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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

障害者も、税金を支払う立場になりたい

『哀れみはいらない―全米障害者運動の軌跡』(著者: ジョセフ・P. シャピロ /現代書館)

 →http://booklog.jp/users/miyamatsuoka/archives/4768434185

(参考)臼井久実子
 →http://www.yuki-enishi.com/guest/guest-020529-1.html


「『税金を支払う立場になりたい』
私は考える。
障害者差別の最大の問題はこのような裁判闘争より、日常茶飯事に
潜んでいるかもしれないと。
たとえば、1985年のハリス統計によれば、障害者の実際の
就職率はたった三分の一だ。
残りの三分の二は仕事をこなす能力や資格もあり、就職を希望しているのに、
雇用時の障害者に対する差別や交通手段におけるアクセスの欠如のため、
働けないという。

全米障害者評議会(the National Council on the Disability)」
のサンドラ・スイフト・パリノは言う。
障害者は
「働きたくて働きたくてしょうがないし、働ける力も十分もっている」。
職種の範囲が狭まることはあるが、企業側が障害者を雇いたくないと
思っていたり、障害者のニーズにあわせて環境整備をしないことの
ほうが現実には多い。


失業中の障害者は連邦政府から障害年金を受給しているが、
これは年間六千億ドルにもなる。

医療費やリハビリ費用、直接現金を生むような生産的活動をしていない
ことを社会のコストとして含めれば、障害者は毎年、
国に約一万七千億ドル支出させているという計算が成り立つ。

「障害者は生産性を高め、税金を支払う立場になりたいと
願っているのに、国はこの人たちを社会保障に依存させている。
こんなばかげた話はない」


大統領直轄障害者雇用委員会
(the President’s Committee on Employment of People with
Disabilities)
の前議長ジェイ・ロシュリンは言う。
が、障害者を雇わないと現実に公言する企業はめったにない。

ポール・スティーブン・ミラーの例をみてみよう。
彼自身は、「背が低い」と言われる方を好むが、
小人症という障害をもっている。

彼は1986年、ハーバード・ロースクール
(訳注:日本の大学院に相当する法学研究科)
をトップの成績で卒業した。
問題は卒業後だ。

同級生はつぎつぎに有名会社に就職しているのに、彼にはどこからも
声がかからなかった。
すでに四十もの法律事務所に面接していたにもかかわらずだ。
しかも誰も不採用の理由をはっきりと説明してくれない。

フィラデルフィアのある法律事務所の弁護士がようやくこう言った。

ミラーの業績自体には非常によい印象をもっているが、
彼を雇った場合不安だ。

もし外部のお客さんが社を訪ねてきて廊下でミラーの姿を見たら、
「この会社はサーカスで奇形を集めているのか」
と思われるかもしれない。
それは困るというのだった。

ミラーは現在、ロサンゼルスにあるウエスタン障害者権利法律センターで
働いている。」




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『就労前の聴覚障害者問題』では、
聴覚障害者は見た目だけでは、
不利を受けることはないと思われます。
障害者雇用どころか、難聴者には自分の障害を隠して、
一般枠で就職している人もたくさんいます。
とはいえ、企業側は、聴覚障害者の本当の問題点を
知らなかったから、就職できやすかっただけの話なのだが。
聴覚障害者の方も、何と言っても生活のために就職することが
大事なのだから、この問題を言わないし、隠したがります。

しかし、他の障害者のなかには就職困難な人もいます。
健常者は、見た目で障害者の障害を判断する場合が少なからずある、
からです。

これは、当ブログ・カテゴリー『障害者の経済学』とも
関連の深い話です。
もしも、国にこのような障害者対象の支出費用を調査させたとしたら、
どういう結果になるだろうか。
原発と同じように、障害者福祉コストを背負い続けるという、
高コスト問題はありえるだろう。

障害者問題など、誰も相手にしていないから、
国民も全く知らないのだろう。
「障害者イコールお荷物」という考え方は、
もしかしたら健常者の考え方が間違っているせいかもしれないのに。

障害者の経済的社会的自立は、
障害者のほうだけにメリットがあるのではありません。
社会全体にとっても、プラスになるのです。
それが『障害者の経済学』の主張の一つになっている、
と思います。

障害者に最も必要なのは、
24時間テレビなどがやっている慈善的支援ではない。
彼ら自身の真の自立への、支援なのです。
それが障害者を、精神的にも自立させることになる。
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by bunbun6610 | 2012-04-18 19:04 | 哀れみはいらない