障害者は、永遠の子ども?

『哀れみはいらない―全米障害者運動の軌跡』(著者: ジョセフ・P. シャピロ /現代書館)

 →http://booklog.jp/users/miyamatsuoka/archives/4768434185

(参考)臼井久実子
 →http://www.yuki-enishi.com/guest/guest-020529-1.html


「彼女の意志は「保護」の名のもとに尊重されなかった。「障害者が子ども扱い」
されていることに他ならないのではないだろうか。障害者の権利を擁護してきた
弁護士、故ティモシー・クックは言った。
永遠の子どもとしてしか、私たち障害者はみられていないのです」」



「職場内障害者授産施設」という言葉を
聞いたことがありますか?

実は、この言葉は、障害者の就労後問題が書かれている
本に載っていました。
健常者の考えた、目には見えない障害者授産施設のことで、
つまりは、おかしな、不当な「特別扱い」です。

健常者は障害者に対し、特別に優しくしてあげている
つもりだったのかもしれませんが、障害者本人にとっては、
それは非常な精神的苦痛だったという告白がなされていました。

私も今の会社で、同様の経験をし、精神的苦痛を味わってきました。
自分だけ他の人と違う仕事で、誰にでも出来る、
ごく単純な仕事ばかりを与えられて

「ゆっくりやっていていいですよ」

という言葉をかけられた自分の気持ちは、むしろ屈辱的でした。

「なぜ障害者だけ、そのように扱われなければならないのだろうか?」

そう思って、会社の上司をはじめ、先輩にも、何度もわけを聞きました。

しかし、そのわけは誰も話してくれませんでした。
なぜか「人事に聞いて」と言われ、そして人事に聞くと今度は

「上司に聞かなければわかりません」

と言われました。
そして、上司が苦し紛れに言った言葉には、
今度は一貫性がなく、言っていることとやっていることとが違う、
と感じました。
だから、私のこの疑問に対する答はずっと、
会社ではたらい回しにされ続けていたのです。

とうとう私は不審に思うようになり、

「健常者は口にこそ出さないが、これは障害者差別なのだろう」

と感じました。
それは、ある本に載っている「職場内障害者授産施設」を
話した障害者の状況と、同じだったのです。

健常者は、障害者を永遠の子どもとしてしか、
見ていないのではないでしょうか。
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by bunbun6610 | 2012-03-28 00:48 | 哀れみはいらない
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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610
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