『交響曲第一番』(佐村河内守/著) 7/11

『交響曲第一番』
(佐村河内守/著 2007年10月31日/第1刷発行 講談社/発行所)




「『身体障害者手帳』
その直後、私に身体障害者手帳を必要とさせるきっかけが
生まれました。
ある音楽関係の出版社から『鬼武者』の楽曲に関してインタビュー
を受けた際、会話のキャッチボールがままならず、先方に大変苦労
をかけたために、自分には手話通訳士が必要だと強く感じるように
なったのです。

しばらくして今度はアメリカの『TIME』誌から取材のオファーを
受けました。
すでにアメリカでも発売されていた『鬼武者』の音楽に着目しての
依頼でした。

最初は、私のような者に世界の最有力誌が何の用かとも思いましたが、

「くるものはありがたく」

という隠者の鉄則に従い、取材を受けることにしました。

すぐに私は手話サークルの副会長に連絡をとり、派遣手話通訳士の
制度について相談したところ、

「派遣の手話通訳士を使うには、身体障害者手帳が必要」

という回答をもらいました。
その言葉で私はとても暗い気持ちになりました。

結局、この取材も手話通訳士なしで行い、先方に苦労をかける
申し訳ないものとなってしまったのです。
このあたりから、障害者手帳の交付申請を真剣に考えるように
なっていきました。
――私には手話通訳士が必要だ。
その後もしばらく、この思いが消えることはありませんでした。

 * * *

2002年の年明け早々、私はついに身体障害者手帳の交付を
受けました。
前年の暮れ、私は手帳の交付を受けるべく、手話サークルの
副会長と全聾の友人に付き添われ、地方自治体が指定する
医療検査機関で聴覚障害の認定検査を受けていたのです。
詳しい検査の結果が医師より伝えられました。

感音性難聴による両耳全聾、身体障害者等級第一種二級
(聴覚障害では最高等級)、両耳鼓膜欠落(りょうじ・こまく・けつらく)。

私は公に身体障害者と認定されましたが、私の心はいまだそれを
認めてはいませんでした。
若いころから年金など納められなかった私には、障害年金も
下りません。
これまでかたくなに拒み続けた心まで捨て、認定を受けた理由は
手話通訳士の派遣を受けたい、というその一点のみでした。
交付当日、私が区役所に到着すると、そこには恐縮しきった表情の
副会長が待ちかまえており、いいにくそうにこう伝えました。

「ごめんなさい。
私のリサーチミスでした。
障害者手帳がなくても手話通訳士の派遣は受けられるのだそうです。
あんなに手帳の交付を嫌がっていたあなたに・・・。
本当にごめんなさい」

何ということか。
私は顔面蒼白になりました。
しかし、多くの励ましをくれた親切で生真面目(きまじめ)なこの人を
責める気持ちにはなれませんでした。
交付されたものを退けることはできません。
福祉課のカウンターで赤い手帳を受け取った瞬間、「負けた」と
思いました。
それでも、当初の目的であった手話通訳士の必要は変わりません。
手話通訳士がいてくれれば、複雑な会話をこなすことができます。
これから、私の話を聞いてくれる人が現れたら、そのとき大きな助けに
なることでしょう。

一方、手話通訳士がいなくても、私には伝えられる手段があることも、
かすかに自覚し初めていました。

『TIME』誌の取材を受けたとき、私はそのインタビューの形式に限界
を感じました。
手話通訳士もいなかったうえ、日本語と英語の通訳の問題もありました。
さらに、音楽のことは音楽でしか語ることができない、という強い思いも
ありました。
苦慮の末、私は彼らの前でピアノを演奏して見せたのです。

そのとき、記者と英語通訳者は涙を浮かべて喜んでくれました。
私には、そのことが忘れられずにいました。
私にはピアノがあった。
繊細なタッチも、華麗なパッセージも私の指は憶えている。
それが自分に聞こえないだけだった。
私が自分で聴けないことさえ我慢すれば、私にはまだ人を喜ばせる
手段が残っていた。
私にはピアノがある――。
この思いが、私の運命の扉をもう一つ、開けることになったのでした。」



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>「若いころから年金など納められなかった私には、障害年金も
下りません。」



障害年金をもらえない障害者が、たくさんいると言われています。
生活保護費の「漏給」とは違い、もらえる資格を永久に失ってしまった
障害者で「無年金障害者」といわれています。
制度上の矛盾があるようです。

当ブログの過去記事にも、詳細を述べています。
カテゴリー『無年金障害者の問題』を参照)
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by bunbun6610 | 2014-02-07 18:30 | 難聴・中途失聴
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