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蒼穹 -そうきゅう-

人工ボディー  ― 障害を隠す理由

NNNドキュメント「人工ボディー 新たな体に魂を吹き込む」


人工ボディーを装着する人が、何人か紹介されていた。

義手や義足などの場合は、失くした手や足などの
代替機能を果たす目的でつくられる。

しかし、人工ボディーは、見た目にこだわってつくられたもので、
本物と見間違うほど精巧につくられている。
一つ一つがオーダー・メイドで、非常に高価なものだそうだ。

彼らはなぜ、そこまでして、障害を隠すのだろうか。

病気か何かで、左手がない学生がいる。
手がなくても本人は気にしていなかったが、
大学へ入る前から、人の目を気になり出してきたようだ。

装着するようになると、それに慣れてきたのか、
ずっと着けたままにしていることも増えたようだ。
その理由を、彼女は次のように語る。

「着けていると、周りの人も
『障害がある人だ』
という目で見ないのが、嬉しい」

人工ボディーを着けるようになってからは、
自分から障害のことは話さなくなった、
という。
確かに、話したらせっかく人工ボディーで隠した
意味がなくなってしまうかもしれない。

その後の話は、もっと興味深かった。

「装着に慣れてくると、
着けているときと着けていないときの、
どっちが本当の自分なのかわからなくなってきた」

という心境になってきたようだ。
アイデンティティが揺れ動いてきてしまっているようだ。

いずれは元々の自分、つまり着けていないときの
自分のほうが嫌いになってしまうのではないかとさえ、
思えてくる。


彼女の大学の友人は、次のように言っていた。

「着けていてもいなくても、彼女であることは変わらない。
でも、恋愛相手とか、バイト、就職の会社には、
言った方がいい」

おそらく、友人もよくわかっているのだろう。
障害者が就職となると厳しい、という現実を。
恋愛や結婚の“障害”にもなりかねない。
それはもはや「障害が」原因ではなくて、
「障害を隠してきた」という事実が、
この障害者を不誠実な人などという評価を
してしまう可能性だってあるのだから。
そういう“障害”は本人の身体にある障害以上に、
やっかいなものとなってしまうだろう。


もう一人は、元暴力団員で、社会復帰を目指すが、
就職するための面接で

「指がないとダメ」

と言われ、落とされてしまうという。
そこで人工ボディーの小指を装着することにし、
それが完成したら入社OKになった、という。
小指があるかないかで、こんなに違うというのには
驚いた。
しかし、人工ボディーを装着することによって、
差別から逃げられるのならば、お安いことだと
考えるべきなのかもしれない。

現実には、やはり小指がないと、
入社後に他の社員が気になってしまうのだから。
自分は大丈夫だといっても、会社という場では、
周りの人への配慮が必要ということのようだ。


また別の人は、ガンで指を切断したが、
人工の指を着けただけで、
とても喜んでいた。
つけるだけで、心まで変わるのだという。


聴覚障害の場合は、残念ながら人工ボディーで
隠すことなどはできない。
自分でごまかすか、正直に言うより他にない。

障害のことは、相手に真っ先に言うと、
相手の態度は、次の二つのどちらかに、
分かれるだろう。
変わらずに付き合う人と、離れていく人に。
ほとんどの人は離れていってしまうほうだ。

就職の場合の面接となると、障害者雇用枠でない限り、
先に言ったらほぼ落ちる。
障害者枠でも、その障害はどの程度なのかと、
どこまでも突っ込んでくる会社もある。
面接が終わると、やりきれない気持ちになって、
家へ帰る。

自分の経験でも、まず障害を先に言ってしまうと、
相手の人はそこから障害者のことを考えるようになり、
なかなか障害者のいいところには気づきにくく
なってしまうように思う。
つまり、健常者は障害を持つ人を見ると、
まず障害者の短所から考えてしまうのだ。

無理もないことだろう。
障害ばかりが先行してしまい、
それが障害者の良さを見えにくくしてしまうからだろう。

普通の人は、障害のことなど考えたこともないのだから、
突然に言われても、困惑してしまうに決まっている。

結局、障害者が人工ボディーをして障害を
見えなくしたからといって、障害者問題から
逃れられるというわけではない。
それは健常者にとっても、同じことなのだ。
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by bunbun6610 | 2013-09-23 09:00 | バリア&バリアフリー