『交響曲第一番』(佐村河内守/著) 6/11

『交響曲第一番』
(佐村河内守/著 2007年10月31日/第1刷発行 講談社/発行所)




「ある日、長い間使っていなかった補聴器を何気なく右耳に装着し、
ボリュームを最大限にすると、わずかに音が聞こえたのです。
少し聴力が回復したという喜びがあふれてきましたが、その期待は
一瞬にしてかき消されました。
聞こえてくる音は確認すると、やはり言葉もゆがんでいて何をいって
いるのか正しく聞き取れないのです。
聴力がわずかに回復したような気がしたものの、結局は何の役にも
立たないことがわかりました。

結局、私は暗闇の〈音楽室〉で、鳴りやまぬ耳鳴りに耐えながら、
文字通り作曲の隠者生活を送っていました。
しかし、このまま誰とも交渉せずに生きていくことなどできるわけが
ありません。

――このままでは誰とも会話できない、何とかしなければ・・・。

私は、以前から考えていたことを行動に移すことにしました。
手話を習う決心をしたのです。
全聾になってから2年近く手話の習得を避けていたのは、『鬼武者』
の劇伴音楽の作曲に追われていたことが大きかったのですが、
もう一つ理由がありました。
何かへんなプライドみたいなものが強く働き、手話サークルに向かう
足を止めていたのです。

それまでにときどき集めていた手話サークルの情報には、通っている
人の大多数は健常者である、と書かれていました。
恥ずかしい話ですが、当時は自分の障害を認められない、認めたく
ないという気持ちが非常に強く、手話サークルで健常者から私に
注がれるであろう「障害者を見る目」というものに耐える自信が
ありませんでした。

普通の健常者以上に「音」というものを自在に操ってきた自分が、
いまや自分の声すら聞こえず、うまく話せているのか確かめようも
ありません。
私の発音に首をかしげる人を見るたびに、不安と悔しさとみじめさが
入りまじった複雑な感情が沸き起こり、また、そんな自分自身を嫌悪
していました。

私は被爆二世として生きてきたので、万が一それ以外の差別や
偏見にぶつかったとしても十分耐えうる免疫力が備わっているだろう
とタカをくくっていたのですが、それが単なる盲信にすぎなかったことを、
そのとき嫌というほど思い知らされたのです。
私は、おびえとプライドの板ばさみになっていました。

正直にいえば、私はもともと健常者であり、あなたがたよりはるかに
「音」に長(た)けた人間だったのだ、そういう愚かなプライドを持って
いました。
当初は作曲家という私個人の傲慢さからくるものだろうと思っていた
のですが、のちに、それは、もしかしたら人間本来の愚かさなのかも
しれないと思うようになりました。

というのも、作曲家として聴覚障害を公にし、メディアからも身を退いた、
ある意味ではすでに作曲家でもない隠者の私には、もはや隠さなければ
ならないものなど何もないはずです。
なのに、周りから勧められていた身体障害者手帳の交付手続きだけは、
かたくななに拒んでいたのです。
やはり、これは人間本来の傲慢さの表れのように思えてなりません。
しかし手帳は必要ないにせよ、誰とも会話できないというのは放って
おける問題ではありませんでした。

意を決して区役所に相談に行き、そこで紹介された手話サークルに
通うことにしたのです。
通い始めてすぐに、習得が思った以上に厄介なことに気づきました。
中途失聴で全聾の私には、手話を習うにも説明の声が聞こえないのです。
講師の先生たちに迷惑をかけながらも、一つひとつ言葉を確認して、
習得していきました。
サークルは週一回しかなかったので、私はそれに飽き足らず同じ区の
別の手話サークルとのかけ持ちも始めました。
そこに初めて参加したとき、それまで通っていたサークルの先生が
偶然講師を務めていて、お互いに驚きました。
それも縁だったのか、以来、その先生には大変可愛がってもらいました。
先生からは多くのことを学びましたが、いまでも最も感謝しているのは、
相手の口の形を見て言葉を判断する口話術(こうわじゅつ)の大切さを
教えてもらえたことです。
先生は私の体調の許す日時に可能なかぎり時間を合わせて、喫茶店
などで口話のレッスンをしてくれました。
しばらくは音楽求道をゆるめて手話習得を優先し、自宅でも練習に
励みました。
私はこれまでも大きな誤解を悔やみました。
サークルの仲間はみなあたたかい人ばかりで、愚かな自分を恥じる
ばかりでした。
こうして日差しに耐えながら日中の外出を重ね、集中して勉強した私は、
4ヵ月間で手話をマスターすることができたのです。
仲間から

