
わたしはその力をはらいのけようと、必死にもがきました。
そんなとき、母がそばにいてくれると、わたしは母の両うでの中で、
力いっぱいあばれ、しまいには力つきて、なきくずれてしまうのです。
そのときのみじめな気もちったらありません。
そんなかんしゃくを、毎日毎日、毎時間毎時間おこしつづけるように
なりました。
父も母も、これにはほとほとこまりぬいたようでした。
しかし、わたしたちのすむ近くには、盲学校も、ろう学校もありません。
かといって、タスカンビアのような、こんなへんぴなところへ、耳がきこえ
なくて目が見えない子を教えにきてくれるものずきな人も、見つかりそう
にありませんでした。
それに、だいいち、かんしゃくをおこしたがさいご、まるでけもののように
あばれまわるわたしを、はたして教えることができるかどうか、友だちや
親類のものは、それを心配していました。」(P36~37)


「この大きなビーズをひきぬいて、それをおばにさしだしました。
「これを人形にぬいつけてちょうだい」
わたしはおばに、いっしょうけんめいあいずをしました。
おばははじめ、わたしがなにをしてくれといっているのか、ちょっとわから
ないようすでしたが、
「わかったわ。このビーズを、お人形さんの目にしてほしいというのね。」
というように、わたしの手をとって、目にあててくれました。
わたしは、「そうだ、そうだ。」と、いっしょうけんめいにうなずいてみせました。」
(P40)



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by bunbun6610 | 2014-05-01 20:00 | 聴覚障害


ある聴覚障害者から見た世界


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