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蒼穹 -そうきゅう-

「愛の反対は無関心」

「愛の反対は無関心」 ―マザー・テレサの言葉です。


あるテレビを観ていたときのことです。

ナレーターがテロの惨劇を見て

「何の関係もない人々を殺してしまうなんて…」

と話していました。
私も昔は、同じように考えていました。

テロ犯と、その目的と、テロの犠牲者には
「何の関係もない」と。

テロの目的はアメリカという国や、
政府などに対する報復。
だから、一般民衆には無関係なのだと。

でも、今はそうは思いません。



「愛の反対は憎悪ではありません。
無関心です」

これは、マザー・テレサの言葉だ。

無関心が生み出す悲劇は、当ブログ・カテゴリー

『六本木ヒルズ回転ドア事故』

の記事でも述べました。

最も悲しく、そして恐ろしいのは、
憎悪よりも無関心なのかもしれません。
それが罪だとは、誰も思わないからです。

皆「自分が悪いのではない」と言って、逃げるだけ。
あるいは、誰かに罪を押し付け、責めるだけ。
あるいは、自分に関係がなければ「どうでもよい」と。


『われわれ自身のなかのヒトラー』

マックス・ピカートが書いた本だ。


そして

「マホメットも、ナポレオンも、乞食も…、
みんな一緒くたにしたのが人間なんだ」

というふうな言葉を小説に書いたのが、ゴーリキーだ。


これらには、共通点があるような気がする。

私は、テロ犯も自分もヒトラーも、またあなたとも、
誰一人として全くの無関係ではない、と思う。
それが“人間”なんだ、と思う。
人間とは、最も複雑な関係を持つ動物なのだ。

人間は単独者ではない。
どんな他者とも、決して無関係ではない。
その時代は勿論、時代の後にも影響は続く。
つながっているのだ。

「われわれと似た様につくろう」(創世記)

この言葉通りなのだろう。

人間はアダムとイブ以来、すべての人が罪人なのだ。
その点では、皆同じなのだ。

私はクリスチャンでもないし、
キリスト教のことはよく知りませんが、
自分ではそんなふうに思えるのです。

無関係だなんて、とんでもない。
果たしてそんなことが言えるのだろうか、と思う。


選挙の投票日が近づいています。

「誰があんな候補者を選んだんだ?」

と他人のせいにばかりしないで、
責任を持って、きちんと選びたいものです。

話が変わったのではありません。

私の話していることの意味は、
おわかりになれないでしょうか?

それならば、私の話していることは、
おかしいのでしょうか?
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by bunbun6610 | 2012-12-13 18:30 | 社会