異なる障害を持つ人々の結束

『哀れみはいらない―全米障害者運動の軌跡』(著者: ジョセフ・P. シャピロ /現代書館)

 →http://booklog.jp/users/miyamatsuoka/archives/4768434185

(参考)臼井久実子
 →http://www.yuki-enishi.com/guest/guest-020529-1.html



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「「私たちはこれ以上の隔離を受けません」。
ヒューマンはアイダーバーグに向かって怒りをぶつけます。
「もし障害者へのアクセスがない建物を建てたら、それは合法的に
隔離を実行していることになります。
政府がこれを理解するまで、座り込みは終わりません」。
ロバーツもアイダーバーグの言う「分離すれども平等」に反撃した。
「統合がキーワードです。
障害をもつ人々は社会にもどらなければいけないんです」。
サンフランシスコでの座り込みは、障害者権利運動の通過儀礼(成人式)
だったかもしれない。
自分の健康を害するという危険性や逮捕の危険性をも冒しながら、
市民的不服従の手法で、全米を、そして自分たち自身をも驚かせ、
大きく成長したからだ。
CILが奨励していた、障害の種別を越え結束する運動という哲学も実践した。
「あらゆる障害者が、理想に燃えて連邦ビルに入って行きました。
けれど最初から、自分とは違う障害を持つ人々についてよく理解して
いなかったと気づいたんです」。
二五日間座り込んだメアリー・ジェーン・オーエンは言う。
「ろう者はろう者の団体、車椅子使用者は車椅子の団体、二分脊椎は二分脊椎の団体、
知的障害者は知的障害者の団体。
この座り込みの前は、こんなふうに活動していました。」
こんな一種の教団主義といえる傾向が、座り込みをきっかけに変化したらしい。
連邦ビルの六階の閉鎖された空間で、皆一緒に生活しているうち、
プライバシーもなくなり、障害者だけの小さな町に住むようになったも
同然となったからだ。
…(中略)…
障害者として、自分たちが社会では二級の市民としてしか扱われていないと
誰もが共感し、友情が育まれた。」



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用語については、ここでは、次の通りです。

「健常者」…障害のない人たち。

「健聴者」…障害がある、ない人とに関わらず、
聴覚には障害がない人たち。

「聴覚障害者」…ろう者、難聴者、中途失聴者、
また聴覚障害も含む重複障害を持つ人たちも含めて。



60歳以降の再雇用制度が少しずつ進んでいます。
これだけの高齢者層になると、そのなかにも、
何らかの障害のある人も増えていきます。

例えば、健常者でしたが、人工肛門とか、
片足が義足になったとか、脳梗塞の後遺症で
身体の一部あるいは大部分がマヒになってしまった人、
精神障害が起きた人、などです。
中途障害者の人たちです。

障害を持つようになると、それまでのようには
仕事ができなくなり、うつ病を併発するようになる
人も増えています。

「あなたにはもう、それまでの仕事は出来ません」

と会社に言われても、本人は過去(健常者時代)から
築いてきた栄光にこだわり、
すぐには障害の受容もできない。
それが心までも悪くしてしまうことは往々にしてあります。
怖いのは身体に障害を抱えることより、
内面に障害を抱えてしまうことです。

ではもし

「障害があってもいいんだ」

という社会だったとしたら、こういった悲劇は
減るのでしょうか?
障害のない人も、周りにいる障害者一人ひとりの
障害を受容することが、本当の共生社会では
大切なのではないでしょうか。
そういう社会的実験をしてみる価値もありそうです。


障害者が増えても、その障害者理解だけでは、
聴覚障害者は他の障害者とうまくいきません。
聴覚障害者特有のコミュニケーション問題があります。


障害者雇用促進法や、60歳以降再雇用制度のおかげで、
職場には他の障害者が増えてきました。
それで、私もときどき会うのですが、
障害者同士には確かに気が合うところがあるらしく、
よく日常会話がはずみます。

お昼の食事のときにも、携帯電話で相手を呼び出して、
一緒に食事をするほど、気さくな人間関係なようです。

ところが聴覚障害者の場合は、一緒にいても、
会話がありません。

なぜだと思いますか?

聞こえる人は、聴覚障害者に話すのも遠慮してしまうからです。
そして、聞こえる障害者同士で話すだけになってしまうからです。
聞こえない人が、透明人間のようになってしまうのです。
これは、とても寂しいことです。

こんなことがほとんど毎日、定年退職するまで、
いや生涯続くことなのです。
私は、本当はその宿命がイヤです。
でも、それを受け入れなくてはなりません。

「コミュニケーションとは、空気のようなものなのだなぁ」

そう感じました。

ただ、音声コミュニケーションと、
視覚コミュニケーションとの違いだけで、
こうなってしまうのだ。


我慢するだけでは何も変わりません。
聴覚障害の問題を理解はしてもらえません。

かといって、直接言うのも、どのように伝えるかが、
非常に難しい。
おそらく、聴覚障害者ならば皆、
こういう悩みを持っていることだろう。


最近、コミュニケーションの仕方で、
園田監督の暴力事件が大きく浮上していましたが、
暴力だけでなく、暴言も、
言い方に何か気に障るようなことでも良くありません。
自分ではそのつもりがなくても、
人間関係に悪影響を与えてしまい、
自分の墓穴を掘る結果になってしまいます。
だから、この問題を解決するのは難しい。
自分一人の努力だけでは到底、無理です。

