「聾唖(ろうあ)」という言葉の存在意義

日本手話が母語の聴覚障害者は、今は「聾(ろう)」とか
「ろう者(聾者)」と呼び合うようになっていますが、
昔は「聾唖(ろうあ)者」という言葉が使われていました。

「聾唖」は、今では差別語とみなされていて、
健常者社会では禁止用語になっていますが、
60歳以上の聾唖者は確実に存在しており、
自らを「ろうあ者(聾唖者)です」と言う(筆記する)
ことがあります。

要するに「聾唖」は、その時代を生きた人たちへの
差別の事実を象徴する言葉だったんじゃないか、
と思います。
その体験から、彼らに自然に身につけられた言葉
だと思います。

しかし最近では、「ろうあ者」という言葉の使用頻度は、
かなり減ってきています。
35歳以下のろう者となると、聾(ろう)の人でも、
日本語を話すことができる人が増えています。
すると、

「今は『聾(ろう)』ではあっても、『唖(あ)』ではない、
だから『聾唖者(ろうあ者)』は今ではいないし、
そんな呼び方はしなくなったんだよ」

という話を、ろう者から聞かされました。

こうした説明には、ろう社会のなかでは賛否両論
あるだろう、とは思いますが…。

(注;「ろう者」「ろうあ者」の用語について、私の使い方は、

 →当ブログ

『聴覚障害の用語定義について』
〔2011-03-30 22:03〕


に述べたように、区別せずに「ろう者」と呼ぶことにしています)

「差別語は消えつつある」(だから、差別と認め禁止用語になった)
――そう思っていいのかというと、そうではないというのが、
当事者団体『財団法人 全日本ろうあ連盟』です。

私も、差別は今もあると思っています。

数年前の毎日新聞の調査だったと思いますが、
職場での障害者の意識調査で、
「差別があると思うか?」という質問に対し、
「ある」と回答した障害者は70%を超えていた、という。

しかし、それでも職場で「差別はもう止めて」の
言葉は絶対に言えない。
この新聞発表のデータは、障害者たちの、
「声無き声」なのであろうと思う。

職場で言ったら人間関係がまずくなり、
辞めされられる可能性が濃厚だからです。

これは健常者・健聴者でも同じです。

特に女性も障害者同様、立場が低くされている状況
だと思います。

話を「ろうあ者」について戻しますが、
「聾で生まれた人でも話せる人が増えた」理由としては、
補聴器の進歩や、ろう学校での日本語(口話)教育の
進歩が大きいのではないか、と感じます。

それ自体は差別解消と言うよりも、
補聴器の進歩や、自分の聴覚障害の克服という
自己努力によるところが大きいのです。

差別解消は本来、当事者を取り巻いている社会環境、
すなわち人々が努力すべき部分です。

それとともに障害者の自己努力もあって、
はじめて「歩み寄り」と言えるのではないか、
と思うのです。

ところが障害者に対して、一方的な自己努力を強いて
いるばかりの今の社会では、厚生労働省が掲げる
ノーマライゼーション

 →http://kotobank.jp/word/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%BC%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3

という目標は達成できません。
あるいは逆に社会が合理的配慮

 →http://www.asai-hiroshi.jp/mysite6/homepage/gouriteki.html

へ努力していても、聴覚障害者がそれを

「不要だ、同じでいい」

と言って合理的配慮を拒否していたり、

(信じられないことかもしれませんが、実際にあることです)

何の自己努力もしなかったりするならば、
本当の差別的状況の解消にはならない。

(実は、彼らの言うこの「同じ」のほうが、おかしいのだが)

加えて、健聴者の立場から見たら自己中心的な行動を
している事実も、一部の若い聴覚障害者には目立つ。

最近では健聴者の方から「逆差別ではないのか?」と
言われるケースも出てきています。

この溝の原因には、やはり国の「障害者分離施策」、
言い換えると「差別」があるのではないかと
言えそうです。

障害者の「住み分け」は合理的配慮になりうるが、
「(障害者と健常者の)分離施策」は考え方そのものから、
違うと思います。






【追記】(2014年10月4日)

