障害者と障害者雇用促進法

『だいじょうぶ3組』(乙武洋匡/著)

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乙武氏のような障害者には、社会から受ける差別的状況
はあまり見えないようにも思えます。

しかし、実際に社会で暮らしている多くの障害者には、
様々な差別的状況があるのではないか、と思います。

差別的状況というのは直接的な差別だけでなく、
欠格条項という法的差別や、
間接差別という合理的配慮の欠如も含まれます。

民間企業で単純労働をし、働く姿は健常者にもあるもので、
一見、何気ない情景を小説に描き込んだだけのようにも
見えます。
でも、障害者雇用促進法で働いてみて、私自身は思ったのです。

「これは、『障害者雇用促進法』ではなく
”障害者奴隷雇用促進法”だ」

世界的にも有名なディベロッパー企業で働いていて、
そう思ったのです。

健常者の奴隷として働くだけの長い年月を経て、
自分は障害があるという理由だけで、
たったそれだけで多くの人権を奪われながら生きている、
と思うようになっていきました。

もし乙武氏がこのまま、単純労働を一生続けていたら、
彼の才能はどうなっていただろうか。
それではもったいないことだと思いませんか。
無論、そのような障害者雇用では経済効果は
生まれないでしょう。

それは障害者が無能だからではなく、
国の失策といえるのです。

おそらく、才能があっても埋もれている障害者は
たくさんいるでしょう。
また才能がまだ開花していなくても、
必要な合理的配慮が整えば能力を
発揮する障害者も、きっといることでしょう。

それが、当ブロブのカテゴリー『障害者の経済学』
関係があるのです。
『国連・障害者権利条約』ともです。

健常者には関係ないと思うかもしれませんが、
障害者問題も経済問題とはやはり、
切り離せないのです。

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「大学卒業後、赤尾は小学生の頃から得意だった
コンピュータの技術を生かし、プログラマーとして
働いていた。

健常者のように指でキーボードを叩くことはできないが、
スティックのような特殊な形をした短い腕は打ちたい
キーを正確にとらえ、またつぎのキーへとすばやく
移動していく。

短い腕がキーボードの上をネズミ花火のように
めまぐるしく動く様子は、ほとんど曲芸に近かった。

『このまま、この仕事を一生続けていくんだろうか』

そんな疑問を抱きはじめたのは、一年前のことだ。
とくにきっかけがあったわけではない。

ただ、入社から五年目を迎え、毎日パソコンの画面と
向きあい、ひたすら英数字を打ち込む無機質な日々に、
『この先、何十年とこの生活が続くのか』と深い暗闇に
もぐっていくゆな不安を感じはじめたのだ。

『もっと血の通った仕事がしたい』

心のすみに芽生えた小さな思いが日に日に育っていく
のを、赤尾は感じていた。」



「『あ、慎ちゃんさあ、たしか大学のとき、
教職取ってたよね?』
『ああ、いちおうな。でも、ダメだったよ。
採用試験、実技で『ピアノ』と『水泳』があるんだぜ。
手足のないオレなんか、門前払い。
そんな教員は必要ないってことだろうな』」



「もし、それが論文と面接だけだとしたら――」
重度の障害がありながら、前向きに社会参加を
果たしてきたひとりの若者。
その経験を教師として子どもたちに伝えていくことは、
文部科学省が提唱する『生きる力の育成』に必ずや
プラスになるはず――。

白石の提案に、教育委員会も前向きに検討を始めた。

黒板への板書はどうするのか。
理科の実験道具はあつかえるのか。
子どもが牛乳びんを割ってしまった場合、だれが
ガラスの破片をかたづけるのか。
赤尾は、白石を交えて何度も教育委員会と話し合いの
場を持った。
電動車いすの教員が誕生した際の「if」(イフ)を
徹底的に洗いだし、解決策を練った。
その結果、介助員という形で赤尾の手助けをする
スタッフがつけば、ほとんどの課題が解決できることが
わかった。

そして、その介助員には当然ながら、気心の知れた
幼なじみである白石が選ばれることになった。」

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by bunbun6610 | 2013-03-22 18:30 | だいじょうぶ3組
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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610
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