佐村河内氏問題 - 手話通訳を悪用した犯罪の可能性

副題;『佐村河内氏は手話通訳を犯罪に利用しているのか?』


「佐村河内氏が聞こえていたことは、
本当は手話通訳者も知っていたんじゃないの?」

という疑いが、手話通訳者にかけられている。
これでは、まるで

「手話通訳者も悪い」

と言っているかのようだ。


はじめは、佐村河内氏が耳の聞こえに不自由を感じている
(軽度の難聴)、という点については、正直、それほど疑問
には思わなかった。

大体、30~40才ぐらいにもなれば、その程度の難聴に
なる人は、わりといるからである。

それよりも分からないのは、その程度の難聴で、なぜ彼は
手話通訳を利用するようになったのか、という点だ。

昔、手話のテレビドラマの影響で、軽度難聴者でも手話を
習いたい、という人は急増した。
けれども、実際にやってみて、習得できた人というのは、
実は本当に少ないのだ。

まして、手話通訳が分かるレベルになるには、普通、
ただ手話講習会だけに通っていれば覚えられる、
というような生易しいものではない。

読み取れるようになるには、たくさんのろう者と接し、
読み取り練習をする必要がある。

ところが、彼の手話を見ると、不思議なことに、ろう者の影響を
受けていないことがわかる。
手話を見れば、その人がどんな社会に属していたか、わかる。
すなわち、手話は履歴書と同じと考えてもいい。

一般に、健聴者社会の中で生きている難聴者は、
その練習の機会が少なく、したがって手話の上達も遅い人が多い。

ところが、佐村河内氏が書いた自伝によれば


「・・・集中して勉強した私は、
4ヵ月間で手話をマスターすることができたのです。
仲間から

「あなたの手話習得は異例の早さ」

とほめられましたが、特別な感情は湧きませんでした。
何しろ私にとって手話習得は、背に腹はかえられぬ
切実な問題だったのですから。」



(当ブログ

『『交響曲第一番』(佐村河内守/著) 6/11』
〔2014-02-06 18:30〕


より。)



とある。
それほどならば、手話表現も確かなもの、天才的な
ところがあるのだろうと思っていた。

ところが、3月7日の謝罪会見で披露した彼の手話を
見ると、がっかりするものだった。

素人でも一週間も練習すれば、誰だってできるような
レベルだったからだ。

あれでは当然

「手話通訳は分かるの?(読み取れるの?)」

という疑問が出るだろう。

それでは

「なぜ、彼は手話通訳を利用しているのか?」

という疑問まで、当然出てくる。

4カ月でマスターなんて、よほどの天才的な人で
なければ、ありえない。
もし本当に天才的だったならば、
記者会見であんなに下手になるわけがない。

本当は「4カ月で挫折した」のではないだろうか。
手話講習会運営部で調べればわかることだ。

ここがウソだとするならば、ウソをついた理由はある。
自らを「全聾の作曲家」と宣伝するためには、
一つはゴーストライターを利用し、
そしてもう一つは手話通訳を利用するという手段を
思いついたのだろう。
彼が聾者を演じることはできない。
だから彼は、手話通訳者を利用したのだ。
手話通訳者が自分のそばにいれば、他人は信用すると
思ったのだろう。
事実、NHKやマスコミの疑いの目さえもごまかす、
カムフラージュ効果があったのだから。
あの自伝も、事実の部分もあるだろうが、肝心な部分は、
事実を曲げたデタラメだろう。

普通は最低2年間の地域手話講習会がある。
途中の一年半後に試験があり、それをパスした
受講生のみが、やっと手話通訳奉仕員になるための
勉強ができるのでる。
その試験のなかに当然、読み取りの力も試される。
佐村河内氏の場合、これもパスしていない、
ということになる。

手話は、表現よりも読み取りのほうが、
ずっと難しいと言われているのだ。
だから、彼の手話表現力を見たら、
読み取り力のほうはどの程度なのか、
わかってしまうと思う。