今ではすっかり、ろう学校に通う聴覚障害児も
激減した。

数年前に都立石神井ろう学校(中高等学校部)を
見学した時は、一つの教室が一学年になっていて、
生徒数は5人ぐらいしかいなかった。

ということは、他の聴覚障害児はみんな、
普通学校に通っているということなのだろう。
授業は補聴器で聞いている、というわけだ。

いや、ろう学校の中でも、ほとんどの生徒が
補聴器を使用していたと思う。
授業では手話も使われていたが、それはろう社会
で使われる手話〔日本手話〕とは違う。
日本語対応手話だ。
だから、読み手となる生徒にもし、日本語が
わからなかったり、苦手だったら、完全に理解
することは難しいのではないか。
学校の先生も、手話よりも日本語でしゃべること
を推奨していた。

このようになったのは、親の判断の前提として、
学校や医者のアドバイスが大きかったのだろう。
昔と比べ大きく変わった補聴器の進歩が、後押し
したのだと思う。

今の若い聴覚障害者ならば、重度の人でも
発語能力はかなり向上しているらしいが、
それは補聴器の進歩が大きな理由だと思われる。
日本語を話せることこそ、卒業後に社会で生きて
いくために必要なことだと判断されたに違いない。

そして実際、話せるようになったろう者は、
確かに増えていった。
それで、ろう学校教育は成功したかに見えた。

今では、ろう者までもが

「もう、聾唖者はいなくなったんだよ」

と言ったのには、やはり驚きであった。

確かに、彼は日本手話も対応手話もわかるろう者で、
ろう者社会の一員である。
でも、その人が言うのだから

「あー、今のろう者は、変わってきたんだな」

と思った。


しかし、そうとも言いきれない。

ろう者による、ろう者学セミナーというのがあって、
そこでは『ろう者は消滅する民族か』という講演が、
今年あったそうだ。


『スペシャル!! ろう者学セミナー2014』




さらに調べてみると、驚いたことに、ろう者による
「補聴器を壊す催し」が、過去にあったらしい。
その情報源は下記のウェブサイトからである。

『今月の話題(2000年6月)
< テレビ・ドラマ「おふくろに乾杯」 >』



私はろう者ではないけれども

「補聴器を壊したくなる気持ち」

も、よくわかる。
私自身も、過去に次のような記事を書いている。


『補聴器を外した理由』
〔2011-01-07 18:00〕



『職場での音声コミュニケーション障害に疲れて』
〔2012-05-19 23:37〕



『バカがいつまでも聴覚障害者差別をしている時代に』
〔2013-04-03 18:00〕



『音声言語世界の中で生きる、ろう者の現実と、手話が持つ可能性』
〔2014-08-25 18:30〕



補聴器を使うということは、健聴者の土俵に
あえて立つ、ということだ。
しかし、それだけでは永遠に、聴覚障害者の
世界は理解されなくなってしまっていた。
その寂しさ、悲しさは、例えようもないものだ。

そんなものは障害の克服でも、理解でもない。
健聴者が、間違っているのだ。

医学的に言うと、生まれてきた聴覚障害児は、
(補聴器を装用したからといって)
昔よりも聴力が良くなったわけではないのだから、
重度の場合、医学的ろうであることには変わりない。

しかし、言語によって属する社会が変わると、
文化や自己認識にも、大きな変化が起きた。
いや、今はもう言語によってと言うよりも、
補聴器によって変わってしまったのだ。

それでろう者も、分裂、あるいはもしかしたら
消滅の危機にあるということなのだろうか。
やがては一方が生き残り、もう一方が滅びる、
というような見方がされているのだろう。

人工内耳や補聴器の存在が、聾唖者という種族、
そしてその文化も滅ぼす、というのだろうか。
そういう脅威に感じるようになったのだろう。


そういえば、ヴィンヤード島の話が、興味深い。
そこは、平和的な島だったらしい。


『みんなが手話で話した島』(ノーラ・E・グロース/著) 3/3
〔2013-10-05 19:00〕



『みんなが手話で話した島』(ノーラ・E・グロース/著) 2/3
〔2013-10-04 18:00〕



『みんなが手話で話した島』(ノーラ・E・グロース/著) 1/3
〔2013-10-03 18:00〕



『健聴者も手話を使っていた島 - ヴィンヤード島』
〔2013-10-02 18:30〕




蛇足になってしまったが

「ろう者の言語は手話だから、我々は『唖(あ)』ではない。
(「しゃべれない人」とか「言語を持たない人」ではない、
という意味)
我々は“手話”という言葉を話す種族だ」