健聴者には非常に大事な話をしているつもりなのですが、
よく

「あなたは自己主張ばかり」

と言われてしまうのです。

稀にはどうにか伝わる場合もありますが、
それは気持ちのほうなのです。
話す私の気持ちが真剣だから。

それでは、もの柔らかに伝えてみたらどうかというと、
これだと全然伝わらないのです。
何回言ってみても、まず全滅します。

勇気を出して、言ったところで

「後で…」

と言われ、そのままになってしまう事例、
またどうにかうまくいったとして、
上司がコミュニケーションのルールを決めたけれど、
ほとんどの人がやらない、という事例は、
他の聴覚障害者でも多いのではないかと思います。


「誰か一人でもやってくれただけでも、
いいじゃないか」

と言われ、それでよしと我慢する。
結局、全社的な取り組みにはならない。
周囲のほとんどの人にはないがしろにされる、
という屈辱を味わう。
理解してくれた誰か一人だけがボランティア的にやってくれる、
という程度にとどまる。


ある上司はこう言いました。

「コミュニケーション方法は大事なことなので、
聴覚障害者との場合についても皆に通達する。
ただ、それを守ってくれるかどうかまでは、
個人の意識による。
皆に強制はできないのです」


取り組みには時間がかかる、という意味でもあるのだろう。
しかし、罰則なきルール
(というより実質、『お願い』に過ぎないのであるが)
では、守らない人のほうが圧倒的に多いままです。

そのうちに、守ってくれていた人も人事異動などでいなくなり、
結局誰もやらなくなる。
そのルールを知っている人も、部署内にはだんだんといなくなる。
そして、忘れ去られてしまう。


コミュニケーションとは、やはり空気のようなものなのだ。
音声コミュニケーション上では、
その問題が起きていても、空気のごとく見えない。
聞こえない人にはそれが見えても、
聞こえる人にはわからない。



すごく残念です。
もう諦めるしかない、
とさえ思うことは、山ほどあります。


FMワイヤレスマイク・システムという方法を、
相手(健聴者)にお願いしたこともあるのですが、
これもすぐに使われなくなってしまいました。

これは、他の障害を持つ健聴者でも同じです。

なぜかというと、コミュニケーション方法にしても、
人により好き嫌いがあるようです。
お互いに重装備になるため、相手(健聴者)側に
とっても準備が面倒なのが、最大理由のようです。

このシステムの使用には、健聴者の協力も不可欠です。
協力してもらうためには、まず理解が必要です。

さらに、頭では理解はしてくれても、
まだ健聴者にやってもらわなければならない点が、
FMワイヤレス・システムにはあります。

この機器は、主にろう学校の先生などが使っているそうで、
会社でも威力を発揮する場合があります。
それはやはり、ろう学校の先生だから理解があるのです。

しかし会社だと、やはり使用に際しての健聴者の理解がなく、
使われずに終わってしまったり、
使われていても、マイクの取り付け方とか、
音量・音質調整などがおざなりに
なったりすることも多い。
それでうまくいかない場合がしばしばです。


こういった不具合は、手話・要約筆記通訳の利用場面でもあります。
健聴者からは、よく

「通訳は不要」

と言われます。
なぜかというと

「知らなくても大丈夫な情報だから」

なのだそうです。
じゃ、何でそこに聴覚障害者社員も含めて全員集めて、
誰かが話をしているのだろうか。
真剣に考えたら頭が変になりそうなのは、こっちのほうだ。

とにかく、一緒にいることが協調性を重んじることだと、
健聴者社会では考えられているらしい。
おかしなことであるのだが。

たとえ手話・要約筆記通訳はあっても、
今度はそれをうまく使う配慮がなかったりします。

つまり、健聴者は聴覚障害者情報保障など、
どうでもいいと思っているのだ。
かくして、公費派遣でわざわざ用意した通訳すら、
形式的配備で終わったりする。
最悪だと、こうなるのだ。


健常者よりも障害者のほうが、
確かに聴覚障害者に障害があるということを、
多少は理解してくれるようです。

でも、聴覚障害者の本当の障害について、
理解できている障害者というのは、
まだまだ少ないと思います。
それが当たり前です。

自立支援法施行のときに、
身体障害者は原則一割の応益負担を飲んだという。
しかし、聴覚障害者団体だけが、聴覚障害者通訳への
費用負担に反対しました。

それで、他の障害者から

「我々は費用負担に応じたのに、
聴覚障害者の手話・要約筆記通訳だけ、
なぜ無料実施を求めるのか」

という声があがったそうです。
それについて、まだ知らない読者もおられるかと思いますので、
いずれ書いてみようと思っています。


千葉県の障害者差別禁止法(※)をつくるときにも、
様々な障害者が集まり、議論が進められました。
しかし、最初は聴覚に障害があった人に対する
手話・要約筆記通訳が準備されていなかった。
そのため聴覚障害者が出席しても会議の内容が
さっぱりわからず、それで聴覚障害者側の意見も
言えず、聴覚障害者だけ取り残されていた、
という状況でした。
しかしその問題も、他の障害者は理解してくれるようになり、
解決しました。


障害者たちは、異なる障害であっても理解し合い、
障害を乗り越えることができた。
それなのに、健常者たちはなぜそれができないのだろうか。


(※)当ブログ
『日本の障害者差別禁止法制定への壁』
〔2013-01-29 18:00〕
参照。

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by bunbun6610 | 2013-02-05 18:00 | 哀れみはいらない


ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

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