理解されない聴覚障害者の苦しみ

飲食業界の話ですが、昔は就職面接でよく、

「あなたの耳が、よく聞こえないことは分かった。
だがウチは、耳が聞こえないからといって、配慮はしない。
「それでもやりたい」という気があるか。
やりたいのならば、ウチに入れてもかまわない」

と言われたりしました。
私は、他に働けるところがなかったから、
何が何でも我慢して、働きました。

聞こえないことでミスをしてしまっても、
誤解されても我慢しました。

言い訳をすると

「障害者はすぐ障害のせいにするのか」

と思われていたようだったこともありました。
だから

「障害を理由にして(言って)はいけない」

という意味だと思いました。

「働きたい」の意思表示は、健常者も障害者も関係なく、
こういうものだったのかもしれません。
会社の人は、その人に障害があろうとなかろうと、
まず「ここで働きたい」という意思を確認しようとしていました。

「私は耳が聞こえないから、職場の皆はどうするのか」

ということは、その聴覚障害者が入ってから起きる問題なので、
入ってこないと健聴者は何も分かりませんでした。
それまで聴覚障害者など入ってきたこともないものだから、
誰も考えたことありませんでした。
だから入ってくるといろいろな問題が起きて、大変でした。
毎日、私には

「迷惑をかけてしまっている」

という気持ちが重くのしかかっていました。
それは、私が頑張ったからといって解消するわけでは
ありませんでした。
聞こえないことによる仕事のミスは、他のことで埋め合わせ
をしようと、一生懸命やりました。
健聴者はそれを期待していたし、周囲からそれだけしか方法はない、
と思われていました。
しかし、それは聴覚障害者問題の、そしてミスをなくすことへの、
本当の問題解決にはならないと、自分自身で気づくようになりました。
(今思えば、それこそ間違った考え方だったとわかります。)
周りの人が

「それが当たり前」

だと思うようになっていたことも、
問題だと考えるようになりました。
そして、解決方法を提案したこともありました。

けれども、皆がそれを理解しなければ、
どうにもなりませんでした。
結局、いつも孤独で、健聴者のやり方で我慢するしか
ありませんでした。
健聴者にはどうしてもわからないことでした。

今も、健聴者の考え方は、そのときと少しも変わって
いないのだろうか。


分離教育や特例子会社、職場内障害者授産施設という、
今のやり方では、社会の本当の聴覚障害者理解は
進まないのかもしれません。
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by bunbun6610 | 2012-05-04 12:53 | 就労後の聴覚障害者問題B

ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610