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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

『交響曲第一番』(佐村河内守/著) 5/11

『交響曲第一番』
(佐村河内守/著 2007年10月31日/第1刷発行 講談社/発行所)




「『残された唯一の道』
さらなる絶望感に打ちひしがれ、作曲家人生をリタイアするという決意を
強くしたものの、いざその先の就職云々(しゅうしょく・うんぬん)に思いを
めぐらすうち、恐ろしいことに気がつきました。
ただの全聾者(ぜんろうしゃ)でしかない私には、どこにも職がないことです。

私は、あまりに音楽のためだけに生きすぎてしまっていたのです。
もし、聴覚障害がなければ、よしんば作曲家の道を退いたとしても会話が
できるのですから、どんなことでもできたでしょう。
これまでのアルバイトのようにして、仕事を見つけることもできたはずです。

しかし、全聾になったいま、そうした仕事を見つけることは極めて困難でした。

一方、私には絶対音感があり、全聾になってなお運良く作曲することが
できる――。
逆に、いまの私にできることは作曲だけだったのです。
そのとき私は、

「耳が聞こえなくなったからこそ、私には音楽しかなくなった」

という痛烈な逆説に思い至ったのです。

とはいえ、全聾者になったいま、これまでと同じように自分から積極的に
作品を売り込んだり、メディアに働きかけることは、どうしても聴覚障害を
売り物にしていると誤解されてしまいます。
それを避けてなお作曲家でありつづけるには、「作曲の隠者生活」を選択
するしかないと思いました。
あたかも隠者のように自分からは働きかけず、もし、私の音楽を求めて
くれる人が声をかけてくれたら、そのときには「山を下りて」ありがたく作曲
させてもらおう。

結果的にそれは、メディアから身を退くことを意味していました。」


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>「ただの全聾者(ぜんろうしゃ)でしかない私には、どこにも職がないことです。」


一つだけ道があるのですが、それは当ブログで述べている、
障害者雇用枠で雇ってもらい、単純絵労働をすることです。
音楽は諦めなければならないでしょう。

でも佐村河内氏は、障害者手帳の取得も拒んでいましたよね。
それでは、どこにも就職できないでしょう。

もしも、あなたも突発性難聴に襲われたなら、必ずこのような人生の岐路に
立たされてしまいます。

働き盛りの40歳以降になると、難聴になる確率が上がってくるそうです。
難聴になったり失聴してしまうと、精神的ショックを受ける人も少なくありません。
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by bunbun6610 | 2014-02-05 18:30 | 難聴・中途失聴