蒼穹 -そうきゅう-


ある聴覚障害者から見た世界
by bunbun6610

手話は誰のためのもの?

日本の手話通訳に、多大な貢献をされた、そのお一人の中に、
故市川恵美子氏がおられる。

市川氏が中途失聴・難聴者協会の特別講演で、
手話通訳の体験談を話して下さった時のことである。

そのお話の中で、実はまだ手話は勉強中にもかかわらず、
手話通訳の派遣依頼をしていた難聴者がいた、という。

気づいた市川氏は、なぜ手話通訳を利用するのかと、
その難聴者に尋ねてみた。

その難聴者は

「もっともっと、手話を勉強したい。
そして、自分も手話ができるようになりたい。
だから、お願いします」

というふうに答えたそうだ。

市川氏はそれを聞いて、察したようだ。

健聴者のための手話学習の場はたくさんあるのに、
難聴者が手話学習を続けられるような場というのは、
無いといってもいいくらい少ないのだ。
その事情を理解してのことだったろう。

けれども、この話を聞いたら、ろう者は怒るのでは
ないだろうか。
手話通訳者が足りないところだって、まだまだ多い。
その貴重な手話通訳者が、難聴者のそんな目的の
ために減ってしまったら、迷惑だろう。
だから、そういうことはやはりよくない、と私は思う。

ハローワークでも、手話通訳者派遣の時間内ならば、
手話通訳者がいる。
けれども、その人の手が空いている時でも、
ハローワーク担当者は、私には手話通訳をつけない。
理由は、私がしゃべれるからだろう。

手話で話すろう者には、手話通訳が絶対必要である。
そのため、ハローワークとしても、ろう者が急に来所された
場合に備えて、手話通訳者を待機させておくのだろう。

ハローワーク担当者は、手話はできないが、代わりに
筆談をしてくれるので、それで十分だ。

だが、こんな状況では、いつまでたっても難聴者や
中途失聴者は、手話ができるようにはならないだろう。

これは、今、議論になっている手話言語法でも言えるだろう。
手話に関する権利が、ろう者のためでしかないのならば、
ろう者と、それ以外の聴覚障害者とを差別している、
という見方にもなるのではないだろうか。

そういえば、佐村河内氏も3月7日の謝罪会見で、
手話通訳をお願いしていた。
彼もそうだったのだろうか? と思ったりする。

軽度難聴者で手話通訳を利用するというのは、
実は珍しいケースのようだ。
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by bunbun6610 | 2014-03-15 19:30 | 手話言語法
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