ブログトップ

蒼穹 -そうきゅう-

『交響曲第一番』(佐村河内守/著) 3/11

『交響曲第一番』
(佐村河内守/著 2007年10月31日/第1刷発行 講談社/発行所)




「このころには右耳の聴力も次第に衰え、再び補聴器をつけるようになり、
私は人との会話が少なくてすむ道路清掃のアルバイトにつきました。
夕方6時から明け方までの肉体労働に携わり、「先行」と呼ばれる職種を
担当していました。
数時間遅れで同じルートにやってくるスイーパー(ゴミを吸引する大型清掃
車)の前を先行し、歩きながら竹ぼうきを使って国道の路肩のゴミを道路側
に掃きだしていく作業です。

一年間住み込みで働いたのですが、この職場では素晴らしい仲間たちと
めぐり合うことができました。
よくぞここまで集まったな、というほどの変わり者集団でした。
みなそれぞれに事情を抱えた人ばかり。
世間的に見れば、ほめられたものではありません。
女房子供に愛想(あいそ)をつかされて逃げられた「荒くれおやじ」、
再婚し新しい家族のために残業マニアと化した「頑張り屋のアニキ」、
ギャンブルで莫大な借金を抱えた「自称ダメ男」、
神秘主義とアニメをこよなく愛する「心優しい対人恐怖症男」・・・。

この愛すべき「変態おやじ」たちにささえられていたからこそ、きつい仕事も
続けることができたのです。
彼らは初めて、私の発作のつらさを理解してくれた人たちでした。
自分のつらさを知るぶん、他人のつらさを感じられる人たちでした。
発作で倒れてSOSを伝えると、仲間はすぐに無線で連絡を取り合い、
応援を寄こしてくれました。
ここの親方は口は悪かったのですが、本当に心の優しい人で、親方が病気を
理解してくれていなければ、長く仕事を続けることはとうてい無理だったと
思います。」


「食べ終わると、お決まりのおやじたちの苦労話を聞くのがとても楽しみでした。
一人ひとりのちっぽけな人間たちは、みなそれぞれに悲しくも壮大なドラマを
持っているのでした。
おやじたちは、ときおり私の音楽への思いを聞いてくれ、いつもこういうのです。

「俺たちが応援するから夢に向かって頑張れ、そして羽ばたけ。
でも、もし夢が破れても心配するな。
俺たちはいつでもおまえを受け入れるよ。
いつでも帰ってこい!」

社会の底辺とさえいわれる環境で、たくましく生きる彼らは本当に素晴らしい
仲間たちでした。
私は彼らから、人間の生々しい現実、飾り気のない優しさ、そして何より他人の
苦をわがことのように感じる尊さを教わったのでした。」



======================================




>「彼らは初めて、私の発作のつらさを理解してくれた人たちでした。
自分のつらさを知るぶん、他人のつらさを感じられる人たちでした。」




>「社会の底辺とさえいわれる環境で、たくましく生きる彼らは本当に素晴らしい
仲間たちでした。
私は彼らから、人間の生々しい現実、飾り気のない優しさ、そして何より他人の
苦をわがことのように感じる尊さを教わったのでした。」



なぜ多くの人が、佐村河内氏の音楽に感動したのだろうか。
その音楽はもしかして、人間らしい“ぬくもり”とかを
感じることができる音楽だから、なのでしょうか?

この箇所を読むと、そんなふうに想像できる部分だと思う。

聴覚障害者同士で心の交流ができる方法は、
実は音による方法では難しい場合が多い。
視覚による方法である。
残念だが、彼が全身全霊をもって創り出した音楽によって、
ではないのだ。

同じ障害を持つ人々からの、佐村河内氏への関心が高い
にもかかわらず、障害を乗り越えた彼の音楽を聴くことが
できないというのも、皮肉ではないか。

音楽は、健聴者のためにつくられる。
[PR]
by bunbun6610 | 2014-02-03 18:30 | 難聴・中途失聴