それともう一つ、聞こえるということは、
その耳である程度は日本語を聞いているということだ。
同時に手話通訳も読み取り、
それを頭の中で訳すことが、彼にできるのだろうか?
この方法で聞こえの不自由さを補おうとしても、
頭の中で混乱しやすいのではないか、と思う。
普通はどちらかに集中すると思う。
軽度の難聴ならば補聴器をして、聴くことに集中する人が
圧倒的に多い、と思う。


ところで、これまでにも手話を利用した犯罪はあった。
健聴者が手話でろう者に話しかけて信用させ、
お金を騙し取ったとか、ろう者が手話でろう者を脅したり、
といった事件だった。

しかし、佐村河内氏にかかる疑惑というのは、彼が謝罪
会見で手話を使って見せて聴覚障害者だと偽ったり、
無知な世間から聴覚障害者としての同情を誘っている
のではないか、という点があるだろう。

そして、もう一つは、手話通訳を利用して、彼が聴覚障害者
だと思わせたり、全聾だと見せかけていた、ということだ。

それで世間を騙し、大儲けした。
今さら、騙されていたことに気づいたところで、
彼に支払われた金は、もう取り返せない。
それだけでなく、作品の著作権まで、彼が主張している。

彼の名誉毀損を主張する根本理由としても、
聴覚障害を利用するのが好都合という状況に、
はまってしまっているのである。

この疑いがある限り、謝罪会見前の聴力再検査の結果も、
本当なのかどうか、疑わしくなってきた。

障害年金も、どうせ出ないのだから、もう障害者手帳
なんか返せばいい、と思ったのかもしれない。
彼にとって、障害者手帳の役目はすでに終わったのだ。
だから今はとにかく手帳を返すことで、騒動の沈静化を
狙ったのかもしれない。

では、なぜ、軽度難聴のレベルにした(?)のだろうか。
それがウソだとしても、それに理由はあるのか?
それとも、軽度難聴は本当なのだろうか?

いや、これも偽りの可能性も出てきたな、と私は思う。
理由は、彼に手話通訳が読み取れるとは思えないからだ。
それなのに、あの謝罪会見では、大きな問題は見られなかった。

だからこそ

「本当は聞こえていて、手話通訳がわからなくても
理解できていたのではないだろうか?」

(手話通訳者は、彼の策略に利用されていただけ)

という疑問が出るのだ。

皆さんは、どう思いますか?


もし聴覚に何も障害がない診断だったら、彼はもう、手話通訳を
利用できなくなる。
しかし、彼の心の中に、手話通訳を利用した、ある謀略がある
のだとすれば、やはり手話通訳が利用できなくなったら困るのだ。


彼は自伝に、こう書いている。


「すぐに私は手話サークルの副会長に連絡をとり、派遣手話通訳士の
制度について相談したところ、

「派遣の手話通訳士を使うには、身体障害者手帳が必要」

という回答をもらいました。
その言葉で私はとても暗い気持ちになりました。

結局、この取材も手話通訳士なしで行い、先方に苦労をかける
申し訳ないものとなってしまったのです。
このあたりから、障害者手帳の交付申請を真剣に考えるように
なっていきました。」



「これまでかたくなに拒み続けた心まで捨て、認定を受けた理由は
手話通訳士の派遣を受けたい、というその一点のみでした。」



このウラを読むと、全聾を演じるためには、社会的認知度が
高い手話通訳がどうしても必要、そのために障害者手帳が
必要だと、彼は思っていたのだろう。

しかし、後になって、手話通訳の利用条件は、必ずしも手帳を
持つ聴覚障害者に限らないということを知らされた。


「交付当日、私が区役所に到着すると、そこには恐縮しきった表情の
副会長が待ちかまえており、いいにくそうにこう伝えました。

「ごめんなさい。
私のリサーチミスでした。
障害者手帳がなくても手話通訳士の派遣は受けられるのだそうです。
あんなに手帳の交付を嫌がっていたあなたに・・・。
本当にごめんなさい」



