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蒼穹 -そうきゅう-

合理的配慮と失敗する権利とフィードバックを受ける権利

『合理的配慮と失敗する権利とフィードバックを受ける権利』
〔2013/5/25(土) 午前 8:23〕

http://blogs.yahoo.co.jp/uchayamamingkun2000/archive/2013/05/25


いよいよ差別禁止法が動き出しますね。
「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律案」が
4月26日に閣議決定され国会での成立を待つばかりとなりました。

就労支援では特に合理的配慮について関心が持たれています。
しかし、「合理的配慮」ってとっても難しい概念だと思います。

様々な前提によってその合理性は変化します。
また、時代や地域によっても異なるかもしれません。
おそらく、一つひとつ判例や事例が積み上がって
「なんとなくこの辺り」が形成されていくのでしょう。

そこで、ちょっと気になることなのですが、就労支援や福祉の現場
での関わり過ぎな支援があります。
かなりベテランの支援者でも先回りした対応や指示、失敗させない
過度の配慮が目につくことがあります。
「待つ」ことや「深く考えない」支援には、

失敗させない=チャレンジさせない=発達・成長の阻害


の構図があるように思います。
「配慮」が過ぎて、なんとも残念な日本版の「合理的配慮」が出来上がら
ないか心配です。


配慮とは言い換えると「差別」に近いものがあります。
必要な支援は「差別」でなく、発達の保障の視点だと思います。
人は失敗を通して自分の身の丈や車幅感覚のようなものを獲得し環境に
適応していきます。
過度の配慮は時に上記のように、その人の発達や成長の機会を奪って
しまうことがあります。
福祉の現場は特に過度の配慮のデパートです。

むしろこれを機に、失敗する権利と適切なフィードバックを受ける権利
について意識する必要があると思います。

そしてまた、配慮にはリハビリテーションの視点が必要です。
先取りの支援は対象者の出来ることを奪ってしまい、対象者の自己
コントロールを奪うことになります(その先は健康を害する)。
その人らしさが奪われ支援者や社会の期待を背負った人生を生きること
になります。
これも福祉の現場ではデパート状態です。

差別禁止の「合理的配慮」がとんでもない方向へ行かないように注視する
必要があります。
そして、成熟した「配慮」の方向へ引っ張っていきましょう。



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>「配慮とは言い換えると「差別」に近いものがあります。」

う~ん、まさしく・・・。
やっぱり、合理的配慮と差別の区別は、
なかなか難しいものなのですよね。
「「差別」に近いものがある」
という表現には、障害者側が

「これって、もしかして、
「合理的配慮」というよりは「差別」なんじゃないかな?」

という疑問が障害者の心の中に生じている、ということだろう。
こんなことを言われたら、健常者にはショッキングだろうな。

しかし、こうした心情を、特に日本人のようなステレオタイプ思考の
民族性には、理解しづらそうに思えます。

でも本当に日本企業の場合、おかしいと思う。
職場内障害者授産施設だよ、あれでは。
それを「配慮」と言うか、それとも「差別」だと言うのかは、
その立場により違う。

障害者雇用促進法はさしずめ『障害者奴隷雇用促進法』と
言えばいいのか。
この構図をつくったのは自民党政権だ。
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by bunbun6610 | 2013-11-11 18:00 | 就労後の聴覚障害者問題B