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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

車椅子障害者の入店をお断りしたレストラン -私はこう思う(1/2)

車椅子障害者の入店をお断りしたレストラン -私はこう思う



〔関連記事〕当ブログ

『乙武氏がレストランで入店拒否されたことで…。』
〔2013-05-21 23:08〕



『乙武氏がレストランで入店拒否されたことで…。【情報追加】』
[ 2013-05-23 23:30 ]



『乙武洋匡氏の「入店拒否」で波紋』
[ 2013-05-24 22:49 ]



『乙武さんの責任と心のバリアフリー』
[ 2013-05-25 00:31 ]



『乙武・店主のやりとりは水掛け論。第三者が論じるのは無意味』
[ 2013-05-25 00:38 ]



『ツイッタートレンド「イタリアン入店拒否」TOPに!』
[ 2013-05-25 07:28 ]




『乙武洋匡氏『車椅子入店拒否“銀座の屈辱事件”の大波紋』』
〔2013-06-07 00:03〕





「…車椅子の彼女はひたすら恐縮していた。
『すみません。すみません。すみません。もういいですから』。
彼女の言った一字一句は覚えていないが、
『これ以上皆さんにご迷惑をおかけしたくない。
私さえあきらめればいいのですから』
というニュアンスが感じられた。
私は思わず怒った。
『なんでそこまで皆に謝る必要があるの?
バスの機械が壊れているだけよ。
謝る必要ないよ!』
私の頭からは湯気が立ち上っていたに違いない。」

『哀れみはいらない―全米障害者運動の軌跡』
(著者: ジョセフ・P. シャピロ /現代書館)
「訳者(秋山愛子)あとがき」より。


読者の皆さんも、考えてみて下さい。
この出来事の意味を。
健常者にはわからないであろう、
この障害者心理というのを、
どれだけの人がご存知だろうか。

これも

「言わない障害者のほうが悪い」

で片づけられてしまう問題なのだろうか。




5月下旬、乙武氏がツイッターで発した一言が波紋を広げ、
大騒動に発展した。

その騒動のなかに乙武氏は自身のオフィシャルブログで

『イタリアン入店拒否について』

を載せ、事態はさらに大きくなっていたようです。

ツイッターの原文
http://kabumatome.doorblog.jp/archives/65747814.html 参照)
を読むと、後になって乙武氏と店の双方が謝罪している
様子が見え「双方はすでに和解した」ように思えた。

しかしその後、乙武氏は自身のブログで

『イタリアン入店拒否』

という記事を発表していて、その内容を見るや

「これでは本当の和解にはなっていない」

と感じる。
むしろ、乙武氏のこうした行為は「火に油を注ぐ」事態に
なってしまった。

だが乙武氏は

「考えを変えてもらうつもりはない」

と述べているように、彼自身の本当の意図は別にある
ような気がします。

障害者問題がわからないで乙武氏を批判している人たちに
釈明なんかしたって、相手にはわかるわけがない。

そもそも「歩み寄り」は、そうやってするものではないだろう。

ところが、批判派の多くは、そう考えていると思う。


それでも、乙武氏はあえて、ああいう記事を投稿しているのだから、
批判派の単純すぎる見方とは別の意図があることは明らかだ。


ともかく、この問題の発端は乙武氏にあった。

最初のツイッターで乙武氏は
予約して出かけたはずのレストランに

「入店拒否された」

と思っています。
その後も『イタリアン入店拒否』という言葉を変えていません。

しかし、その後に出てくる、他からの情報からわかってくのは、
拒否とは言いがたいのではないか、
という論争にも発展しています。

店には、お断りするのもやむを得なかったと言える、
正当な理由があったのだ。

この店には、従業員がシェフと1、2人の店員しかいないらしい。
接客をする人は店員(1人か、2人なのかよくわからないが)
だけしかいないらしい。
乙武氏を抱え上げて、あの狭い階段を昇り降りするのは
危険だと思う。

無理を承知ですれば事故が起きる可能性も大だ。
もしも乙武氏に、さらに店主あるいは店員も怪我をするような
ことがあれば、店だってどうなるか。
営業できなくなることは必至だろう。

それでなくとも、店主や店員の心身にはかなりの疲労が
蓄積してしまうだろう。
その疲労は料理人ならば料理の味、接客係ならばサービス
の質とスピードへも影響するのは必至である。


私は飲食業界で長く働いた経験があるので、
そういうことも容易にわかる。
飲食店で働くことの過酷さを知らない一般客は、
接客業といえども、彼らがどんなに大変な仕事を
していることか知らないのだろう。(※1)
だから軽々しく「車椅子障害者を拒否した」という
言い方をする人もいるのかもしれない。


