蒼穹 -そうきゅう-


ある聴覚障害者から見た世界
by bunbun6610

「障害のグレー・ゾーン」の犠牲者 - 軽・中度難聴者にも理解と配慮を

「障害のグレー・ゾーン」の犠牲者 - 軽・中度難聴者にも理解と配慮を

- 佐村河内氏謝罪会見(3月7日)に関する情報を見て、思ったこと -



このタイミングで、こういった記事を伝えるのは、
とても勇気がいる。
当然に誤解も多くなることだろうから、
初めに言わなくてはならないことがある。

これは、佐村河内氏個人を擁護するために書いたのではない。
障害があるにもかかわらず、障害者とは認められない、
さらに何の支援もないで、健聴者社会のなかで生きている、
軽・中度難聴者が、佐村河内氏の起こした事件で、
厳しい目で見られているのではないか、と思う。

それはろう者や中途失聴者、そして佐村河内氏のために
手話通訳をしていた通訳者にも、いろいろな疑いの目を
向けられているのではないだろうか。

くり返して言うが、私は佐村河内氏を擁護するつもりで、
この記事を書いたのではない。
けれども、彼もやはり、軽度難聴者であり、同じように
苦しんできたということは、間違いないだろうと思う。
その点は理解したい。

「健聴者」ではない―。
かといって「聴覚障害者」でもない、このグレー・ゾーンに
放置された軽・中度難聴者は、実は耳のことだけでなく、
就労問題や心理問題、人間関係の問題など、多くの困難に
直面し深刻に悩んでいると言える。
そうした幾つかを、このブログでも述べてきた。

この大きな精神的苦痛は、社会にはまだ知られざるものであり、
健聴者も、また同じ聴覚障害者であるはずのろう者でさえも、
あまりにも知らない。
それを本当に理解しているのは、同障者だけだろうと思う。

軽・中度難聴者の場合は、障害のことを健聴者に言っても

「大したことはない」

と言われ、何も配慮がない場合がほとんどだ。
本当に聞こえない、あるいは聞き取れないことがあるのに、
それを正直に言うと、

「ちゃんと聞け!」

とか

「ウソつけ!」

などと言われるのが常である。

障害があるにもかかわらず

「自分も聴覚に障害がある」

とは言えない、その苦しみときたら・・・。
言ったところで、信用されなかったり、

「その程度で甘えるな!」

などと思われたりする。

困るようなことがあっても、

「もう言ってもしようがないから」

「自分さえ我慢すれば・・・」

と、諦めてしまう人が、軽・中度難聴者のなかには、
圧倒的に多い。

あるいは、そんな多くの経験をするうちに、
もう障害を隠すことを思いついたりする。
そして、いつのまにか、その仮面に慣れてしまう。

次第に、その仮面を外すことも、もう難しくなっていく。
彼らの多くが、手話を覚えることが困難なのも、
その仮面を自ら外せないからだろう。
仮面芝居を演じなければならない、そのことが、
手話の獲得には邪魔になるのだ。

そして、彼らは、聴覚障害者としてでなく、
「何もかも曖昧な難聴者」として生きるしか、
他に道はなくなる。

それが運命というものだろう。

どれもこれも、正常とは思えない。

理解のない社会が、彼らの心を蝕んでいるのではないだろうか。

そうしたことにも、健聴者はもっと気づいてほしい。
そして、彼らがそうせざるをえなかった背景についても、
よく考えてみてほしい。
本当に社会は今のままでよいのだろうか、
と自問自答してみてほしい。

日本も国連・障害者権利条約を批准した以上、
誰にでも、その責任があるはずだ。
この条約は、障害者のためだけのものではない。
それをわかっていないのは、むしろ健常者のほうなのだ。


身体障害者手帳を持たない難聴者の数は、
実はかなりいるそうだ。
その人たちの何割かが、自殺や就労困難、生活保護受給生活、
ひきこもり、うつ病になっているとしたら、それは大きな
社会的損失ではないだろうか。


また、聴覚障害そのものについても、社会からはあまりにも
軽く見られすぎているように思う。

私の聴覚障害についての診断書にも

「聴覚によるコミュニケーションが不可能である以外は、
日常生活、労働に支障はない」

と医師は書いている。

聴覚障害者の能力を総合的に評価したとき、肉体労働
などをする上では、聴覚障害があるからといっても、
何の問題もないことは確かである。

しかし、実際に働くところを探す場合になると、
どこも雇おうとしなかったりする。
あるいは、就労後の聴覚障害者問題についてとなると、
もっと大変な問題がある。
にもかかわらず、これにはもう、全く触れていない意見
なのである。

そうすると、次の2つの疑問が生ずる。

(1)本来、聴覚障害についての診断書であるにもかかわらず、
なぜ身体能力面での評価になってしまっているのか?
 聴覚障害についての診断に、他の能力で差引きするのが
妥当なのだろうか?


(2)聴覚障害が人間生活全般で、いかに大きなものなのかを、
医者は理解していないのではないか?
このような診断書に基づく福祉行政しかなされないというので
あれば、社会は難聴者問題を解決できないだろう。
聴覚障害というものを、もっと多面的に考えることはできない
のだろうか。




(※)障害のグレー・ゾーンがあるのは、軽・中度難聴障害だけではない。
他のいろいろな障害にもある。
つまりこの問題は、広く考えれば、聴覚障害者だけの問題ではない、と思う。






〔参考情報〕


『難聴者コミュニケーションの諸問題』(入谷仙介)




東京大学 バリアフリー支援室
『聴覚障害について、知っておいていただきたいこと』




けあサポ
『難聴の人とのコミュニケーション』
〔2011年10月11日 09:10〕





『聴覚障害・加齢等による難聴に対する理解
―コミュニケーションに関する一般生活者の知識・意識と対応―』
(水野映子)





nanapi(ナナピ)
『難聴者とスムーズにコミュニケーションする方法』

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by bunbun6610 | 2014-03-15 19:00 | 難聴・中途失聴
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