好きなことを職業にすること ―そのギャップ

先日、NHKテレビ プロフェッショナル仕事の流儀 特別編
『イチロースペシャル2012』
を観ました。

そのなかで、イチローは次のようなことを言っていた。


「野球選手は、好きなことを職業にしている。
しかし、だからといって楽しいのかというと…。
草野球を一生懸命やっていて楽しいのと、
プロの世界で一生懸命やるのとは、全く違う。
僕ならば、子どもたちに
『楽しいから野球選手になれ』
とは、とても言えない」


私も職人世界で働いたことのある人間。
聴覚障害者では数少ないと言われる、
パティシェだった。
だから、イチローの言うことはわかる気がしました。

自分の理想的なバッティングをしているときでも、
結果が全然伴わない、ということもあるという。
そのような苦しみは、パティシェにもある。

自分の創作したプティ・がトーが美味しい、
自信作だ、と思って店に出しても、
全然売れないことがよくある。

他のパティシェも、そう嘆いていることが
よくある。

職人として、それは正直、悔しくて、残念だ。

お客はショーケースに並べたお菓子のどれにも
目をそらして

「苺のショートケーキはないの?」

「モンブランは置いていないの?」

「カスタードプリンは?」

などと、ケーキの固定観念に囚われたような
要望ばかりしてくることが、よくある。
まるで養鶏場で、同じエサを食べて育ったニワトリみたいに、
異口同音のように言うのだ。
だが、それに応えるのが仕事。

作りたいものを作っても、お客が来なくなり、
売れなくなってしまったら、
店は潰れてしまう。

この職業をやっていると、よくお客さんに

「好きなことをやっていて、羨ましいですね」

と言われる。
しかし現実は、そんなことはないのだ。
これは、レストランのパティシェをしていたときでも、
同じだった。

仕事と、本当に自分の好きなことに没頭できる趣味、
あるいはその世界とは、全く違う味わいなのだ。

レストランのパティシェは、本職のデザートを
担当するだけではなく、忙しいランチや
ディナー・タイムに調理補助の仕事もしなくてはならず、
まさに「お店の、縁の下の力持ち」的な存在だと思う。
それは並大抵の体力、精神力では務まらない。

ただ人を助ける忙しさに忙殺され、自分の仕事、
やりたいことなどは、いつも後回し。
それで誰よりも一番早く出勤し、仕事が終わった後も、
一番遅く帰る。
当然、厨房スタッフのなかで、雑用をこなす量が
一番多く、犠牲になるのがパティシェだ。

「レストランでは、パティシェの地位は、
何と低いのだろうか」

 ―そう嘆いたこともある。

今でも女性の採用が少ないのは、そうしたことが
理由かもしれない。
女性が多い職場では、少しずつ理解が進んでいる
のかもしれないが…。


「私の将来の夢は、パティシェになることだ」

は、結構なことだ。
だが、それを叶えて、ずっと続けていくことは、
本当に大変だと思う。
それが、この職業、世界だから。
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by bunbun6610 | 2012-12-31 10:30 | 雑談

ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610