(※1)〔参考情報〕
http://anond.hatelabo.jp/20130519044709



よって、その時点までは、店も乙武氏も悪くはない、
と私は思うのである。


ここまでならば、障害者のほうだって「入店拒否」
とは捉えず、「事情でお断りされることになった」
と解釈しただろう。


しかし、批判派に多かった見方の一つが

「予約のときに車椅子障害者であることを
伝えていなかった乙武氏が悪い」

というもの。
本当にそうだろうか。


私の論も強引なほうだから、あまり強くは言えませんが、
バリアフリーやアクセシビリティというものの、
本来の考え方をよくみてほしい。

車椅子障害者の例ではありませんが、
例えば、障害者団体の講演会などへ行くと、
会場の最前列に手話通訳者やパソコン文字通訳の
スクリーンを見かけることがあるだろう。

そこに、それを利用する聴覚障害者の席も、
予め準備されています。
その席を見ると、最後まで誰もいない場合もあります。
障害者専用の駐車場と同じ状況です。

ではいったい、その席や、通訳者、パソコン文字通訳の設備は、
どうして準備されているのか、健常者はわかりますか?

主宰者によっては、聴覚障害者がそれを利用したい場合は、
参加申込みのときに、必要な情報保障(手話通訳または要約筆記等)
も併せて伝える、というルールを採用しているところもあります。

健常者ならば、後者のほうがいい、と思う方が圧倒的支持でしょう。

ではなぜ、障害者団体ではそうしないで、
前者の方法を採用するところもあるのでしょうか。

私では力不足というか、正しく説明できないかもしれませんので、
これを本当に知りたい、と思う方はDPI日本会議や
東京大学教授の福島智氏へ聞いてみるとよい、と思います。
理由はちゃんとあるのです。

そういうことで、バリアフリーやアクセシビリティの
本来の考え方までは、健常者はまだ知らない方が
ほとんどなのではないだろうか、と思います。

健常者の場合は、わざわざ何も用意や配慮をしなくても、
困ることはありません。
だから

「障害者って、来ると面倒だな」

と思う方もいるかもしれません。
別に思っていたらいたで、その気持ちはこちらにも
読めますから、隠してもウソをついても、
言い訳をしてもムダだと思いますけどね。


話を戻します。

「予約のときに車椅子障害者であることを
伝えていなかった乙武氏が悪い」

これは当然だ、と思っている健常者がいます。

しかし、障害者の側から見てみますと、
このいつでもどこでも自由に利用できる健常者とは違い、
車椅子障害者との間に差があることは事実です。

つまり、誰もが平等に利用できるわけではない、
ということです。
方法の違いではなくて「対等」ではないということが
差別になるということだ。

バリアフリーも、全てのところで理想通りにとはいかないものだが、
健常者との間には差があることは事実なのです。

これは障害者だって心を持っている人間なのであるから、
対等に扱われていないと感じれば、差別と思ったりするのは
当たり前だろう。

健常者のほうはそれでも不自由していないから、
わからないだけだ。

そういう「鈍感」「無知」「無関心」は果たして、
正当な拒否理由になるのだろうか。

これを障害者にだけ我慢しろ、と言うのならば、
障害者問題はいつまでたっても解決しない。

とはいえ、この事例は、店主が「乙武氏の要望を
聞き入れたい」と思っても、
非常に大きなリスクを伴うので、
お断りすることも視野に入れるのはやむを得ない、
と思います。

一方、乙武氏のほうでは「それはそうだろう」とは思いながらも、
このときばかりは何とか入れないものだろうか、
という気持ちも強かったようです。

批判派の一部の人が言うような

「店の障害者に対する良心を試すような行為」

ではなく、ごく自然な、人間らしい気持ちからだと思う。
ワガママに聞こえるとは思っても、
人間同士のコミュニケーションなのだから、
そういうことも当然ある。
それは想定内の出来事だと思う。
それがわかるのは、もっと後になってからだ。

ここで、読者にも聞いてみよう。

「予約のときに車椅子障害者であることを
伝えていなかった乙武氏が悪い」

――健常者は

「こう言う場合も正当である。
当然」

だと思っている。

しかし、言われた障害者からすれば、どんな気持ちになるかを、
考えたことがあるだろうか。

たしかに、障害者のほうにも至らなさはあったのかもしれない。
そういう考え方もある。
でも「悪い」は間違っている。

店は明らかに客である乙武氏に対して

「予約のときに車椅子障害者であることを伝えない客が非常識」

とでも言いたいようなコミュニケーションのしかただった。
このような考え方が伝わってしまうことで、
そんな拙いコミュニケーションのしかたで、
健常者と障害者の関係に溝が出来てしまうのだろう。

