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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

障害者が教師をする意味

『だいじょうぶ3組』(乙武洋匡/著)

http://www.amazon.co.jp/%E3%81%A0%E3%81%84%E3%81%98%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%B63%E7%B5%84-%E4%B9%99%E6%AD%A6-%E6%B4%8B%E5%8C%A1/dp/4062162997


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「青柳が、赤尾のほうを見ることもなく話しかけてきた。

『は、はい?』

『昨日の始業式でのあいさつです。
『困っていることがあれば、手伝ってください』
って、赤尾先生にできないことがあるのは認めます。
でも、そのために白石先生がついているのでしょう。
われわれは教師ですよ。
どうして、子どもに手伝ってもらわなくてはいけないんですか』」


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実は、私も高校のときは

「将来は教師になりたい」

と思っていました。
でも、すぐに諦めてしまいました。

『耳の聞こえない私が4カ国語しゃべれる理由』
を著した金修琳氏も、教師になりたかったそうで、
教育実習まで受けていたそうです。

しかし、聴覚障害者が普通学校の教師になるのは、
おそらく不可能だろう。

ろう学校の教師ならいますが、
当時は手話があるということすらも、
ほとんど知りませんでした。


普通学校なら、この小説に出てくる、
青柳先生のように言う人は、
どこにでもいると思いますし、
一見、正論だと思います。

それだけでなく、生徒の保護者からも、
同様に言われたりするかもしれません。

でもそれが正しいのだとしたら多分、
障害者の普通学校教師なんて、
永遠に無理なんじゃないかと思います。


>「われわれは教師ですよ。
どうして、子どもに手伝ってもらわなくては
いけないんですか」



本当に、子どもの助けなしでしなければ
いけないのだろうか?
もしそうならば、障害者が教師をする
意味は何だろう?

四肢に障害があっても介助者がいれば、
健常者と同じように教師という仕事ができることを、
健常の生徒たちに示すためなのだろうか?

でもそれでは、今までの健常者が
考えていたのと同じように

"障害者も健常者と同じようにできるように頑張るべき"

というメッセージを生徒たちに伝えるだけに
なってしまうのではないだろうか。

少なくとも私には、青柳先生はなぜそう言っているのかが、
理解できません。
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by bunbun6610 | 2013-03-25 18:00 | だいじょうぶ3組