それで、今は障害者手帳なんか、もう手放しても構わないんだ、
と思っているだろう。

彼は、本当は聴覚障害者ではないから、障害者手帳は素直に返した。

謝罪会見で、彼は確かに

「(会見で)手話通訳がついているのは、天地神明に誓って、
今も大切で必要な存在です」


とは言っている。
しかし、本当は彼の目的実現のため、社会を騙すカードとして、
まだ手話通訳者は重要な存在だと思っているのではないか。

そうすると、彼は

「自分の手話は別に下手でも構わない、肝心なのは
自己防衛手段として手話通訳を利用しているだけであり、
さらに彼の目的達成のため、手話通訳を使って、
社会を騙していた」

という疑惑が浮上する。

その目的のひとつには

「聴覚障害のある者として精神的苦痛を受けた」

などと主張し、新垣氏などから損害賠償金を請求する、
ということもあるのではないか、と思う。
大物弁護士を2名も雇って訴訟体制を整えている、あの調子だと、
世間への謝罪はもう終わりだろう。

彼に手話の読み取り試験をやらせたら、その実力が分かるし、
もしひどいものであったなら

「実は謝罪会見でも手話通訳は分からなかった」

ことになる。
つまり

「本当は耳が聞こえていたのであり、手話通訳は必要
なかった」

という証明になる。
そうなると、手話通訳者も利用されていただけ、ということになる。


佐村河内氏事件の場合は、手話通訳を利用して社会を騙した
犯罪だとすれば、これは聴覚障害者団体も手話通訳者の団体も、
黙っていられないのではないだろうか。

手話通訳者には守秘義務があり、佐村河内氏の聞こえの具合や、
手話通訳の読み取りレベルについても、マスコミなど外部の人に、
一切話すことはしない、と思う。
そもそも、手話通訳者は通訳を行うだけ、そのために利用者の
影として存在する。

しかし、通訳時間はずっと彼に密着しているのだし、
今までに多くの聴覚障害者と接してきた経験があるのだから、
彼が聴覚障害者かどうかは、ある程度判断できる能力はあった
と思う。
それでも、守秘義務の理由で、言えないのが原則だろうと思うが。

郵便の「通信の秘密」と同じように、たとえ警察に聞かれても、
話すことはできないのかもしれない。
そうすると、そこを犯罪にうまく利用されてしまいかねない。

聴覚障害者も、手話通訳者も、この問題はもう、無関心では
いられないだろう。

NHKだって、プロの手話通訳者に聞いたほうが確実だと思って、
それだけを信用してしまったのだろう。
だが、手話通訳者には言っていいことと、言ってはいけないことが
あることを、NHKスタッフは知らなかった。
そこに、スタッフの油断、落ち度が生じたのだ。

それと、あれだけの多くの人に

「聞こえているのではないか」

と疑われていたのだから、佐村河内氏の奥さんが気がつかない
はずはない、と思う。
ということは、やっぱりあれは夫婦共犯の可能性が濃厚だと思う。

あの新聞社に送った謝罪文も、そして謝罪会見も、まだまだ我々
に気がつかないウソがひそんでいそうだ。


佐村河内氏にかかる疑いを、もう一度、簡単に整理して書こう。


(1)本当に聞き取りづらい場合があるので、手話通訳を利用していたのか?

 a.手話通訳は本当に読み取れる。(正当)

b.本当は手話通訳は読み取れない。(悪用)


(2)手話通訳を悪用して、周囲の人に「全聾」と思わせたのか?

 a.本当に、一時的な全聾状態だったので手帳二級になった。(正当だった)
手話を真剣に勉強したこと、手話通訳が必要だったことも本当だった。

b.手帳二級は虚偽申告だった。(不正取得)
手話通訳を悪用して“全聾の作曲家”をつくった。
手話は、実際にはほとんどできない。


(3)もし、本当は手話通訳を読み取るのが苦手でも、
手話通訳者の口型を重点的に見て、読み取っていたのかも
しれない。
口型をハッキリと、そしてなるべく口型を多くしてもらうことを
手話通訳者に要望していたのかもしれない。


