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蒼穹 -そうきゅう-

聴覚障害者の音声情報解読能力 ―私の場合

副題;『「耳が聴こえることと、聴覚障害者の音声解読能力は違う」
-その秘密について』


〔関連記事〕

『聴覚障害者の会話予測能力』
〔2013-12-10 18:00〕




私の悩むことですが、よく健聴者から

「本当は聴こえているんでしょ?」

とか

「聴こえないのに、なぜわかるの?」

と言われ(疑われ)たりします。
その理由というか、先天性聴覚障害者が持つ
特殊な能力について話します。

音声解読能力を使えば、聞こえるのとは違いますが、
相手が話している内容はわかるのです。

これは、別に不思議な能力ではないと思います。
聞こえる人は使う必要もない能力だから使わないのかも
しれませんが、聴覚障害者には健聴者社会の中で
生きていくために必要だから、聴覚障害者は使うだけ、
のことだと思います。

目の見えない人が、聞こえてくる音や、微妙な振動や、
空気の流れなどで、自分の周囲の状態を予測するように、
聴覚障害者も、そのような能力があるだけのことだと思います。

感音性難聴、また補聴器によって曖昧にしか聞き取れない
言葉でも、イメージ力、言葉の記憶(頭脳に言葉の辞書、
引き出しがある)、視覚情報も併用して、理解しているのです。
普段から複合的に用いている点が、健聴者とは違うかも
しれません。

しかし、健聴者だって講演会でパワーポイントで見て、
よりわかりやすく理解しようとする場合があるでしょう。
聴覚障害者は、経験してきたことを、全て頭の中でしている
のです。

聴覚障害者のなかには、文章が苦手な人もいますが、
全く反対に文章読解力に優れた人もいます。


『手話 ここが知りたい 学びたい』
(長谷川達也/著 全国手話通訳問題研究会/発行)



http://www17.ocn.ne.jp/~ibatuken/newpage7-15.html

という本があります。


これは手話通訳者になるコツが書いてあるような本
ですが、聴覚障害者が健聴者よりも優れた能力を、
何らかを持っていることを知ることができる本でもある
と思うのです。

プレゼンテーションのテクニックでも言われているかもしれない、
と思うのですが、これはいわゆる音声情報の「見える」化
(視覚化)といってもいい、と思います。

方法は人により様々なのですが、聴覚障害者は皆、
これをやっているはずです。

聴こえないのだから、音声情報を理解するうえで、
目の前にある何らかの視覚情報を片っ端から、
現実にどんな音声情報が出ているのかをイメージ化します。
それが、聴覚障害者によって様々な手法を用いている、
ということです。

私の場合は、音速のスピードで、全て自分の頭の中で
(自分のイメージ上の)音声化してしまいます。
作曲家・佐村河内守さんが譜面を精確に音声イメージ化してまう
のと同じように、視覚情報から音声情報を再現させています。
これは、音を聞いた記憶がある聴覚障害者だけが
持つイメージ力だと思います。

佐村河内さんの絶対音感が優れているように、
中途失聴者や難聴者の場合は、音の記憶を最大限に
使っているというわけです。
だから、音声情報に関する推測力が非常によく働くのです。

あるいは、自分の頭の中に字幕が出ている、
と思ってもいいでしょう。
(本当の音はわからないのですから)
洋画を観ているときに見える、
あの字幕と同じようなものです。
それは勿論、自分の推測力で勝手につくってしまっています。
(そうしなければ、コミュニケーションができないわけですから)

擬音語も擬声語も、自分のイメージ力で、
何でも頭の中で、勝手に再現・再生してしまいます。
勿論、過去に音を聴いてきた経験に基づいて、です。
これは、音を聴いたことがない、あるいは音を忘れたりして
しまった聴覚障害者にはできないと思います。


自動車が走っているのが見えたらその音を、
誰かが話しているのを見たらその声を勝手に、
とにかく想像してみます。
そして、自分はすぐにそれに対する反応をします。

健聴者に聴こえたフリをしてごまかす「うなずき障害」も、
この能力がなす業なのです。

もし、その能力がないと、車が自分に近づいていると
思ったら、すぐに動かないと身の安全にかかわることです。
だから、これだって聴覚障害者からすれば当たり前の
ことなのです。

実際には聴こえなくても、です。
だから健聴者にはその様子を見ると、
あたかも私が聴こえているように見えるのだそうです。
反応が、聴こえている人とほとんど同じなのだそうです。