という主張も昔からあり、こちらのほうが真実のようだ。
だからそういう意味で「ろうあ者」が「ろう者」に変わって
いった、という見解のほうが有力かもしれない。

要するに、この障害者を医学的に見たか、それとも文化的
に見たかで、その解釈も、このように変わるのだろう。



手話パフォーマー/通訳士
~南 瑠霞(るるか)の手話日記
『「ろうあ者」?「ろう者」?』
〔2011年01月28日〕




『もうひとつの手話 ― ろう者の豊かな世界』
(斉藤道雄/著 晶文社/発行者 1999年6月10日/初版発行)
より、引用。

「そうした新しい世代のろう者のひとりである福光あずささんは、
コンピュータ関連の大手企業に就職したとき、
はじめから口話は使わないと心に決めていた。
口話を使ったからといって、聴者とのコミュニケーションが
とれるわけではないことを、経験上いやというほど知っていた
からだ。

『口話を使ったら、手話がなくてもやっていけるって
思われてしまいますよね。
だから私ははじめから絶対口話を使わずに、
まわりの人が筆談になれてくれればそのほうがいいと
思ったんです。』

はじめはまわりも戸惑ったようだが、とにかく筆談でやりとりし、
そのうち手話を覚えようとする同僚も出てきた。
聴者のなかにはろう者にむかって『声を出せ』というものもいたが、
声を出すか出さないかは宗教や信条と同じように、
生き方の問題だった。
福光さんは仲間との会話には口話を使うこともあったが、
仕事は手話ですませた。
そんな職場に6年勤めたが、聴者に囲まれての6年は
たいへんだったでしょうとたずねると、
福光さんはこういっている。

『そりゃあねえ、ありましたよ。
苦しいというか、いろいろ。
でも、なんていうか、気楽なおしゃべりができないって
いうのが、一番つらかったですね。
当たり前のおしゃべりが。
たとえば行き会った人と、「きのうどうだった?」
「そうねえ、ホント疲れちゃった」なんて、
そんな簡単な会話もうまくできない・・・
ろう者だったらそんなこと、席が離れていても簡単に
伝わるのに』

仕事の話はなんとか筆談でこなしていても、
ふと顔をあわせた同僚と思いつくままの『なんでもない会話』
ができない。
なにしろ日本語は互いに外国語なのだから。
同僚が多少の手話を覚えてくれたといっても、
そこはやはりろう者にとってくつろいだひとことが
通じにくい聴者の世界だった。
聴者同士が交わす会話を『小耳にはさむ』ということも
なかった。
そういうストレスに耐えながら仕事を終えると、
ろう者は乾いた旅人が水を求めるようにろう者の仲間を
探し求め、ろう者の世界に戻ってくるのである。」
(P201~203)




〔参考情報〕

コトバンク『聾(ろう)』
https://kotobank.jp/word/%E8%81%BE%28%E3%82%8D%E3%81%86%29-885902

https://kotobank.jp/word/%E8%81%BE-573098#E3.83.87.E3.82.B8.E3.82.BF.E3.83.AB.E5.A4.A7.E8.BE.9E.E6.B3.89



聾 ツンボ


デジタル大辞泉の解説
つんぼ【×聾】
聴力を失っていること。耳の聞こえないこと。
みみ‐しい〔‐しひ〕【×聾/耳×癈】
耳が聞こえないこと。
「我を―にせんとする如し」〈鴎外訳・即興詩人〉
ろう【×聾】
耳が聞こえないこと。




何と!
「聾」の読み方が「つんぼ」になっているのだ。

しかし、当事者のろう者に聞いてみると、
この文字は「ろう」と読んで、
ろう者に好まれて使われている、という。


『「聾」は差別語?』
http://jo.at.webry.info/200803/article_4.html





【追記】(2015年1月25日)


