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蒼穹 -そうきゅう-

オンリーワンへ努力する意味

『だいじょうぶ3組』(乙武洋匡/著)

http://www.amazon.co.jp/%E3%81%A0%E3%81%84%E3%81%98%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%B63%E7%B5%84-%E4%B9%99%E6%AD%A6-%E6%B4%8B%E5%8C%A1/dp/4062162997


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「『あ、『世界に一つだけの花』です。
ほら、SMAPの!』

…(中略)…

『ほら、何だっけ。
『ナンバーワンじゃなくていい。オンリーワンを目指そう!』
というメッセージ。
教育的にも、とてもすぐれた曲だと思うわ』

…(中略)…

『ほんとうに、“ナンバーワンにならなくてもいい”んだろうか……』

『紺野先生、どう思います?』

『ああ、ナンバーワンの話な』

『じつはな、オレはあんまりあの曲は好きじゃない』

『やっぱり! でも、どうして……』

『あれはさ、オレら世代の人間にはぴったりの曲だと思うんだ』

『どういうことですか?』

『まあ三十代にもなれば、これから能力がぐんと伸びることもないし、
新たな才能が開花するというケースもめったにない。
言葉は悪いけど、“頭打ち”の状態だと思うんだ』

『身もフタもないこと言いますね』

『でも現実はそうだろう。そんなとき、
『一番になんか、ならなくていい。君は君のままでいいんだから』
と言われたらどうだ』

『何か、救われた気持ちになれます』

『だろ。あの曲があんなにもヒットした理由は、そこにあると思うんだ』

…(中略)…

『そんないい曲なのに、どうして紺野先生はあまり好きじゃないんですか?』

『子どもたちにとっても名曲か、ということなんだ。
さっきも言ったように、もうオレらは頭打ち。
でも、子どもたちはちがうだろ。
あいつらには、まだまだナンバーワンになれる可能性がある。
それなのに『ナンバーワンにならなくてもいい』って。
はじめから逃げることを教えてどうする、と思っちゃうわけだよ』

『やっぱり、子どものうちはナンバーワンを目指すべきなんですかね』

『結果的に一番になることが重要だとは思っていない。
でも、一番になろうと努力することは大事なんじゃないかな。
その努力が自分の能力を伸ばすだろうし、逆に努力しても
報われない経験を通して、挫折を知ることができる』

『挫折……ですか』

『挫折ってさ、オレは大事だと思うんだ。
そりゃ傷つくのはしんどいけど、人間は挫折をくりかえすことで
学んでいくんじゃないのかな。
自分がどんな人間なのか。
どんなことに向いていて、どんなことに向いていないのか、
なんてことを』

…(中略)…

赤尾は、じっと考えこんでいた。
自分も生まれ持った障害のおかげで、数多くの挫折を経験してきた。
子どもの頃からサッカーが大好きだったが、みんなと同じように
ボールを蹴ることはできなかった。
テレビで見た音楽番組の影響でサックスを吹いてみたかったが、
指のない自分には吹けるはずもなかった。
だが、そうした数々の『できないこと』が少しずつ夢を軌道修正し、
いまこうして教師という職業へと導いてくれた。

『でもさあ』

…(中略)…

『いまの教育現場は、正反対なんだよな。
子どもをいかに傷つけないようにするか。
挫折を経験させないようにするか。
まさしく『君は君のままでいいんだよ』とビニールハウスで囲いこんで
温室栽培でもしてる感じ。
こんなことしていたら、かえってあいつらが将来的に苦労すると
思うんだけどなあ』

帰り道、ほおを赤く染めた赤尾は、ほろ酔いながら意外にも
しっかりした口調で、白石に語りかけた。

『今日の紺野先生の話、このまえ優作が言ってたことと、
ずいぶんかぶるとこがあったな』

『うん、『傷つくことをおそれて、チャレンジできない』とかね』

『でも、見方を変えれば、
『子どもが傷つかないように、チャレンジさせない』
ってことなんだろうな。
学校が、教師が』

『たしかに、そういう言い方もできるね』

『優作、見えてきたよ。
あの歌に対する、オレの答え。
最終的に目指すのは、やっぱりオンリーワンの存在。
でも、オンリーワンになるためには、きっとナンバーワンを目指す
時期が必要だと思うんだ』