ここまでわかってくれば、もう乙武氏が
『イタリアン入店拒否について』を書いた理由も
わかってくるだろう。

乙武氏が納得できていないのは、
店主のコミュニケーションに、である。

私もこれを読む限り、到底納得できないし、
乙武氏が怒るのも無理はない、と思う。

これでは「(正当な)お断り」ではなくて「拒否」と
受け止めるのも無理もない。

店主もツイッターで「(自分の)無礼」と書いているように、
事後になってそれを認めている。

http://kabumatome.doorblog.jp/archives/65747814.html

もし私だったら、レストランで不快な思いをしたならば、
それをブログに出来るだけ詳細に書くだろう。

あまりにひどいと思えば、店名を書く場合もありえるだろう。

今は、それがいいとか悪いとかばかりで、
障害者問題に関しては、いつもうやむやにされて
しまう世の中だ。

私ならば店主を殴っていたかもしれない。
これは暴力沙汰になっていたとしても、
おかしくはなかった、というわけだ。

少なくとも、障害者である、ないとに関わらず、
不快な思い、許せないと思ったならば、
誰だって怒りたくもなる。

そして、いつも障害者の側が黙って引き下がる
だけのケースが何と多いことか。

怒りに任せて手を出せば、こっちが犯罪者になるだけだ。
だから私は、ブログに暴露するのだ。

障害のある人も、ない人も、
まず同じ人間であることには変わりないのに、
健常者は障害者に我慢を強いるだけで、
社会にある不平等は一向に是正されない。

なのに、批判派のなかにはそれに無理解で

「車椅子障害者が予約のときに障害のことを
伝えていれば、この問題は起きなかった」

と、この一点ばかり主張している。
果たしてそうだろうか。


もしも人格的欠陥のある店長だったら、
そうでなくてもやりかねなかったかもしれない。

だからこの場合、障害者差別とコミュニケーション問題とを、
最初は切り離して考えたほうが、わかりやすかったと思う。
(とはいえ、これはれっきとした障害者問題でもある)

このコミュニケーションの取り方が原因で結局、
乙武氏は「拒否」と感じたのだろう。
私もそう思う。
あんな言い方は、どこにもないだろう。

店主の「忙しいから無理」という事情説明は
確かに理解はするが、客に言う言葉としては適切なのか。

あまりの忙しさでイラついていたのだろうが、
それは店側の都合であって、
あんなふうに客に不快な思いをさせていいわけがない。
日本の飲食業界は大体そうだが、
ブラック・レストランだから、そんな劣悪な労働環境
だったのではないだろうか。
となれば当然、経営者にも責任が伴う。

車椅子障害者、あるいは他の障害者であっても、
聞いたらどんな気持ちになるかを、想像しただろうか。

私なら憤慨する。
なぜなら、障害を持つ立場の人間として聞いたら

「障害者の面倒を見るのは、
ヒマな時ならやってあげてもいいですよ」

とでも言いたげな態度じゃないか、
というふうに聞こえるからである。


店主のツイッターでの発言は以下の通りとなっている。


「事前に事情がわかっていれば入り口に近い
お席にご案内して入店のストレスを軽減したり、
ほかのお客様の入店時間をずらしてスタッフが
ご案内できる余裕を持たしたり対応させて
いただきました。

本日は他のお客様のご案内が立て続いて
おりまして乙武様には大変ご無礼でしたが」


「ご案内が困難と判断しお断りさせていただきました。
お気分をがいされたと思いますが申し訳ありませんでした。

もし次回タイミングが合いましたら
是非宜しくお願いいたします。」


この「次回タイミングが合いましたら」

電話予約のときに車椅子障害者だと伝えるだけでなく、
という条件付きで入店を認める、という発言も、
私ならばガッカリしてしまう。
「この店のスタイル」とは、要するに障害者だとこうなる、
ということなのだろう。

こんな店では客が聴覚障害者だったら、
接客係からサービスを受けるときに、
メニューの説明とかで筆談を頼むが、
これも「忙しから無理」と言われかねないだろう。


たとえ、本人はそんなつもりで言ったのではないとしても、
障害者には気分を害することは必至だ。

他の健常者の予約客は忙しくても対応しているのに、
車椅子障害者には予約済みであったにもかかわらず、
拒否されるとは…。
これでは、健常者が優先だと感じる…。

それだけではなく、後になって次第に

「予約のときに車椅子障害者であることを
伝えていただかないと…」

というふうに、客に文句を言い出す店主なんて
聞いたことがない。

このいい加減な対応は一体何事なんだ?
客が障害者だからか?

