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蒼穹 -そうきゅう-

「手話」とは、どんな言語か?

以下の、あるろう者の話は、非常に興味深い。


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『私にとっての口話と手話-口話は頭で会話をし、手話は胸で会話をする』
〔2012年12月15日 (土)〕




>「手話→で話をしている豊かな感覚を得られます。


打ち解けた会話になってくると、

口話も胸で話をすることが出来ますが、
手話になるとそれ以上にで話をすることが出来ます。」



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私はろう者(Deaf)ではないので、
ろう者の立場で言えることではありません。

けれども、上の言葉は何となくわかるような気がします。


日本ルーテル教会に、ろう者への聖書の講話を、
手話でしている牧師がいました。
その人が、次のように話している。


「健聴者は心に感じたことを他者に表現する(伝える)とき、
まず音声言語を頭の中で考え、そして口から喋る。

けれども、ろう者の場合は、心に感じたことを手などの、
自分の身体全体をつかって表して
相手に伝える」



私は

「なるほど。
ろう者のほうがシンプルだ」

と思いました。

ろう者の手話は

「自分の身体に染み付いた言葉(言語)でしゃべっている」

とも言えようか。


健聴者の、頭で思考し、言葉をつくるという作為が、
何かいろいろな考えとか、企み、打算とか、
さまざまなものが入り込む余地をつくります。
日本語対応手話で話すときも、余計なものが
たくさん入ってしまうようだ。
健聴者が無意識に使っている言葉は、
果たして「本当の自分の言葉」だろうか。
それとも、学校や社会での教育から染み付いた言葉
だろうか。

日本人健聴者の話は、なぜか意味が分かりにくくて、
理解しずらい場合もしばしばです。
互いの誤解なども多いように思う。

けれどもろう者の日本手話の場合は、
ほとんどストレートな表現だ。


満州から帰国し、日本で暮らしている、高齢のろう者
がいます。
よく憶えていないので、正確には書けないかもしれないのですが、
そのろう者は両親が日本人で、満州で生まれ育ったろう者です。
満州にいた当時、周囲にろう者はいなかったそうで、そこには、
たった一人だけのろう者だったそうです。
勿論、手話も知らなかったそうです。
おそらく、ジェスチャー中心のコミュニケーションだったのかも
しれません。

手話は、日本に帰国してから、ろう者に出会い、仲間に入って
覚えていったそうです。
満州での教育環境は貧しかったようで、日本語はあまりよく
わからない人でした。
しかし、帰国できて、日本のろう者社会に入ったおかげで、
日本手話は覚えました。
ろう者社会のなかでは、その人が手話で困った様子は、一度も
見たことがありません。
しかし、手話通訳では「わからない」と言うことも、
度々ありました。

それを見ていて、私が思ったのは

「日本手話は、やはり日本語とは違う言語だ」

ということだった。

ろう者と同じく「聴覚障害者」と言われる難聴者や中途失聴者や、
あるいは手話通訳やボランティアなどをしている健聴者にも、
手話を覚え、使える人はいる。

彼らの場合は、日本語を手話に変えて表す「日本語対応手話」を
中心に使う。
たとえ、ろう者が表した日本手話を自分で理解するにも、
その手話を日本語に変換(翻訳)して、理解する。
要するに「仮訳」というべきものだ。

しかし満州から帰国したろう者の場合は、手話を日本語に変えて
理解しているのではなく、日本手話を日本手話として理解している、
としか思えない。

日本語をほとんど知らないのに、日本手話を理解しているのだから。

「健聴者や難聴者が使っている手話は、ろう者の手話とは違う」

と言う。

ゆえに、ネイティブ・サイナーのろう者が、日本語を一切使わずに
手話指導をする例がある理由も、これでわかるだろう。

そして、「日本手話」と「日本語対応手話」は、「手話」とは言っても、
実は違うものだということもわかるだろう。
ろう者独特の手話というのは、日本語の介入なしに生成された
言語だろう。
これが

「手話は、日本語とは独立した言語」

という意味ではないだろうか。

近年

「手話は言語」

という言葉を耳にするようになった。

それは、正確には

「日本手話は言語」

という意味ではないだろうか。

となると、日本語対応手話も

「日本語とは独立した言語」

とまでは、とても言えまい。


けれども、もしかしたら、日本手話と日本語対応手話という
垣根みたいなものも、いつかは消えて、どれも「手話」と
呼ぶようになる時代が来るのかもわからない。

書いているうちに、いつのまにか、難しい、言語としての
手話の問題にまで踏み込んでしまいましたが、
これはあくまでも、個人的に思ったことを書いてみただけに
過ぎません。
いろいろな疑問もあるかと思いますが、
もしも、記述に間違いがありましたら、ごめんなさい。




【参考情報】


『不滅の手話 - ヴィンヤード島』
〔2013-10-01 18:00〕



には、手話を「島の言語」として使っていた健聴者の事例だが、
ここでも興味深い記述がある。


1952年、このマーサズ・ビンヤード島で最後のろう者の住民が亡くなった
といわれる。
けれどもその30年後、脳神経科医オリバー・サックスがここを訪れとき、
聴こえる高齢者の住民は、依然として手話で民謡を語り、会話をしていた
という。

サックスが会ったなかで一番年をとっていた女性のひとりは90歳代だったが、

「時々とても平和で夢心地の気分になって」

まるで編み物をしているように両手を動かし手話を使っていたらしい。

「その娘が私に言うには、母親は考えごとをするとき手話を使うらしい。
決して編み物をしているわけではない」

とサックスは書いている。

「聞くところによれば、あの最高齢の女性は、眠っている最中でもベッドの
上で、かけぶとんの内側に話しかけるかのように手話を使っていたという。
夢も手話でみていたというのだ


ともある。」

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by bunbun6610 | 2013-12-24 18:00 | 手話