音のことに関しては、私はほとんど、自分の想像力から
作り出す世界で生きているようなものです。

これはおそらく、過去に音の世界を知っていた
聴覚障害者だけになせる業だと思います。
私はそれを

「音の記憶」

と呼んでいます。

ただし、繰り返しますが、音の記憶がある聴覚障害者と、
そうでない聴覚障害者とがいることも事実です。

逆に音の世界を知らないで生まれ育った聴覚障害者
(ろう者とか)は、“音のマナー”など全く気にしない人も
いるそうです。

びっくりするかもしれませんが、ろう者が手話で
しゃべっていても、私の場合は、
その話を擬似音声化してしまいます。
笑っちゃうでしょう。
ろう者のように、手話で理解するのではないのです。

勿論、そのろう者は声を出していませんが、
自分で勝手に声を想像し、セリフを作ってしまいます。
手話を見て、音声言語に変換しているのです。
ニュアンスなども自分のイメージ力で
音声化しています。

テレビでもタレントの、はるな愛さんは女性だと
思っていて

「さぞ可愛い声をしているんだろうな」

と思っていました。
でも実はおネェだと知ったときに、健聴者に

「実際の声はどんな感じなの?」

と聞いたら、かなり男っぽい声なのだそうです。

それでも信じられないので、テレビを観ながら、
自分の頭の中では、未だ自分のイメージしている
“美声”のままで音声化しています。
知ることができない過ちは、修正することも
永遠にできません。

このように、先天性の聴覚障害者には、
普通の人とは違う、何か特殊な能力がいつのまにか、
身についてしまっています。

これは、決して良い方ばかりへ作用するとは
限っていません。
逆にこの過敏な想像力では、人の中にいると、
いつも落ち着けなくて困る、という場合もあります。

それから、ものすごく集中力を使うようなので、
私はとても疲れやすい性格です。
そのため、人と話すのも苦手なタイプです。

ともかく、コミュニケーションや情報を得る手段で、
健聴者とは違った手法を使うのは、自然なことだと
思います。

よく健聴者が筆談で考え込んでいる場面を見るのですが、
何か一文字を書いただけで、言いたいことがわかる
こともよくあります。
丁度それと同様に、視覚情報で言いたそうなことの
ヒントが見えるときには、もうその後に言いたいことも
わかってしまいます。

後は、その推測が当たっているかどうかを、
ただ確認しているだけの場合もあります。

健聴者でも要約筆記通訳者は、聞いたことがある言葉は
全部聴き取らなくてもわかるらしい。
逆に、聞いたことがない言葉、初めて聞く言葉は、
よく聞かないと聞き間違えたり、聞き取れなかったり
するらしい。
それと同じことが、あるいは似たようなことが、
自分にもあります。
経験があることならば、全部も聴こえなくたって、
わかるわけです。
逆に知らなかったことは、簡単なことでも全然
わからなかったりします。

同様に、たとえ補聴器で全部は聞き取れなくても、
重要なヒントの一部でも聞き取れれば、
後は推測でだいたいわかってしまう場合もよくある
ものです。

補聴器は性能だけでなく、訓練すること大切だと
言われていますが、それも、私の言っている、
この能力を伸ばすためです。
実は、高度難聴者にもなれば、補聴器がサブで、
メインは頭脳だと思います。

目に見えるものなら何でも、
また補聴器で断片的に聴こえる音声情報でも、
その人の仕草などでも、
何でもいいからその場で役に立ちそうなヒントを探し出し、
それを元に、推測力を働かせて情報を理解します。

こういう能力が、先天性の聴覚障害者には
当たり前のように備わっているのですが、
それを健聴者は「聴こえている」と勘違いしている
場合が多いようです。

しかし、重要なヒントがわからなければ、
逆に最後まで推測できない場合もあるのです。
その音声情報を知るヒントが何であるのかを掴むこと、
早く見つけることが、自分の推測力を生かすうえでは
重要になってきます。
だから聴覚障害者の世界ではこうも言うでしょう。

「聴覚障害者に物事を伝えるには、結論から先に
言うとよい。
それから理由などを言う事。
起承転結の長ったらしい話し方ではダメだ」

と。

健聴者はよく驚いているのですが、この能力って、
自分と健聴者とでは、一体どのくらい違うのだろうか、
と思うことがあります。



〔参考記事〕

当ブログ

『聴覚障害者と話す方法 -難聴者、中途失聴者との場合』
〔2011-12-17 11:31〕



『聴覚障害者が著したホームページ』
〔2012-10-03 18:30〕


参照。
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by bunbun6610 | 2013-12-25 18:00 | コミュニケーション能力