たとえ、店主にそのつもりはなかったとしても、
障害者がそう感じたのは事実なのだということを、
レストランやホテルなど、接客業で働く全ての人は、
この事例から理解しなくてはならない。

店主の言っていることは結局

「もし乙武氏に障害がなかったら、
こんなことは起きていなかった」

と言っているのに等しい。
なぜならば、店主の言っていることは、
相手の障害に起因する発言ばかりだからだ。

こういう人間は、東北の被災者にだって

「津波がなければ、こんなことにはならなかったのにね」

とか言うだろう。
だがその言葉は被災者には

「人災ではなくて、天災だったから、仕方がない」

という意味に聞こえるはずだ。
それと、障害者問題も似ている。

でもこの問題の原因は、津波でも障害でもなく、
その人とのコミュニケーションであり、
その動機が問題なのだ。

そこを取り違えてはならない。

障害に無関心な人間を除いて

「乙武氏に障害がなけりゃ、
こんなことにはならなかった」

とでも言いたいような態度をされて、
不快にならない人間(障害者やその関係者)
はいないはずだ。

実は、障害も障害者自身の人格を形成している、
一部分なのだから。



30年前に起きた、車椅子障害者を乗せたタクシー事件も、
車椅子障害者拒否ではなかったが、
運転手のコミュニケーションに重大な人権侵害があった。
そのことを今の若い読者は知らないだろう。

このように、障害者が不当な扱いを受けて反発する例は、
イギリスの場合(※2)もそうだが、日本にもある。


(※2)当ブログ
『乙武さんの責任と心のバリアフリー』
[ 2013-05-25 00:31 ]

参照。



一つは、聴覚障害者がバイクを無免許運転して逮捕、
裁判で争った事件。(※3)

もう一つは車椅子障害者が国鉄の電車に乗車しようとして、
ホームまで自力で集団突入しようとした事件です。(※4)


(※3)
http://takenokomiyagi.fc2web.com/education8.htm


http://www.dpi-japan.org/friend/restrict/shiryo/menkyo/track50.pdf



(※4)
http://sashimie-wakuwaku.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_84d4.html




こういう障害者は、健常者から見れば不良障害者、
犯罪者としてしか見られていないかもしれません。

しかし、実はこうした障害者の勇気ある行動がきっかけで、
今では聴覚障害者の多くが運転免許を取得できるようになったし、
車椅子障害者のための駅などでのバリアフリーも進んだのです。
地方ではまだまだなのかもしれませんが、
関東では、あちこちでエレベーターが設置されているでしょう。


イタリアン・レストランの件を見ると、
店長は

「今日はお断りせざるをえなかった」

と思っているだけだろうが、
客側としてはそれだけだったとは思っていない。

そのコミュニケーションの仕方を直してもらわないと、
二度と訪れたくない店だと思う。
もちろん、店にだって

「二度と来ないでほしい」

と言う権利はあるが。



忙しい合間でイライラしたのだとは思うが、
それでも店長は、どうしてこんなにレベルの低い
コミュニケーションの取り方をしたのだろうか、
と思う。
単純に考えれば、人格が問題だということだろうが。

でもそれだけでなく、比べるのは酷なことだが、
これがもし格式の高いホテルやレストランだったならば、
責任者はこのようなコミュニケーションはまずしない。

それくらい、この店長にはコミュニケーション力(スキル)
がなかった、ということなのだろう。

乙武氏と一緒に行くはずだった女性が泣きながら店を出てきた、
という様子に、
ただ事ではないことがすぐに理解できる。
客側にそんな思いをさせてしまう店とは、
どんな店なのかと思う。

さらに、いったんは乙武氏を抱え上げることを
オーケーしているというのに、迎えに来たはずの店長が、
障害者に文句を言い出すというのは…。
接客のプロたる人間が、こんな不器用なコミュニケーションを
するというのは、聞いたことがない。

「できない」のならば「できない」と、
なぜ店長は最初からハッキリと、
丁寧にお断りしなかったのだろうか。
そこが残念だったと思う。



〔参考〕
車椅子障害者の(乗車や入店など)拒否には、
次のような事例があることがわかる。

(1)車椅子障害者を相手にしない、完全無視する方法。

当ブログ
『ADAと『障害者の経済学』』
〔2011-10-29 21:36〕

参照。


(2)直接拒否はしないが、車椅子障害者に諦めてもらいたくて、
   悪あがきのような嫌がらせをする方法。

当ブログ
『ツイッタートレンド「イタリアン入店拒否」TOPに!』
[ 2013-05-25 07:28 ]

(タクシー運転手の嫌がらせ発言行為)
参照。


(3)直接拒否はしないが、ナンタラカンタラの言い訳をして、
   最終的には拒否する方法。
   二枚舌を使って、本心をごまかすタイプ。




今後、他にも新種の「合理的配慮の合理的な拒否理由」が
出てくるかもしれない。
悪質クレーマーが進歩しているように、障害者拒否者も、
いろいろな拒否理由を編み出すかもしれません。

(続く)
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by bunbun6610 | 2013-06-10 18:00 | バリア&バリアフリー