職場での「不快なこと」

○○さん、聞いて下さい。
今日は不快なことが2回もありました。

1回目は30分間の朝礼。
全然聞こえないのに、
座っていなきゃならない。

時々、誰か若い女性が話の幾つかを
チョイスして筆談してくれる。(※)
それはありがたいのだけど、
結局言いたいことがよく理解できず、
最低の場合だと頭に入らなかったりするのです。
しかも、これをこれから毎日、もっとやるんだってさ。

2回目は年3回か4回実施している社長などの
会社経営についての話です。
これなんか、通訳もないのに1時間半もずっと
座らされ続けられました。
日本の会社って、何でこんなに頭がおかしいんだろう?

私はいずれも

「聞こえないですから(自分は欠席で)結構です」

とハッキリと断ったのですが、

「いや、出ないとダメだから」

と言われました。
何ででしょうね?

これが健聴者の考え方ですよ。
理解できないのを通り越して

「バカじゃないの?」

という感情をずっと我慢しながら、
座っていなきゃならないのです。

今日思ったことは、会社の「鈍感」と僕の「傲慢」との
冷戦状態がある、と感じました。
本当は自分のこの気持ちを「傲慢」とは思いたくない
のですけど、納得できないからといって文句を言うのは
傲慢かな?
という心理的葛藤があることは確かです。

もう一つ気がついたことは、こんな心理状態の時に、
筆談をしてくれて、ありがたくそれを読んでも、
頭に入らないことです。

自分が悪いのでしょうか?

いや、そんなことはない。
無理もないのだと、自分では納得できます。

でも、問題は周囲の人がそれに気づいてもいないし、
筆談や資料をひたすら読んで葛藤とも戦っている自分を、
きちんと理解して見てくれていない、
という問題もあります。

想像ですが、健聴者の話には、資料の通りに話すのではなく、
それなりにストーリーがあるんじゃないかと想像します。
でないと、自分が読んでいる資料の内容なんか、
つまらなくて頭に入らないんじゃないかなぁ?
と想像します。
話し方、繰り返し性、声の抑揚、感情的表現、
身体の動きとの連動性、巧みな話術、ストーリー性、
そういった要素が、話し言葉のなかにはたくさんある
んじゃないかと想像します。
聴衆はそれに何らかの印象を受けて、
記憶できるのではないかと想像します。

それに対し、私にしてくれる筆談というのは、
1時間半の話の中で、たった5行程度だったりします。(※)
これじゃぁ、あんまり貧弱じゃないですか。

不公平だ、差別だ、とも言いたくなりますよ。


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(※)
勿論、これは聴覚障害者対象の情報保障や
通訳というものではありません。

当ブログ
『通訳と筆談、筆記との違いについて』
〔2011-10-27 22:07〕

『筆記通訳?』
〔2011-10-29 22:36〕

参照。

働く聴覚障害者の職場環境整備としての
助成金をもらっていながら、
自社の情報保障整備を全くしていない企業側にこそ、
問題があります。

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by bunbun6610 | 2012-10-17 20:02 | Z1.クレジットカード会社
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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610
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