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蒼穹 -そうきゅう-

しゃべれる聴覚障害者がいる理由

やっぱり、

「健聴者はすぐ忘れる」

ものです。

健聴者と同じようにしゃべれる私を見た、
ある健聴者はこう話しました。

健聴者;「あなたは耳が聞こえないのに、どうしてしゃべれるの?」


私;「私はろう者ではありません。
言葉を聞いたことがないろう者には、聞いたことがない言葉を
しゃべるのは難しい。
だからしゃべれない人がいますが、私は以前は難聴だったのです」

すると、健聴者は

「あなたは“元健聴者”だったから、
我々健聴者にも理解しやすく話せるんだ。(※1)
けれどもろう者であるAさんは、生まれつき聞こえないから、
あなたのようにはしゃべれないんだ」



(※1)
(実際は私は「元健聴者」ではなく、おそらく先天性の
聴覚障害者です)



「難聴者=健聴者≠ろう者」?

本当にそうだと言い切れるのだろうか。

健聴者はちょっとでも理解したつもりになると、
早トチリしてしまう。
そのほうが、複雑で難解な聴覚障害への理解も早くなる
からいい、と思っているらしい。

聴覚障害者でもしゃべれるからと言って、
その聴覚障害者は「元健聴者」と決めつけるのは、
必ずしも正しい理解とは言えないと思います。

私ならば、それでは大ざっぱ過ぎる理解で困る、と思う。
健聴者がこのように言い広めていると、
聴覚障害や聴覚障害者についての誤解を、
ますます大きくしてしまうだろう。
だから、こういうことは健聴者が簡単に言ってしまっては、
困るのです。

しゃべれるかどうか、またそれがどの程度になるのかは、
その聴覚障害者のおかれた環境により、大きく違う。

日本手話が堪能なろう者のなかにでさえ、

「3歳まで聞こえていれば、しゃべれる」

と自信満々に言う人もいます。

しかし、なかには小学生低学年で失聴したろう者でも、
あまりしゃべれない人もいます。
そういう人が書く日本語文章も、
少しおかしくなっている場合もあります。(※2)


(※2)〔参考情報〕

『教科指導と日本語 -日本語指導が必要な聴覚障害生徒のために-』
〔河野美沙子〕




ところが逆に、3歳くらいで失聴してしまった聴覚障害者でも、
しゃべれる人は日本語文章まで上手な人もいるものです。

やはり聴覚障害者には、いろいろな人がいます。

これは一体、何を意味するものだろうか。
それを知ることは、健聴者にとっても、大変意味のあること
だと思うのです。
しかし、誰もそれを知ろうとはしません。
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by bunbun6610 | 2014-01-28 18:30 | 聴覚障害