ついでに、佐村河内氏が障害者手帳二級の認定を受けたときの
診断結果も、自伝に載っている。


「2002年の年明け早々、私はついに身体障害者手帳の交付を
受けました。
前年の暮れ、私は手帳の交付を受けるべく、手話サークルの
副会長と全聾の友人に付き添われ、地方自治体が指定する
医療検査機関で聴覚障害の認定検査を受けていたのです。
詳しい検査の結果が医師より伝えられました。

感音性難聴による両耳全聾、身体障害者等級第一種二級
(聴覚障害では最高等級)、両耳鼓膜欠落(りょうじ・こまく・けつらく)。」




>「両耳鼓膜欠落(りょうじ・こまく・けつらく)」

って、治ってしまう例もあるのだろうか?


〔参考情報〕

『鼓膜形成術(治療)をすべきか悩んでます』


これが自然に治って、なぜ今度は原因不明の
感音性難聴になるのだろうか?
それとも、医師の誤診だったのだろうか?
それとも、自伝に書いたこれも、デタラメか?

もし本当ならば、障害者手帳の「障害名」に

「両耳鼓膜欠落による聴力レベル 右××dB 左××dB」

と書いてあるのだろうが、そんな障害名は、
私は一度も見たことがない。
珍しいのではないか?


今さらだが、あまりにも疑問だらけに思う。

私も昔、厚生労働省の人から

「二級の人が良くなるということはない」

と聞いていたのだから。

佐村河内氏のペテン師劇場は、まだまだ続きそうだ。



なお、本日付で、「佐村河内守」タグの付いた2月投稿記事を
公開することにした。
特に、彼の自伝には、多くのウソがあるらしいので、読み方には
注意したい。

私も騙されて読んでいたが、問題発覚前に読み感想を書いて
いたので、変えずに、そのままにしている。


〔3月20日、題名及び本文に加筆修正させていただきました〕




【追記(3月22日)】


『佐村河内が耳が聞こえることを証明する決定的な証拠が見つかる!【動画アリ】』
〔2014年2月7日〕

http://jacklog.doorblog.jp/archives/36921093.html


この状況には、手話通訳者もいる。
ということは手話通訳者も、佐村河内氏が聞こえていた
ことを知っていたと思う。

この状況では、手話通訳者は必要なかった?
佐村河内氏は

「手話通訳者が必要だから手話通訳者を派遣した
のではなかった」

可能性もある。


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【追記(3月26日)】

http://www.excite.co.jp/News/society_g/20140325/Asagei_21472.html



佐村河内守 作曲を担当した映画
DVD出荷停止で監督が怒りの告白


アサ芸プラス 2014年3月25日 09時56分
(2014年3月26日 22時09分 更新)


「聴覚障害は本当」「新垣氏はウソつきだ」。
イメチェンして謝罪会見するどころか、耳が聞こえていると指摘されるや、
まさかの逆ギレを演じた稀代のペテン師・佐村河内守氏(50)。
幕引きどころかゴースト騒動の余波は広がる一方で、映画音楽を担当した
作品のDVDは出荷中止の憂き目に‥‥。

 芸能レポーターの城下尊之氏が茶番会見の舞台裏を明かす。

「あの会見でわかったのは、ロンゲとヒゲとサングラスの『三種の神器』
を取ると、何のオーラもないただのおっさんだったということだけ。
前列には手話通訳者がいたんですが、佐村河内氏が何度も手話を
見ないで質疑に答えようとするので、『こっちを見てくれ』と慌てて手を
振って合図を送っていました。
つまり、佐村河内氏は手話通訳など、ろくすっぽ見ていなかったという
ことです」

 まさに噴飯モノの会見を受け、ツイッターで沈痛の思いを表明したのが
作家の新津きよみ氏だった。

〈ゴーストライター騒動で大勢の人間が関わった映画『桜、ふたたびの
加奈子』が葬られつつあります。
佐村河内氏(新垣氏)が音楽を担当しているからです。
原作者として心が痛みます〉