『なるほどねえ……。
じゃあ、どうやって子どもたちの目を『ナンバーワン』に向けていくのか。
担任として、腕の見せどころだね!』

『うん、ちょっと考えなくちゃな』」



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『世界に一つだけの花』は、手話コーラスでも
歌われています。

ろう者はこういうものには興味ない人が多いのですが、
健常者は大好きなようです。


ところで、障害者の場合はどうだろうか。

障害があっても、子どもならばまだ将来のことを考えるし、
何か夢を持っているので、
そのための何か目標を自己設定し、
努力する子どももいます。

しかし、大人になって社会に出れば

「どうせナンバーワンになんか、なれっこない」

と思い込みやすくなるものです。

原因は、障害者のほとんどは、
障害者雇用促進法での就労に依存するという
現実だからだと思います。

そこが“職場内障害者授産施設”という、
特殊な環境になっているということは、
すでに何度も述べてきました。

会社でも健常者と障害者用に、
レーンが分かれているのです。
これによって初めから決められています。

でも、だからといって、「自分は自分」という考え方で
いいものなのだろうか。

その「自分は自分」という考え方の意味が問題です。


障害者の場合、その障害が先天性であっても後天性であっても、
障害者雇用促進法で会社に雇用してもらえます。

ほとんどが単純労働の仕事ばかりなので、
能力を見極める筆記試験もありません。
それまでのキャリアも不問です。

そして毎日毎日、その単純な仕事をやるだけの
日々が続きます。
何年も、です。
定年までの40年近く、ずっと同じ仕事を続けた
聴覚障害者もいます。
会社では障害者ははじめから、健常者とは違うレーンに
乗せられているのです。


そのレーンに乗せられている障害者たちは、
皆一様に、やる気をなくしていきます。

それぞれは、それぞれの持っている能力だけを
発揮していればいい、
と言われているような感じなのです。
だから、成長なんかありません。

その原因が会社の

「障害者は、できることをやればいい」

という言葉なのです。

私も、この言葉は会社でよく言われます。

だから、仕事は言われたことだけしかやらない。
積極性がないのが、誰が見ても一目でわかります。
頑張る意味などわかるはずもありません。

障害者は

「仕事が大変になってしまうから、
そこまでやらなくていいんだ」

と言います。

「そこまでやらなくていい」

とは、つまり

「そこまで頑張らなくていい」


ということです。

健常者も障害者に

「どうぞ、ゆっくりやっていて下さい」

と言うのです。

これって、本当に障害者に対して、
必要な配慮だったのでしょうか?


確かに、障害者のなかにはストレスをかけないほうが
いい知的・精神障害者などもいます。

でも身体障害者の場合には、そういった配慮はあまり
必要ないのではないか、と思います。

聴覚障害者の場合だったら、他の障害者とは大きく違い、
健常者と同様に頑張れるので、持っている力の20~30%しか
使っていない、ということもよくあるものです。

会社で障害者のいるところが、すなわち、
“職場内障害者授産施設”になっているものです。

そこの環境に馴染んでいくと、障害者は皆、
やる気をなくしていきます。

「それじゃあ、ダメなんだよなぁ」

と思うのですが、その体質はなかなか変わりません。

障害者は健常者と競ってナンバーワンにはなれなくても、
オンリーワンになら、なれるかもしれません。

そのために、障害者雇用促進法を守る会社の人事部としては、
障害者を健常者とは別のレーンに乗せているのでしょう。
慈善的雇用です。

でも、それが働く障害者のやる気をなくすような環境です。

これって、この小説に書いているこの話とも似ているな、
と思いました。
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by bunbun6610 | 2013-04-23 18:00 | だいじょうぶ3組