「つんぼ」とは、昭和時代まで存在していた差別語だ。
私も子どもの頃、よく同級生から言われていた。

「コイツ、耳ツンボなんだぜ」

などと大きな声で言われ、バカにされていた。
だが不思議なもので、難聴の私でも、
こういう悪口はよくわかった。
そうすると、よけいに

「難聴なのかバカなのか」

彼らにもよく理解できなかったのかもしれない。

それでも「つんぼ」が使われていた当時は、
まだ差別用語ではなかったのかもしれない。

しかし、同じ時期に、私が健聴者社会で「ろう」
「ろうあ」という言葉を聞いたことは一度もなかった。

「ろう」の人は当時、健聴者社会から今以上に
隔離されていたと思う。
だから、ろうの子どもはみんな「聾唖学校」という、
特殊環境へ集められていたようだ。

そこは差別教育の場だったが、ろう児が集まれる
唯一の場所だったため、そこがろう者たちの社会
を形成する母体ともなっていった。
当然、彼らの使う手話も文化も、そこで生まれ、
発達していった。
それでろう者は、大人になっても「ろう」「ろうあ」
という言葉に親しみと誇りを持っているようだ。(※1)


(※1)〔関連情報〕

『聴覚障害者が著したホームページ』
〔2012-10-03 18:30〕



今では健聴者社会では「ろう」という言葉は
使われていないのが普通のようだ。

ろう者に関係する、極めて重要な法律に
『手話言語法』がある。
しかし、そこでも「ろう者」という言葉は使われず
「聴覚障害者」という言葉になってしまっている。
健聴者がそうしたのだろう。

この法律の当事者側は「ろう者のための法律」(※2)
としたかったようなのだが、
「ろう」という言葉を消すことによって、
健聴者は自分たちがしてきた過去のろう者差別
の歴史認識も消そうとしているのかもしれない。


(※2)
『手話言語法って、何? (1)』
〔2012-01-16 21:06〕




健聴者から聞いた噂に、こんなのもあるからだ。

「日本手話を使うろう者は、
今や“絶滅危惧種”と言われているのよ」

アイヌ民族や、中韓戦争歴史認識の問題と
同じようにしているのかもしれない。
恐らくそれが、日本政府の狙いなのだろう。




【追記】(2015年4月9日)


===========================


日本大百科全書(ニッポニカ)の解説



ろう
deafness

現在の医学用語では、聴力が悪い状態を難聴(なんちょう)
といい、聴力が非常に悪くなった状態、換言すればきわめて
高度の難聴を聾という。
その難聴の程度については、平均聴力レベルが90デシベル
以上の難聴を聾ということが多いが、まだ完全に統一された
見解ではない。

一方、聾教育界では難聴と同意義に使用しており、たとえば
軽度の聾とか高度の聾といったり、その種類を伝音性聾とか
感音性聾といったりする。
その反面、聾学校では高度の難聴をもつ生徒のみを対象と
している。
このような混乱は、英語のdeafという語の訳に原因がある。
欧米でもdeafは日本の医学界でいう難聴の場合と、聾の
場合とがある。
最近ではdeafを重症の難聴のみに使うべきであるという人
が欧米の医学界にもいる。
聾にしてもdeafにしても、近代医学が発展する以前から一般
の人が使用していたことばであり、それをそのまま医学
あるいは教育学で特定の定義をして採用しようとしたところに
混乱の原因がある。
 聾ということばは非常に古くから使用されてきた漢語であり、
耳が聞こえない状態をいう語である。
その聞こえないということの解釈の差が見解の差になってくる。
実際に完全に聞こえないということはないといってもよいほど
まれであり、非常に聞こえが悪い人でも、ある周波数の非常に
強い音は感知でき、これを残聴という。
言語習得前に高度の難聴となった者は、特別の言語訓練を
受けなければ、ことばを話せない唖(あ)の状態になる。
[河村正三]



===========================


プログレッシブ和英中辞典(第3版)の解説

つんぼ【×聾】
〔耳が聞こえないこと〕deafness⇒みみ(耳)2



===========================



大辞林 第三版の解説

つんぼ【聾】
耳が聞こえないこと。また,その人。
[句]
聾の早耳

ろう【聾】
両耳の聴覚が重度に障害されている状態。
補聴器を利用しても聴覚によるコミュニケーションが
難しい状態。


===========================



『聴覚障害の用語定義について』
〔2011-03-30 22:03〕
『聴覚障害者』-ウィキペディアより引用した文を参照。




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by bunbun6610 | 2012-02-28 20:20 | ろう者世界


ある聴覚障害者から見た世界


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