「あなたの手話習得は異例の早さ」

とほめられましたが、特別な感情は湧きませんでした。
何しろ私にとって手話習得は、背に腹はかえられぬ切実な問題だった
のですから。」



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>「ある日、長い間使っていなかった補聴器を何気なく右耳に装着し、
ボリュームを最大限にすると、わずかに音が聞こえたのです。
少し聴力が回復したという喜びがあふれてきましたが、その期待は
一瞬にしてかき消されました。
聞こえてくる音は確認すると、やはり言葉もゆがんでいて何をいって
いるのか正しく聞き取れないのです。
聴力がわずかに回復したような気がしたものの、結局は何の役にも
立たないことがわかりました。」



補聴器の限界を語っています。
軽・中度難聴者には、補聴器は使用条件によっては有効性もあります。
しかし、重度難聴者の場合は、かなり厳しくなってくるのが現実です。

補聴器のみではなく、視覚情報も複合的に活用して、
それでも意味を大幅に単純化させて理解するのが、
重度難聴者のコミュニケーション方法だと思います。



>「――このままでは誰とも会話できない、何とかしなければ・・・。

私は、以前から考えていたことを行動に移すことにしました。
手話を習う決心をしたのです。」


実は私も、手話を本気で覚える気になった動機は、
佐村河内さんのこの動機と同じでした。
聞こえなくなると、もう健聴者と話すことは難しくなり、
誰も私と話す人はいなくなってゆきました。
そこで、崖っぷちに立った私は、ろう者との交流をしていくうちに、
手話を覚えてしまいました。
今では、健聴者や難聴者・中途失聴者とは、ほとんど交流がなくなりました。
手話で話せる人とだけ、交流をしています。


>「中途失聴で全聾の私には、手話を習うにも説明の声が聞こえないのです。
講師の先生たちに迷惑をかけながらも、一つひとつ言葉を確認して、
習得していきました。」



「どうしても日本語の説明がつく講習会で手話を覚えたい」

という難聴者・中途失聴者もたくさんいると思います。
そういう場合は、下記のような手話講習会もあります。
ただし、そこはろう者の手話〔日本手話〕とは違います。


〔東京都福祉保健局主催
中途失聴・難聴者対象手話講習会〕


http://www.tonancyo.org/chirasi/2013shuwa-kousyukai.pdf#search='%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E4%B8%AD%E9%80%94%E5%A4%B1%E8%81%B4%E8%80%85%E3%83%BB%E9%9B%A3%E8%81%B4%E8%80%85%E5%AF%BE%E8%B1%A1%E6%89%8B%E8%A9%B1%E8%AC%9B%E7%BF%92%E4%BC%9A'



>「相手の口の形を見て言葉を判断する口話術(こうわじゅつ)」

健聴者社会のなかで生きていくためには「読話」が必要だと思います。
下のような読話講習会もあります。


〔東京都読話講習会〕

http://www.tokyo-shuwacenter.or.jp/pdf/dokuwa2012-01.pdf#search='%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E4%B8%AD%E9%80%94%E5%A4%B1%E8%81%B4%E8%80%85%E3%83%BB%E9%9B%A3%E8%81%B4%E8%80%85%E5%AF%BE%E8%B1%A1%E8%AA%AD%E8%A9%B1%E8%AC%9B%E7%BF%92%E4%BC%9A'
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by bunbun6610 | 2014-02-06 18:30 | 難聴・中途失聴


ある聴覚障害者から見た世界


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