 この映画は、広末涼子の主演作として昨年春に公開され、12月には
DVD化された。
しかし、その後、このゴースト騒動を受け2月に出荷停止となったのだ。

 同映画のプロデューサーが、困惑した様子で説明する。
「出荷停止は商品に、佐村河内氏の虚偽のプロフィールや作曲過程に
触れる特典映像やブックレットが同梱されているためで、再出荷のため
には製造をやり直す必要も考えられる」

 みずからの作品が世に出回らなくなるという迷惑極まりない事態に、
同作監督の栗村実氏を直撃すると、

「私が佐村河内氏と知り合ったのは14年前のことです。
作曲家として映画『秋桜』の音楽を手がけたということで関係者から
紹介されました。
つきあいも長かったのに、愕然として非常に残念に思っています」

 当時の佐村河内氏の様子については、こう述懐する。

「私が知り合った2000年から01年の間は補聴器を付けておりましたが、
言葉で普通に会話していました。
それがその翌年になると、まったく聞こえないということになり、口話、
またはわからない時には文章で会話するように変わりました。
最近では手話通訳などを介するようになりましたが、普通に考えて
耳が聞こえないという人を疑う人はいないのでは‥‥」

 今後のDVDの再出荷については、語気を強めてこう続ける。

「音楽を作られた方がどうしたいかということでクレジット表記をするだけ
なので、それは代理人の方に決めてもらうしかない。
私としては少なくとも曲を差し替えることは考えていません。
そのためにはどういう処理をしたらいいかを考えていくことになる。
私の知るかぎり、あの会見の前に連絡は一切なかった。
関係していた人に先に連絡がなかったことは非常に残念に思っています」

 会見では「新垣氏を名誉毀損で訴える」と最後までクダをまいた佐村河内氏
だが、「迷走の第2幕」が始まるのか。
はたして‥‥。



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http://www.iza.ne.jp/kiji/entertainments/news/140307/ent14030714410045-n1.html


佐村河内さん謝罪会見(12完)
NHKをだました過剰演出
 手話でメッセージを、と言われ…


2014.3.7 14:40


〈会見は既に2時間を超え、佐村河内さんにも疲労の色が見える〉

 --テレビ番組の中で具体的に作曲のプロセスを説明しているが、
あのストーリーは誰が作ったのか


 「テレビについては、私の指示がすごく多かったということはなかった。
過剰な演出です、すみません」

 --NHKの人との間で演出が過剰になったのか

 「あの、質問から少しそれるかもしれないけれども、何もかも、
すべての責任は私にある。
NHKの方がたいへんな思いをしている。
すべて僕のせい。
(ディレクターとは)6年間の友情があって、
事件発覚後も彼はやさしい言葉をかけてくれたが、
『自分のひどさを知れ』という言葉が最後のやりとりだった」

 --しっかり説明をした方がいいのでは

 「Nスペでゴーストライターの関係を知っている人はいない」

 --知っているかではなく、演出の部分のことです

 「明らかに私がディレクターたちをだました過剰な演出です。
アイデアとしてのこと。
それが精一杯でした、私には」

 --完成した番組を見て、どう思ったか

 「特に感情的に歓喜するような番組とは思いませんでした。
それはディレクターも望んでいた。
自然にいきましょうとやっていた」

 --真実をできるだけ証明した方がいいのではないか。
(この会見で)手話よりも先に答えるという疑問が生じている。
手話ができるのか。
手話でメッセージを


 〈佐村河内さんは立ち上がり、手話を始める。
フラッシュがまぶしく光る〉

 「(座って)終わりたいと思います。申し訳ありません」

 〈立ち上がった佐村河内さんは、何度も向きを変えて深く
おじぎをしてから、会見場を退出した〉

 =おわり


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【有川浩のエンタメあれこれ】
『聴覚障害者の「努力」踏みにじった「自称・全聾作曲家」の大罪、恥じよ』
〔2014.5.3 12:00 (1/2ページ)〕
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/140503/wlf14050312000004-n1.htm
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by bunbun6610 | 2014-03-18 21:26 | 難聴・中途失聴

ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610